5-2話
水が流れカチャカチャという音が室内に響く。
予選試合が全て終了した日の深夜。
試合に出ていたというのに、食堂は開かざるおえないとしても、いつもの時間まで酒場を開いたビッツは今、使われたグラスを洗っていた。
客のいなくなった酒場は静寂が支配しており、それに合わせるかのように彼の顔はいつもの陽気そうなものと違い、物思いに沈んでいるというか、真面目というか、心ここにあらずといった感じだ。
それでも洗っているグラスを落として割ったりしないのは、毎日同じ作業をしているからこその賜物だと言えるだろう。
「 あなた・・よかったの? 」
静寂を破るようにひっそりと掛けられた言葉。
アルテは酒場の中に入りカウンター前の椅子に腰かけると心配そうにビッツを見つめた。
気配でなんとなくそれを察しながら、顔をあげることなくグラスを洗い終えたビッツはグラスを拭く作業に入り尋ね返した。
「 何がだ? 」
「 今日の最後の試合よ。
わざと負けるなんて・・あなたらしくないわ。
相手の方がどんなに実力が上でも、戦うのが好きなあなたなら最後まで全力でぶつかるでしょう? 」
やはり目線を合わせることなくビッツは苦笑した。
「 あぁ、あれは仕方ないんだ。
対戦相手が対戦相手だったからな。
うっかり長引かせたら心配させることになってただろうから 」
アルテは怪訝な表情を浮かべた。
「 ユイカちゃんが? 」
詳細は聞かせてもらえないが簡単に教えてもらった内容では、ユイカは彼女が出る試合以外は充てられた部屋で待機だったはずだ。
「 いや・・対戦相手がだ 」
「 対戦相手? 」
ビッツはちらと自分の膝に視線を落とした。
ビッツが兵士を辞職して宿屋を開いたもう一つの理由。
彼の片膝は――正確には右膝の靭帯が伸びていた。
切れていた場合よりもある意味性質が悪い。
切れた場合は綺麗にくっついた場合、かなりのリハビリは必要だが以前と同じ状態に戻る可能性がある。
(綺麗にくっつかなかった場合は言うまでもないが)
伸びた場合リハビリは必要だが私生活を送るにはそこまで支障ないぐらいまでに回復する。
ただ激しい運動をする場合は制限がついてしまう。
長時間は無理なのだ。運動し始めて一定時間が過ぎればいつ足が動かなくなるかわからない。
動かなくなるのは一時的なもので、暫く休めば回復するのはするのだが、兵士として戦うには死の危険が高い上戦力不足といえた。
「 あぁ。今日の対戦相手はな―― 」
その後に続けられた言葉にアルテは軽く目を見開き、悲しそうに俯いた。
「 そう・・・ 」
「 この試合はもともと俺が言い出した事だし。
どちらにせよ予選どまりだっただろうな。
ユイカの試合数を減らすことが第一だったし 」
「 でも、そのことがあったとしても、ユイカちゃんと戦えるのはこれが最後かもしれないのよ?
あなたも戦いたかったのではないの? 」
ビッツはそこで手を止めてアルテの方へと視線を合わせた。
そこには泣き笑いのような表情が浮かんでいた。
「 いいんだよ。
ユイカは俺の膝のことは知らない。
現役を退いた今の俺では、現役であり続けるあいつと差もついているだろう。
ならせめてだ。
俺はあいつに、ユイカに頼られる存在のままでいたいんだ。
助っ人参上! てな。
あいつは誰かを頼るのがひどく下手だからな 」
「 ・・なんか妬けるわね 」
「 もちろん、俺の一番はお前だぞ? 」
「 ふふ。 わかっているわ。
本当、ユイカちゃんて強いはずなのに、見てると大丈夫なのか心配になるのよねぇ。 」
グラスを拭き終わり棚になおし終えたビッツはランプに手を掛けた。
手元の一つを残し、灯りを消していく。
「 さぁ、あがるぞ 」
「 えぇ 」
促され出入り口へと歩き出したアルテはふと立ち止まり振り返った。
「 ビッツ、あなたもよ。
見ていると時々心配になるわ。
ひとりで抱えすぎないでね 」
「 あぁ。
ただ、見栄も少しぐらい張らせてくれよ?
抱えきれなかったら遠慮なく頼るけどな 」
いつもの表情に戻ったビッツはそう笑って返すとアルテと共に酒場を後にするのだった。
靭帯については、確かそうだった・・という記憶で書いてるので間違ってたらごめんなさい;