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30.“番”と接触



 翌朝。

 フッと目が覚めた私は、ゆっくりと上半身を起こすと、腕を上げて「うーん」と大きく伸びをする。

 ふと下に目を移すと、小さな手足を伸ばして横になったユークが、私にひっついてぷぅぷぅと気持ち良さそうに眠っていた。

 その癒やされる光景に自然と笑みが漏れ、ユークの柔らかい毛並みを撫でる。



(昨日、ユークを追い掛けて本当に良かったわ。あのまま別れていたら永遠に会えないままだったもの。こんな可愛い姿も二度と見られなかったのよね)



「……朝からニヤニヤして気持ちわりぃな」



 いつの間に起きていたのか、ユークが半目で私を見上げていた。



「あ、起こしちゃった? ごめんなさい。目の前のモフモフに我慢出来なくて……」

「飽きねぇな、アンタも……。で、何だよ」

「貴方が生きててくれて本当に良かったって思ってたの」

「…………」



 ユークは無言で私の顔を見つめると、ふいっと視線を下に向けた。



「……アンタは……オレと一緒にいたいのか?」



 唐突の思いがけない質問に、私は両目をパチクリとさせる。



「え? あぁ……うん、そうね。貴方になら何でも話せるし、気兼ねなくいられるし。これからも一緒にいられたら嬉しいわ」



(私の中で、ユークは苦楽を共にした“戦友”みたいなものなのよね。それに一緒にいるなら、ずっとウサギのままでいて欲しいわ。だってモフモフし放題だもの……っ)



 ……なんて考えている事は、絶対に言わないでおく。

 「ウザってぇ」「気持ちワリィ」って心底嫌そうな顔で言われて触らせてもらえなくなる事確実だから。



(それに……『ずっと一緒』なんて無理な話だもの。クローザムさんの事が解決したら、ユークは彼についていくと思うし、私もいずれリシィに身体を返さなきゃいけないし……。叶わない事だけど、“願い”くらいは伝えてもいいわよね)



「……そうか……」



 ユークは小さくそう呟くと、俯いたまま黙ってしまった。



「ユーク? どうしたの?」

「――アンタの今日の予定は?」



 またもや突然の問い掛けに、私は目を瞬かせながら口を開く。



「えっ? えっと……今日は一日お休みよ」

「そいつは好都合だ。オレ達も“番”を見に行くぞ。クローザムの行動を予測する為にも情報が必要だからな」

「……っ」



 ユークが時々フラリといなくなっていたのは、クローザムさんの足取りを掴む為だったのだろう。

 いつもだったら、また一人でフラリといなくなるはずなのに、今回は私も一緒にって言ってくれている……。


 私を必要としてくれている事に嬉しくなり、思わず笑顔が零れた。



「えぇ、絶対にクローザムさんを止めましょう!」

「あぁ」



 私達は決意を新たに、強く頷き合ったのだった。




*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。




 馴染みのお店の店主さんに訊いたところ、国王の“番”は貴族ではなく平民の娘だそうだ。

 名前はリュシカさんというらしい。


 リュシカさんはお城へ行く為の準備でまだ家にいるというので、彼女の住所を教えてもらい、その家へとやって来た。



「リュシカさんと少しでもお話が出来たらいいんだけど……」

「いきなり家に押し掛けると不審者だと思われるぜ」

「そうなのよね……。取り敢えず、リュシカさんの姿だけでも確認しましょうか」



 ユークとコソコソ話し合い、物陰に潜んでリュシカさんの家の様子を窺う。

 すると、どこからか視線を感じ、私は辺りをグルリと見回した。



「どうした? そんなにキョロキョロして、まさに不審者になってるぜ」

「いえだって、誰かに見られているような気がしたのよ。最近そうなの。外を歩いていると、ふとした拍子に視線を感じるの。すぐに周りを見てもそれらしき人はいなくて」

「オレは何も感じないけどな。気にし過ぎじゃね? まぁ、何かあれば助けてやるから心配すんな」

「あら? ユークからそんな頼もしい言葉が聞けるなんて思わなかったわ」

「……今の発言なかった事にしようか」

「ごめんなさい! とっても頼りにしてるわ!」



 そんなやり取りを小声でしていると、玄関の扉が開き、中から一人の女性が出てきた。

 ほっそりとした体型で、薄茶色の背中まで届く真っ直ぐな髪に、同じ色のパッチリとした瞳。



「おい、アレが……」

「えぇ」



 リュシカさんには兄弟はおらず、両親と住んでいるという話だから、彼女がリュシカさん本人なのだろう。



「……何かさ、雰囲気が……」

「えぇ、私も思ったわ……」



 これから必要な物を買い出しに行くのだろうか。

 歩き出したリュシカさんは、不意にグラリとバランスを崩した。足元にあった石ころに足を引っ掛けてしまったのだろう。



「危ないっ!」



 私は思わず物陰から飛び出すと、リュシカさんの身体を咄嗟に支えた。

 間一髪のところで転ばずに済んだリュシカさんは、両目をパチパチとさせながら私を見上げた。



「あ……ありがとうございます。あたしドジで、いつも何かしら躓いてしまうんです。助かりました」



 えへへと照れたように笑うリュシカさんは、少女のように見えてとても可愛かった。



「いいのよ、こちらこそいきなりごめんなさい。転ばなくて良かったわ。これからどこかへお出掛けするの?」

「はい。あたし、王様の“番”に選ばれたので、お城に住む事になったんです。だからお店で必要な物を買いに行こうと思って」

「あぁ、貴女だったのね! 今、町でその話題がもちきりよ。私もそっちに用があるから、途中までご一緒させてもらっていい?」

「勿論です! 正直ちょっと不安もあって、話し相手が欲しかったんです」



 リュシカさんは嬉しそうに笑って、私の横に並ぶ。



「頭の上のウサギさん、可愛いですね。目を瞑って気持ち良さそうに寝てるみたい」

「ふふっ、ありがとう。『幸運のウサギ』なのよ。だからいつも肌身離さず持ってるの。貴女にも幸運が訪れるように祈るわ」

「わぁっ、嬉しい! ありがとうございます」



(運良くリュシカさんが躓いたお蔭で、自然な感じで彼女とお話出来て良かったわ。さて、色々と情報を掴むわよ)



 私は心の中でグッと拳を握り締めながら、リュシカさんに笑顔を返したのだった。





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