1-1話
街で過ごす大半の人々が暖かい我が家へと帰路につくこの時刻、城内では兵士や召使用人といった者達の交代が行われる時である。
城仕えの者専用の食堂では、交代にこれから向かう者やすでに交代を終えた者がひっきりなしに出入りするため、厨房の火の上では具材が踊り、盛り付けられた料理は瞬く間に消えていく。
そんな中食堂へ行くこともなく、人気の無い一角で剣の素振りをしている一人の女性がいた。
透き通るような白い肌に、鋭い光を放つ灰色の瞳。
下の方で一つにまとめられたライトブルーの髪は彼女の動きに合わせ流水のように波打つ。
軽やかにそして華麗に、淡々とこなしている彼女だが、振っている剣は一般女性が扱う細身の剣よりも幅が太く、どちらかといえば一般男性が扱うものと大差ない。
やがて回避の動きも混ぜながら行われていくそれはまるで剣舞を踊っているかのようだ。
" ゴーン・・ゴーン・・ゴーン・・ゴーン・・ゴーン・・ゴーン・・ゴーン・・ "
太陽がすっかり地に潜り、鐘が次の時を告げる頃彼女は素振りを終え、ゆっくりと剣を降ろした。
剣を鞘に納め、汗ばんだ額を手の甲で拭い空を見上げれば星が瞬いている。
「 ユイカ、また剣か? 」
後ろから掛けられた咎めるかのような声。
いつからそこに立っていたのか、気配を消して見ているなんて悪趣味だと胸の内で苦笑気味に呟きながら振り返る。
そこには漆黒の髪にエメラルドのように碧い瞳を持つ青年が立っていた。
王族にしか許されない紫(彼の場合は青みがかった紫)の衣を纏い、その上から羽織る赤い豪奢なマントを王家の紋章が入った金のブローチで留めた姿を見れば彼が何者であるかすぐにわかるだろう。
「 えぇ、王子殿下 」
その言葉に彼は何故か顔を顰め憮然とする。
エリカス・デュアル・フォンシエルこの国の第一王子だ。
次いで臣下の礼を取ろうとしたら手を掴んで止められてしまった。
「 "礼儀"は今はいらない。ユイカ・・何度言えばわかる?
君はもうすぐ私の妻になるんだぞ? 」
「 それでも今はまだ王城に使える剣士の身。
そのような無礼はできません 」
妻になってもそんな無礼は出来そうにないとは思うけど。
「 女の身でありながら、唯一王城に仕える城廷剣士か・・・
しかしだ、結婚まで一カ月を切ろうとしている。
そろそろ剣を置いて身を落ちつけてくれな……… 」
「 絶対嫌!!」
結婚が正式に決まってから何度も繰り返された議論に体がカッと熱くなる。
「 私から剣を取ったら何が残るというの?
王城に嫁ぐ者としてマナーや礼儀もきちんと学んでいるのにどこが不満?
私は、置かずにすむ限りは絶対に剣を置いたりなんかしないんだから!! 」
気づいたら言葉を遮ってエリカスに噛みついていた。
「 不満か、それはいろいろとあるし君ならそれはとっくに・・・と、それよりもだ 」
そこで掴まれたままだった手をぐいっと引っ張られ、耳のそばで意地の悪い低い声が囁かれる。
「 やっと普通に話してくれたね 」
顔に血が上ったのが分かった。
「 も、申し訳ございません! 」
ふと気配を感じ、そのまま彼の腕に閉じ込められるよりも早く抜け出すと、私は頭を深々と下げる。
「 ・・ユイカ? 」
少し寂しそうな彼の声。
だけど恥ずかしくて頭を上げることができない。
城では・・特にいつ誰がくるか分からない城庭ではやらないように気を付けていたのに。
そんな彼女にエリカスは優しく微笑んだ。
普段は毅然として他人を寄せ付けない彼女のこんな様子を見るのは楽しく、心地よいものだ。
「 頭をあげてくれ、君が普通に話してくれるほうが私も嬉しい。
さて、私は父上に呼ばれているからこれで失礼するよ。
剣のことについてはまた話し合おう。 」
彼がマントを翻し去っていく気配を感じ、ユイカはゆっくりと視線をあげ後姿を見送った。
「 エリカス・・・ 」
幾度話し合おうとも平行線をたどるそれ。
『君ならそれはとっくに・・』
そう分かって言っている。
でも、認められないのだ。
何故なら・・・
「 けっ。なんだあれは?
こんなところでいちゃつきやがって、いい迷惑だ! 」
エリカスの姿が見えなくなった途端、聞こえよがしに声を張り上げる者がいた。
城に仕える兵士達だ。
回想を遮られ、ユイカはため息をついた。
(いつもいつも、ご苦労様………)
食事を終えた足でそのままここへ来たのだろう、酒を飲み赤ら顔になった彼らは軽鎧を身に着けたままだった。
これから宿舎に向かうのだと思われる。
ここから真逆の位置にある兵宿舎へ、わざわざ、遠回りして・・・
ユイカは何事もなかったかのように身なりを整え、新緑のマントを羽織り剣を背負うと、兵士達の前を横切って裏門の方へと歩き出した。
あまりにも優雅に平然と無視をされ、思わず息を詰めてそれを見送りそうになった兵士達はいきり立った。
毎日何を言っても反応一つされないのはどうも気に食わない。
いや、もとから存在自体が気に食わないのだが。
「 だから、お前みたいな女が城に居るのは嫌なんだよ!! 」
『風紀が乱れる』と言わんばかりのこの言葉に彼女の足が止まった。
ゆっくり向き直り、「そうだそうだ!」と騒ぎ立てる兵士達を射るような眼差しで見渡してきた。
「 なにか問題でも? 」
まだ夏のはずなのに、冷気がすっと降りる。
思わず口を噤んだ兵士達だったが、一人だけは黙らなかった。
兵士達の中で最近実力が抜きんでてきたケルハンスという男だ。
「 お前のようなか弱い女が剣士として城に居る時点ですでに問題じゃないか?
女が剣士なんて、王に取り入ったとしか考えられんではないか。
いや、現にそうだろう?もうすぐ王子と結婚するのだからな 」
その者の嘲るような言葉と態度に空気はキンッと張り詰め、周りの兵士達の体感温度は氷点下を超えた。
「 黙りなさい、王と王子を侮辱するつもりですか? 」
静かな硬い声。
「 私が城に仕えるのは剣士としての実力です 」
「 実力? ハハハ…面白い。
ならその実力とやらを見せてもらおうじゃないか。
俺と勝負しろ。
俺が勝ったらお前は剣士を名乗るのをやめろ。」
「 いいでしょう。 その代わり私が勝ったら、先程の言葉を取り消してもらいます。」
「 あぁ、取り消してやるよ。」
「 では 」
ユイカは背負っていた剣をスラリと抜き両手で構えた。
「 ふん 」
ケルハンスもユイカの剣よりか細身の兵士用の剣を抜くと片手で構えた。
互いに間合いを計り、周りが固唾を呑んで見守る中ピリピリとした緊張感が一気に高まり、澄んだ金属音が夜空高く響いていった
強い女性は憧れです。使いにくかろうとなんだろうと背中に背負った剣も・・・
今読み直すとなんでこんな無礼な兵士がいたんだろう。
結婚することが決まる前だったら分かるエピソードだと思うんですが(たぶん)、王子様と結婚決まってる人とやり合うなんてわからない。おバカなのだろうか・・
というか、なんで上から目線。
代わりになりそうなエピソードが思いつかなかったので、このまま載せるしかないのですけども。