魔剣に愛された者の末路
魔王が人間界を制圧してほぼ十年。
人間は絶滅の危機に陥っていた。
俺とリリアンは魔王討伐のため、二年間旅を続けている。
俺はしがない剣士だ。正直たいして強くないと思う。
だけどリリアンは天才だ。
攻撃魔法と治癒魔法を完璧に使いこなせる賢者をやっている。しかも顔は超美人で性格も優しい。
そんなパーフェクトな女と二人っきりで旅をしたらなにも起きない筈がなく、いつの間にか俺たちは恋人同士になっていた。
俺の欲求はとどまることを知らない。恋人同士になったら、次は人生のパートナーになってもらいたくなった。
つまり、結婚だ。
正直魔王討伐なんて馬鹿馬鹿しい。
だって魔王はもの凄く強いらしいのだ。俺がどんなに努力したって勝てっこない。
だったら早々に諦めて、リリアンと一緒に幸せな家庭を築く方が、ずっと現実的だと思うのだ。
だから俺は今日もリリアンにアプローチする。
「リリアン。もう魔王討伐なんてやめようぜ。それよりも結婚しよう。小さな村で家を買ってさ、二人で住もうぜ。庭付きの家がいいなぁ。ゆくゆくは子供を作りたいけど、俺しばらくはリリアンと二人きりの新婚生活を楽しみたい」
「本当にあなたはバカなのだから……」
そう言ってリリアンは苦笑した。
「素晴らしい提案だけど、魔王が生きている限り、そんな平穏な生活は出来ないでしょう?」
「だからさぁ、魔王の手の届かないところに住もうよ」
「手の届かないところなんてないわ。人間は魔王から逃れられない」
「……」
正論を言われて俺は拗ねた。
そんな俺を見ながら、リリアンがクスクスと笑う。
「でも、素敵なお話だったわ。私もいつか、ローラントと結婚して幸福な人生を歩みたい」
「ほ、ほんとか!?」
「えぇ。ローラントは剣の扱いが上手だから、道場の師範でもやったらどうかしら? それで、疲れてお家に帰ってきたら、私が美味しいご飯を作っていっぱい労ってあげるの。休日はお家でゆっくりしたい。私、あなたと二人で過ごす時間が好きなの。子供は女の子と男の子が欲しいわ。それで、幸せいっぱいの家庭を築きたい」
「おう!」
俺はリリアンが話にノッてくれたのが嬉しくて、一気に機嫌が直った。
リリアンはニコニコしながら話を続ける。
「そんな素敵な未来を実現するため、もう少し頑張りましょう?」
「おう!」
リリアンは俺を調子づかせるのが上手いなぁ……なんて思いつつ、『よぉーし! 魔王討伐頑張るぞ!』と意気込む俺なのであった。
※※※※
そんな感じで旅を続けていたある日、小さな村に立ち寄った。
なんでもこの村には魔剣が眠っているらしい。
地面に堂々と突き刺さっていて、どんなに力を込めても抜けないらしい。
もしその魔剣を抜けた者は、勇者として村で永久に語り継がれるんだと。
ふーん……。どうでもいいと思ったのだが、リリアンが興味を持った。
俺に魔剣が抜けるかどうか試して欲しいと言うので、村長と数人の村民を引き連れて、魔剣が眠る祠に行ってみた。
「では、試してみてくだされ」
「あぁ……」
どうせ抜けないだろうと思いながら、魔剣の柄を握る。
それから上に向かって力を込めると、魔剣はあっさりと抜けた。
「おおっ!!」
村長と村民がどよめいている。リリアンもびっくりした表情をしていた。
「選ばれし勇者が誕生した!」
村長たちは歓喜にまみれ、俺を讃えた。
『うへぇ……』と思ったが、リリアンも喜んでくれたので、ありがたく剣を頂戴することにした。
魔剣は俺の身長ほどある大きな剣だった。
見た目のわりにさほど重くもなく、使い心地が良さそうだ。これなら実戦でも使えるな、などと思っていたら、村長がずいと前に出てきて俺に忠告した。
「その魔剣はちょっと変わった性質がありましてね」
「変わった性質?」
「はい。生き血を好みます。特に、持ち主が愛した者の血を与えると、とてつもない力を授けるそうです」
「なんで?」
なんだそれ? まるで魔剣が生きているような言い方をするな。このジジイ、頭がおかしいのか?
