5-1話
「 勝者ユイカ!! 」
予選最終日。
審判の判定により、闘技場はわあぁああという歓声に包まれた。
今日私が出る試合はこれが最後で、つまりは本戦への出場が決定したことになる。
先日の戦いの後も手応えのある相手と当たることはなかったので順当というところだろうか?
すでに本戦出場が決まったのは私を含めて7名で、その中には小柄な少女も交じっているという。
剣を振う強い女性というだけでも珍しいのに、それが少女だというのは驚きだ。
なんとなく、自分が旅に出た頃が思い出されて感慨深い。
試合は残り3試合。本戦に進む残りのメンバーが誰になるのか凄く気になるところだ。
残りの試合ぐらいは観戦してみたい気がする。
とはいえそれを見越してなのか、観客席で乱闘騒ぎを起こさないためなのか、自分の出番以外は最後まで部屋に籠っていることというお達しがでている。
あんな離れた所で退屈に過ごしていても襲撃があるのだから、観客席で過ごしたらどうなるやら。
一般人を巻き込むわけにはいかないので、こればっかりは素直に従うしかない。
ステージを後にして試合の順番が近くなった選手しか入れない通路を出口へ向かって進む。
一時待機室にはもう用がないので前を通り過ぎると見知った顔が前方よりやってくるのに気が付いた。
(この通路って試合の出番が近くなった選手しか入れないエリアよね?)
ビッツが大会に出るとは聞いた記憶がないユイカは首を傾げた。
「 よ。本戦進出おめでとう 」
「 ビッツ! なんでここに? 」
「 ん? もうすぐ出番だからな。
ここに来る理由ってそれしかないだろ?」
「 気付かなかった・・大会出てたんだ。
言ってくれれば応援したのに 」
「 あぁ、わりぃな 」
頭をポリポリと掻くビッツ。
「 じゃぁ、本戦でビッツと戦えるのね。
久しぶりの対戦楽しみにしてるわよ。
なかなか強い人がいなくて戦い甲斐がなかったから嬉しいわ 」
ニッと笑って私がそう言うとビッツはちょっと小難しそうな表情を浮かべた。
「 俺が勝つかはわからんぞ?
噂によると対戦相手はなかなかの強者みたいだからな。
俺自身もそいつの試合をいくつか見たが、噂通りとみていいだろうな 」
「 そうなんだ 」
「 さて、俺はそろそろいくかな。
現役を引退した俺がどこまで通用するか、ちょっと試してくるわ 」
「 わかったわ。 がんばってね! 」
「 ん。 まぁ…ぼちぼちな 」
どこか歯切れの悪い言葉を残してビッツは去って行った。
「 どうかしたのかしら? 」
強い対戦相手。
彼なら自分と同じで戦闘意欲が湧き上がってしょうがないはず・・・なのだが、彼の今のセリフに溢れんばかりの闘志を感じることはなかった。
かといって弱気になっているかと言えばそうでもない気がする。
『 じゃぁ、本戦でビッツと戦えるのね! 』
あの時一瞬彼の頭を掻く手が止まったのが思い出される。
予選が開催されてる間ほぼ毎日顔を合わせていたのにこの大会に参加していることを一言も言わなかったのも疑問だ。
( 言う必要がなかったから、とか? )
それを突き詰めると一つの仮説に辿り着く。
ずっと姿を見せない人もいることだし、まぁ後で話してくれるだろうとユイカもそこを後にするのだった。
***
「 これが予選最後の試合となる!
龍門からはビッツ・ファルデン!! 獅子門からはクロイ・ファレオ!! 」
ステージ中央に立ちながらも暮れてゆく空の様子が気になり、ビッツは苦笑いを浮かべた。
「 一番最後の試合になるとはな・・これから宿は忙しい時間帯だってのにまったく…。
今回はどっかの誰かのおかげで損な役割が多いってのについてないな 」
独り言なのか、対戦相手の黒いマントを纏いフードを目深に被った男へと語ったのかは曖昧だが、言葉をとぎらせたところで視線を対戦相手へと向ける。
「 頼むからさっさと試合を終わらさせてくれよ? 俺は忙しいんでね 」
「 ・・・・・・・ 」
今度は対戦相手に向けられた言葉だとはっきり分かるものだったが、対戦相手は沈黙したままだった。
「 公正なる判断の元各々の力を示せ! 」
「 ま、俺があっさり負ければ早く終わるんだろうけどな。
かといって手を抜くつもりは全くないしな 」
男はゆっくりと剣を抜くとビッツへと刃先を向けて構えた。
ビッツも抜刀し構える。
「 それでは――はじめ!! 」
開始の合図とともに男は踏み込むとまっすぐな突きを繰り出してきた。
「 おーっ。言葉を組んでいただけたようで、ありがとうよっ! 」
ビッツは上体を軽くそらしてそれを回避するとお返しとばかりにカウンターで斬撃を放つ。
しかし、
「 ちっ 」
それは相手が両手で構えた剣に受け止められてしまう。
チリチリとわずかばかり拮抗する両者の剣だが、ふとそれに掛かる力が軽くなるのを感じてビッツは回避するのではなく、タイミングを合わせ一歩踏み込んだ。
曲剣に沿って相手の剣を滑らすようにずらす。
拮抗する剣が軽くなったのは男が剣を片手に持ち替えたからのようで、おそらくは剣にかかる負荷を半減させることによってこっちの体のバランスを崩すことが目的だろう。
だがおかげで刀身を逸らすのは容易い。
そのまま滑らせた剣の動きに合わせて体を巻き込み、相手の懐へと遠心力の掛かった一撃を繰り出した。
だが、男は剣を逸らされたことにより、すでに後方へと回避を取っていたようでそれは空振りに終わる。
「 くっ 」
逆に剣を振り切ったビッツに隙が生じ、男はそこへと攻撃を繰り出してくる。
片手に持ち替えられたことによって早くなった剣速にビッツは回避を余儀なくされた。
突きと斬り、片手と両手。
それらを組み合わせた相手の攻撃に隙を見つけられず、ジリジリとステージの端へと追い詰められていく。
ビッツはちらりと横目で後方を確認した。まだ端までは若干の余裕がある。
「 よっと 」
思い切ってステージの端ぎりぎりまで後方へ飛び、着地と同時に前方へと駆け出す。
「 おおぉぉおおお! 」
攻撃するように見せかけ、そのまま相手の横を走り抜けた。
( そろそろか・・・ )
ビッツはタイミングを計った。
攻撃に転じる為振り向き様に――
「 げっ! 」
驚いてみせる。そこには目前に迫っている剣があった。
相手の剣を己の剣で受け止めるも、ビッツの剣は彼の手から弾かれると弧を描き、ステージの場外へと刺さったのだった。
「 勝者、クロイ・ファレオ!! 」
審判の声が相手の男の勝利を宣言する。
観客にはきっと予想外の攻撃にビッツが攻撃を受けきれなかったと映ったことだろう。
「 終わった・・な 」
煩くなる周囲を余所に、ビッツは頭を掻きつつ空を見上げ呟いた。
「 暗くなる前には帰れそうだと喜ぶべき・・はずなんだがな 」
自分がそうした方がいいと判断したはずなのに、残る不完全燃焼のような感情に苦笑しつつ、ビッツは会場を後にした。