恋心を切り離したら、めちゃくちゃ可愛い犬でした
メイは僕の生まれながらの婚約者。
昔は可愛くて仕方ない、ちょっとお転婆な女の子だった。
けれど第一王子妃教育を受けるに連れて、メイは淑女の中の淑女と言われるほどに貴族令嬢然とした女の子になってしまった。
…可愛くない。
「アベル様のお嫁さんとして相応しくなりたいの」
そう言われた時は天にも昇る気持ちだったが、やっぱり甘えん坊でお転婆でカラッと笑う陽だまりみたいな君が好きだったんだ。
だから。
「アベル様、生徒会の資料出来上がりました」
「ありがとう、メイ。いつも助かるよ」
「はい…ですがアベル様。あのマリーという男爵家のご令嬢と最近距離が近すぎる気がして…その、それだけは控えていただけないでしょうか?」
「大丈夫、マリーとはただの学友だよ。愛しているのはメイだけさ」
「そういう問題ではなく…」
「嫉妬してくれるの?可愛いね、でも大丈夫だよ」
そう言って髪を撫でれば、メイは黙り込む。
昔は嫉妬したなら素直にそう言ってくれたのに、本当に可愛く無くなってしまった。
それでも僕が愛するのはメイだけだけど。
ちなみにマリーというのは、メイが言った通り男爵家のご令嬢だ。
この貴族学園にて出会った、どこかメイの子供の頃を思わせる純粋無垢な女の子。
メイがヤキモチを焼いてくれるのが嬉しくて、あとメイの子供の頃を思い出せて可愛くて、つい構ってしまう。
「僕の妃になるのはメイだけだよ。公妾だって作らないと誓える。だから安心して」
「………はい、アベル様」
「さあ、行こう?生徒会のみんなが優秀な君を待っているよ」
「…それはアベル様もですか?」
「もちろんさ。君がいなければ生きていけない」
メイの額にキスを落として、その手を引いて生徒会室に向かう。
こんなに大切にしているのだから、少しは昔のような可愛い素の表情を見せてくれてもいいのにな。
「君がいなければ生きていけない」
そうは仰ってくれるアベル様。
私を愛してくださる素振りを見せるくせに、公妾すら作らないと公言するくせに、マリーとかいう男爵家のご令嬢とやけに距離が近い。
でも、それを指摘しても「ヤキモチ」と言われて終わってしまう。
この胸の中のドロドロしたものは、そんな軽い気持ちではないのに。
けれどそれも口にはできない、だって私は王太子妃になるのだもの。
「常に人に見られている意識で、恥ずかしい言動は慎んで…」
ああ、けれどこの胸の内を明かせればどれだけ楽になるだろう。
そんなことをしたら、きっとアベル様には呆れられて引かれてしまうだろうけれど。
「…ということで、王妃殿下。私は、苦しくて仕方がないのです」
「まあ、可哀想なメイ。うちのボンクラ息子が、本当にごめんなさい」
「いえ…ただ、この嫉妬心が暴走する前になんとかしたくて。ご助言いただきたいのです、王妃殿下」
「うーん…そうね」
王妃殿下は少しだけ困った顔をした後言った。
「未来の義理の娘のためだもの、一肌脱ぎましょう。ただし、後悔しない選択をなさいね?」
「は、はい!」
王妃殿下は、私を可愛がってくださる。
私の甘えを許してくださった。
「南の森の奥に、恋の魔女が住んでいるわ。その人の魔術なら、恋心を身体から切り離してくれるわ」
「恋心を、切り離す…」
「そうすれば嫉妬とも無縁、楽なものよ?わたくしもあなたと同い年くらいの頃、恋の魔女を訪ねたわ。同じような理由でね」
「え、でも国王陛下と王妃殿下は相思相愛で仲睦まじくいらっしゃるのに…」
「ふふ、まあその辺も恋の魔女のおかげよ。詳しいことは、貴女たちの未来にも関わるから言わないでおくけれど」
そう言う王妃殿下の目は優しい。
何も言わないのは、本当に私たちのためなのだろう。
「では、それで私の心は楽になるでしょうか」
「ええ、確実に」
「そうしたら、もっとアベル様の役に立てるでしょうか」
「…ええ、その問題が解決する頃にはきっと」
「なら…行って参ります」
覚悟を決めた私に、王妃殿下はにっこりと笑ってくれた。
「なるほど、それで君は私を頼って来てくれたわけだ。王妃殿下の紹介とあっては、断れないな」
恋の魔女。
彼女はとても美しい人で、女の子の私でも思わず見惚れてしまう。
「切り離したいのは王太子殿下への恋心だね?」
「は、はい」
「対価は?」
