3.不穏を告げる来訪者
かくして、彼――ラノウィン・レオ・イドクレース国王陛下の“運命の番”として彼の伴侶となった私は、リシーファ・イドクレースとなった。
結婚式は、それはもう盛大に行われた。
私は目立つ事が好きではなかったけれど、周りの人達が、
「王にようやく“番”が見つかった! めでたいめでたい!」
と、大いに盛り上がっていて。
「質素で至極簡単な式でいいです」
……なんて言える雰囲気ではなく、私は諦めて流れに身を任せるしかなかったのだった……。
一日掛かりで行われた結婚式も無事に終わり、私にとってもう一つの一大行事である『初夜』も無事(?)に終わって。(翌日、起き上がれなくて一日中寝込んでしまった事は伝えておこう……)
獣王妃としての日々が始まったのだけれど、予想外にそれは全く悪くなかった。
いくら獣王の“番”でも、獣人より立場の弱い人間だから、獣人が多くいるこの城では苛められたり邪険に扱われるかと心配していたのだけれど……。
ラノウィンが予め周りに警告を与えてくれたのか、皆とても優しくて。
彼も、慣れない王妃としての責務で一杯一杯な私を常に支えてくれて。
個人的な時間も公務の時も常に私と一緒にいたがり、私に向けて優しい笑顔を向ける彼に、最初周りの皆はとても驚いていて。
話を聞くと、普段の彼は丁寧口調で物腰は柔らかそうに見えるけれど、基本無表情で必要な時以外は話さないのだそう。
国の為の非情な決断も、顔色を変えずに行って。
国の為なら人を殺める事も平気で。
だから【冷酷無慈悲の獣王】なんて呼ばれる所以になったのだけれど。
私といる時は、笑ったり甘えたりは当たり前で。
別の男性と用事で話す時、すぐに拗ねてくっついてくるのがちょっと面倒だけれど。
飼い主に懐く大きなワンコみたいで可愛いと思っているのは内緒だ。
……本当に、心から私の事を愛してくれている事が伝わってきて。
そんな風に全力で私を想ってくれる彼に、私も少しずつ惹かれていって。
彼の事を、『好き』から『愛している』の気持ちに変わるのは、そんなに時間は掛からなかった。
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ラノウィンと幸せで甘い日々を過ごしていたある日、『聖女』と名乗り出る女性が現れた。
このイドクレース王国では、魔術を使える者はいるけれど、『回復の術』を使える者はいないのだ。
聖女は生まれながらにして回復の術の素質を持っており、何かをきっかけにその術を開花させると聞いた事がある。
獣人は傷の回復は人間と比べて早いけれど、怪我で動けない期間は勿論あって。
聖女が現れた場合、歴代の王はもしもの時の為に、彼女を城に住まわせていたらしい。
突如現れた、聖女を名乗る彼女を怪しんだ門番が、試しに怪我をしている兵士に回復の術を使わせたところ、本当にみるみる傷が塞がったのだ。
その聖女がラノウィンに謁見をした時、私は嫌な予感が止まらなかった。
「偉大なる国王陛下のお側にいられる事を光栄に思いますわ」
彼女は、桃色の瞳を煌めかせながら彼を見つめていて。
頭の上にある猫のような耳をピンと張り、そばかすのある頬を紅潮させながら。
彼女の名前はマライヤ・トロレアン。トロレアン伯爵令嬢の獣人で、歳は二十三との事だ。
髪は焦げ茶色で毛先があちこちに跳ねており、あまり手入れしていないように感じられた。
どうやら先祖に回復の術が使える聖女がいたらしく、彼女はその先祖返りをしたようだった。
「私は聖女などいなくて全く構わないのですが、宰相や大臣が煩いので、一応ここに貴女の部屋を設けます。勿論いつでも出て行って下さって構いません。ご自由にどうぞ」
「そんな! わたくしは貴方様のお側で、貴方様を全身全霊をかけてお護り致しますわ」
「結構。私は自分の身は自分で護れますし、愛する妻が傍にいてくれたらそれで十分ですから」
ラノウィンは無表情のままマライヤさんに冷たく言い放つと、隣で二人のやり取りを見守っていた私に振り返った。
そして蕩けるような微笑みを浮かべると、私の肩を抱いて王の間を出る。
ふと視線を感じ、振り返った私が見たものは、憎々しげに鋭い眼差しで私を睨みつけるマライヤさんの姿だった――