「持ち主のことを愛しているのでしょう。恋敵が消えれば、持ち主を独り占めできますからね」
キモいな。ただの剣のくせにメンヘラじゃねーか。馬鹿げてやがる。無視しよっと。
俺は村長の助言に適当に相槌を打ち、聞く耳を持たなかった。
だが、リリアンだけは妙に真剣な眼差しで話を聞いていたのだった。
※※※※
それからも魔王討伐の旅を続けた。
だが、魔剣を手に入れてから、俺にある変化が起こった。それは、『殺人衝動』だ。
魔物でも人間でもなんでもいい。とにかく斬って殺したいのだ。
今まではそんなことなかった。
むしろ、殺すことに嫌悪感を感じていたくらいだ。
この剣が祀られていた村の村長が言っていた。
――この剣は、血を好むと。
信じられないことだが、この剣は生きているのだ。
それで、俺は完全に魔剣に取り憑かれている。
だから殺人衝動が起こるのだ。
自覚したら怖くなってきた。このまま魔剣を使い続けたら、俺は狂ってしまう気がする。
魔剣を手放そうと思い、リリアンに相談した。
「リリアン……。俺、最近少しおかしいんだ……。魔剣の影響だと思う。この剣、捨てようと思うんだ……」
俺の言葉に、リリアンは断固反対した。
「ローラント。あなたは魔剣を手にしてから見間違えるほど強くなりました。その強さなら、魔王にも対抗できます」
「……」
「あなたは心が強いから大丈夫。きっとその剣を扱えるわ」
「……」
俺の心、そんなに強くねーんだけどな……。だけど、魔王の城に近付くにつれ、どんどん魔物が強くなってゆく。
このまま魔剣を手放したら、リリアンを守れなくなってしまう。仕方ないけど、もう少しこの剣を使うか……。
一刻も早く捨てたかったが、俺は渋々と魔剣を使い続けたのだった。
そんなある日、俺とリリアンはついに魔王の住む魔王城に到着した。
天高くそびえ立つ城の中に入ると、強い魔物がうじょうじょ待ち構えていた。
斬って斬って斬りまくる。リリアンの回復魔法にも助けられ、なんとか最上階に到着した。
そこで悠然と椅子に座っている怪物を見て、俺はブルリと震えた。
――コイツが魔王。
なんて……、なんて恐ろしい威圧感なんだ。
こんなやつに勝てるのか?
胸中に不安が渦巻いていたが、そんな態度はおくびにも出さない。
「リリアン。ここでサポートを頼む。俺が魔王を討つ!」
「分かったわ!」
俺たちの会話を聞き、魔王はクツクツ笑いながら椅子から立ち上がった。
「弱き人間どもよ……。少しは楽しませてくれることを期待する。――来いっ」
俺は魔剣を握りしめ、渾身の力で魔王に斬りかかったのだった。
※※※※
「ハァッ……! ハァッ……!」
俺は床に這いつくばり、息を切らしながら魔王を睨んでいた。全身傷だらけ。骨の何本かもイカれている。立つことすら困難だ。
それに対し、魔王は傷一つない。
不敵な笑みを浮かべながら、俺を見下ろしている。
――これはダメだ。勝てない……。
力の差を悟った俺は、せめてリリアンだけでも逃がそうと思った。
なんとか立ち上がろうと思うのだが、体が言うことを効かない。
このままでは二人とも全滅だ……!
焦りとリリアンを失うかもしれない恐怖で気が狂いそうになっていたら、コツコツという静かな靴音が聞こえてきた。
そちらへ顔を向けると、緊張した面持ちのリリアンがこちらに歩いてくるところだった。なぜ近付いてくる!? 俺は声を張り上げた。
「逃げろ! リリアン!」
だが、リリアンは静かに首を横に振った。
俺のところまで来ると、膝をつき倒れ込む俺を起こしてくれた。
リリアンはこんなときなのに、妙に落ち着いていた。
いや……死を覚悟したような、そんな表情だった。
「ローラント。以前言っていた村長の言葉を覚えていますか?」
村長? 少し考えて思い出した。
恐らく魔剣を手にしたときに出会った村の村長のことを言っているのだろう。
「なんだこんなときに……」
動揺する俺を見ながら、リリアンは静かに語り続ける。
「魔剣は嫉妬深い。あなたの愛する者の血を啜ったら、更なる力を授けると言っていました」
「……だからなんだよ?」
嫌な予感がする。緊張で表情を固くしていたら、リリアンはニコリと美しい笑みを浮かべた。
「愛しています、ローラント。絶対勝ってね?」
そう言ってリリアンは俺が持っていた魔剣を静かに手に取り、自分の胸を貫いた。
恐ろしいほどの血が流れている。
俺はあまりの事態に呆然としてしまった。
次の瞬間、魔剣がドクドクと脈打ち、凶悪な姿に変形した。
だが、俺はそれどころではない。
絶命したリリアンを胸に抱き、号泣しながら叫ぶ。
「何で何で何でだよ! お前が犠牲になんてならなくて良かったのに! 何でだよぉ……!」
俺の絶叫を聞きながら、魔王がせせら笑う。
「なにがなんだか分からぬが、お涙頂戴劇場は終わったか? ならば、死ね!」
魔王がこちらに移動してきてリリアンの亡骸ごと、俺の体をその鋭い爪で切り裂いた。
「!?」
だが、切り裂かれたのは魔王の腕だった。
俺が斬ったのだ。魔王の爪が俺たちの体を引き裂こうとした直前、斬った。
このときの俺は、なぜだか魔王の動きが止まっているように遅く感じたのだ。
痛みと驚愕でみにくく顔を歪めた魔王の首を、俺は豆腐でも切るようにスパッと斬り落とした。
「なぜ!? なぜだぁーーーー!!!」
悲痛の叫び声を上げながら、魔王はサラサラと灰になり、消えていった。
そのさまを無表情で見つめてから、俺は魔剣を自分の腹に向かって突き刺した。
ドクドクと血が流れて吐きそうになるほど痛いのだが、我慢する。
それからそっと魔剣に語りかけた。
「そんなに俺のことが好きか? だったらこの命もくれてやる……」
魔剣は気味の悪い聞いたこともない音を発した。それからドクドクと脈打ち、更に大きくなった。まるで狂喜乱舞しているようだった。
俺は死ぬ直前、誰かが自分の頭を撫でているのに気が付いた。
「本当にあなたはバカなのだから……」
その優しく美しい声は、リリアンそのものだった。
……リリアンが迎えに来てくれた。
俺は泣き笑いの表情になり、ゆっくりと目を閉じたのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。