「金貨を一生遊んで暮らせるほどご用意しましたが…足りますか?」
「ふんふん…結構結構。取引成立だ」
よかった、足りたらしい。
魔女が何やらぶつぶつ唱えると、ふと私の心が軽くなった気がした。
そして…目の前に、可愛いわんちゃんが現れた。
「え、犬…?」
「それは切り離した、君の心だよ」
「え、これが私の恋心…?」
ドロドロした執着心とはまるで無縁に見える、可愛いわんちゃん。
ボーダーコリーに見えるその子は、私に無邪気に戯れてくる。
「それをどうするかは君が決めるんだ。殺すもいいし、生かすのもいい。責任を持って対応しなさい」
「殺すなんてそんな!こんなに可愛い子にそんなことできません…たとえ正体が私の悍ましい執着心だとしても」
「なら、責任を持って飼うことだ。飼う条件は普通の犬と大差ないと思っていいよ」
「ありがとうございます!ではぜひそう致しますね」
「それで、心は軽くなったかな?」
恋の魔女に尋ねられて胸に手を当てる。
「…はい、とても楽になりました。今はとても軽い気持ちです」
「それはよかった」
そして私は、わんちゃん…メイベルを連れて王城に向かった。
「ということです、王妃殿下!王妃殿下のおかげで楽になりました!可愛いわんちゃんとも出会えましたし」
「まあまあ、それはとても良いことね。私の時は狐だったのだけど」
「それも可愛らしいですね」
「ええ、とてもいい子だったわ」
「今はその子は…?」
王妃殿下は首を振る。
「今は言えないわ、ごめんなさいね」
「そうですか…」
「…ということよ、バカ息子」
「え?あ、アベル様?」
「…」
王妃殿下にことの顛末を伝えた後。
青ざめたアベル様がその後ろから現れた。
…もう、胸のつっかえはない。
溢れるほどの複雑な気持ちも。
「メイ…違う、違うんだ…本当に僕は君を愛していて…ああ、どうしてこんな…恋心を捨ててしまうなんて…なんで…」
「大丈夫です、アベル様。これからはなんのわだかまりもなく、アベル様にお仕えできるので!恋心こそもうありませんが、敬愛は消えておりません」
「そんな…」
「バカ息子、これが貴方がメイの嫉妬を煽った罰よ。大人しく受け入れなさい」
「ああっ…!」
アベル様は崩れ落ちる。
しかしそれを見たメイベルが、アベル様に駆け寄った。
頬をぺろぺろ舐めて、次から次へと溢れるアベル様の涙を舌で拭う。
「…なあ、メイ。この子が、君の僕への恋心なのか」
「はい、そうです」
「君は…こんな風に、僕を愛してくれていたんだね。なのに僕は…最低だ。君の嫉妬をわざと煽って…挙句君に恋心を捨てさせた」
アベル様は何か、深い覚悟を決めた目で私を見た。
「メイ、この子をメイベルと名付けたんだね」
「はい、その通りです」
「メイ…ごめん。でも、メイベルを僕に預けてくれないか」
「え?」
「大切にすると誓う。お願いだ」
何故?と首を傾げるとアベル様は言った。
「大切で、大事だから。もちろん、本物のメイも変わらず愛するよ。でも、メイベルも愛したい」
「…ええっと、そこまで仰るなら…私が飼いたかったので、残念ですけど」
「ああ、もちろんいつでも会いに来て構わないよ。可愛がってあげて欲しい」
「あ、ならよかった。とても可愛らしい子なので」
ということで、メイベルはアベル様が預かることになった。
その上で、一緒に可愛がって良いそうなので折を見て会いに来ようと思う。
「メイベル!ほら、こっちよ」
「わん!」
「メイベルは可愛いなぁ。もちろんメイも可愛いよ」
「ふふ、アベル様ったら」
「わん!」
アベル様とメイベルを協同で可愛がるようになってから早一ヶ月。
メイベルはすっかり私にもアベル様にも懐きまくり、私たちもメイベルをとても良く可愛がった。
アベル様はいつのまにかマリーさんとの関係を切ったらしい。
マリーさんはいつの間にか貴族学園からいなくなっていた。
アベル様は変わらず私を大切にしてくださるし、私もアベル様に何の「黒い感情」も湧かず敬愛出来るようになっていた。
「幸せですね、アベル様」
「…そうだね。君から一切僕への恋慕が感じられなくなったのは悲しいけれど、僕の自業自得だし。君が僕の隣にいるのが苦しく無くなって、楽になったなら良かった」
「わん、わん!」
「それに、メイベルもこんなに可愛いしね」
「そうですね、とっても可愛くて大切な子です」
アベル様と一緒にメイベルを構い倒す。
メイベルも満更でもなさそうに私たちに甘えてくる。
その時だった。
いきなりメイベルが遠吠えをする。
どうしたのかと思ったが、メイベルが光り輝く。
「メイベル…?」
メイベルが、突然光の粒になってしまった。
そして、私の胸の中へ光の粒の集まりが消える。
「え…?」
胸には、優しくて温かい感情。
そう、これは…アベル様への、恋心。
でも、醜い嫉妬や執着の感情は感じられなかった。
「これは…」
「メイベル…?メイ、どういうことだ…?」
「私にもわかりません…」
「ふふ、ついに二人の努力が実ったのね」
そこに現れたのは王妃殿下。
「王妃殿下、メイベルが…!」
「大丈夫よ、落ち着いて。メイベルはメイの心の中で生きているわ。わたくしのリリムと同じ」
「リリム…王妃殿下の恋心だった、狐ですか?」
「ええ、ではネタバラシするわね。恋の魔女はただ恋心を身体から切り離してくれるだけじゃない。その恋心をどうするか、私たちに委ねてくれる。殺すなら恋心ごと捨てられるし、捨てても同じ。でも愛を持って接するなら…執着心や嫉妬心から傷つき狂った恋心を、ゆっくりと癒せる。そして癒やしきったその時、恋心は本人に還るのよ」
「…!!!」
つまり、アベル様と私がメイベルを構いまくり甘やかした分メイベルは…私の恋心は癒されて、私の胸の中に還ってきた…ということ?
「アベル様…」
「メイ…君はまた、僕を愛してくれている…ということ?」
「ええと、メイベルが切り離されていた時も敬愛はしていたのですけど。恋愛感情という意味なら、はい。胸を張って言えます、私はアベル様を愛しています。もう、醜い執着や嫉妬心も解消されて」
「ああっ…メイ!愛してる!もう二度と、進んで君を傷つけたりなんてしない!」
「アベル様…はい、今度こそ信じています」
ということで、私はアベル様と仲直りするに至った。
それを見ていた王妃殿下がさらに良いことを教えてくれる。
「ちなみに、本人たちが望めばまた恋心の化身にも会えるわ。夢の中でだけどね」
「本当ですか!?」
「夢でメイベルと会えるんですね!」
「ええ。現実ではもう無理だけれど、わたくしと国王陛下もリリムとよく夢で遊んでいるわ」
「よかった…!」
アベル様がそれを聞いて泣いてへたり込む。
もちろん嬉し泣きだ。
そんな情け無い姿さえ、愛おしくて。
私はアベル様を抱きしめて、一緒に泣く。
そして私たちは、心の底からまた愛し合うことが出来るようになっていた。
「メイベル、おいで!」
「わん!」
「ふふ、メイベルは良い子ね」
「わん、わん!」
王妃殿下の言った通り。
夢の中で、メイベルは元気に走り回っている。
夢の中だけれど、私もアベル様もメイベルを心から愛して可愛がる。
幸せだ、とても。
「アベル様…私、幸せです」
「僕もだよ、メイ。これからはメイもメイベルも、絶対傷つけないし僕が守るからね」
「はい!」
「わん!」
「そうだ、メイ」
跪いて私を見上げるアベル様。
「夢の中で渡してどうなるかちょっと不安なんだけど…せっかくならメイベルの前で渡させて」
「え?」
「婚約指輪…受け取ってくださいますか?僕のお妃さま」
「…っ」
「わん!わふっ」
私はアベル様から左手の薬指に指輪をつけてもらい、涙ぐむ。
それをメイベルがとても嬉しそうに笑って、私たちの周りをクルクル回る。
そして目が覚める。
左手の薬指には、ちゃんと指輪があった。
「よかった…」
これなら、夢の中でメイベルに会えるのも私たちの独りよがりな夢ではないのだろう。
幸せを抱きしめるように、左手の薬指の指輪にキスをして体を抱きしめる。
「本当に全部貴方のおかげよ…愛してるわ、メイベル」
その後、アベル様も起きた後すぐ私の家に使いを寄越して…左手の薬指にちゃんとアベル様が用意した指輪を確認して、安心していた。
そして私と同じく、メイベルとの夢が独りよがりではないのを感じ取って私と一緒に手を取ってはしゃぎ回った。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました!
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