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1.運命の出会い




 ここ、イドクレース王国は、獣人達と人間達が共存して暮らしている小さな国だ。

 獣人と言っても人間とそんなに大差なく、牙があったり頭に耳が生えていたり尻尾が生えている程度で、あとは人間と何ら変わらない。


 この国では獣人の立場が強く、代々獣人が王座に就き、国を統治している。

 獣人の方が人間より長生きで、動きも俊敏な上に腕力も強く、自然な流れでそうなったのだ。



 あ、勘違いしないで欲しいのだけれど、獣人達が人間達を圧倒的に支配しているのではなく、双方円満な関係で助け合って生活をしている。

 力や動きで勝てない分、人間は獣人より知識や知能に優れているので、二つの種族は互いに足りない部分を補い合いながら仲良く過ごしていた。



 そして、獣人には生まれた時から決められた“運命の(つがい)”がいる。

 それは同じ獣人だったり、はたまた人間だったりで様々だ。


 相手が“番”であるかどうかは、獣人がその人と会った瞬間に分かるらしい。

 ビビビッと感じる何かがあるとか。人間の私には当然分からない感覚だけれど。



 ――あ、そうそう、私の自己紹介がまだだったわね。

 私の名前はリシーファ・コーネリア。歳は今年で二十四になる。

 母からの遺伝である背中まである水色の真っ直ぐな髪と、父からの遺伝である青緑色の瞳をした、髪と瞳の色以外の容姿は極々平凡な、没落寸前だったコーネリア男爵家の一人娘だ。

 

 ……そう……本当にうちは没落寸前だったのだ。

 何せ両親がとんでもなく人が良くて、色んな人にお金を頼まれるがままに貸してしまって……気付けば家計は火の車状態。


 お蔭で使用人は一人、また一人と辞めていき、最後は誰もいなくなり、私と母が屋敷の掃除をしたり料理を作ったりの有り様で。


 父は体制を立て直そうと必死に頑張っていたけれど、二人の人の良さは変わらないからまた騙されたりもしたりで、結果どうしようもないどん詰まりまで来てしまって……。



 そしてとうとう、『男爵』の爵位を返上して平民になる話が出てしまったのだ。

 けれど、私は何も文句はなかった。

 自分達であれこれ節約を考え家事や料理をやっていたから、平民になってもやっていける自信はある。


 それに、私は騙されたりしても相手を責める事なく人を信じ続ける優しい両親が大好きだったから、二人がいれば何が起ころうとも頑張れる気持ちがあったのだ。



 勿論、お金が関わる事は家族の今後にも関わるからもっと慎重に決めて欲しいと、二人をソファに座らせ懇々とお説教はしたけれど。

 夜通し話し合って、家族で平民になる事を決めた翌日、私は“彼”と出会ったのだ。



 私を“運命の番”と呼ぶ彼と――




 彼はうちの男爵領の視察に来ていて、その日はうちの屋敷に来訪し挨拶をする予定が入っていた。

 こんな片田舎の領地にまで視察に来るほどに、彼は自国の事を深く思っている。


 それ故に、彼は自国の為なら非情で冷酷な判断や行動を躊躇なく決断する。

 彼が即位後、隠れて不正をし、私腹を肥やしていた大臣を王の間で突然斬り伏せたのは記憶に新しい。

 しかも、顔色一つ変えず、無表情で……だ。


 その場には国の重鎮達が殆ど集まっていたので、彼の行動は不正の抑止に大きく影響した。


 ちなみに大臣は急所を免れており、治療後牢屋に入れられている。

 恐らく、彼はわざと外したのだろう。

 死んでしまったら、罪は償えないから。



 その一件以降、彼は【冷酷無慈悲の獣王】として、国民達から畏怖と尊重の眼差しで見られる事となったのだった。



 そんな彼に、両親は挨拶の時、爵位の返上を申し入れようとしていたのだ。



「ようこそおいで下さいました。わたくしはこの男爵領を任されております、ダグラム・コーネリアと申します。こちらは妻のジェシー、隣は娘のリシーファです。偉大なる国王陛下に御挨拶申し上げます」



 若干、父の声が震えていたのは仕方ないと思う。

 お相手は【冷酷無慈悲の獣王】だ。彼の機嫌を少しでも損なえば、もしかしたら今日で人生が最期になるかもしれない。

 私も手の震えを悟られないように必死だ。


 父の最敬礼に倣い、母と私は上半身を屈めカーテシーをする。



 私達の目の前には、長身で、黒色の腰まで伸びた艶やかな髪と、月のように綺麗な黄金色の瞳を持つ美しい男が立っている。


 ――彼の名は、ラノウィン・レオ・イドクレース。歳は確か二十八。このイドクレース王国の若き国王だ。

 黒色の尖った二つの耳が頭から生え、フサフサした立派な尻尾がお尻から伸びている。


 尻尾を触って撫でて抱きしめてモフモフしたい、と一瞬でも思ったのはなかった事にして欲しい。

 この場で不敬罪で捕まるなんて真っ平御免だ。


 ――いや、その前に彼の腰に差してある剣でブスッと刺されちゃうかも……。


 そんな事を想像し、ブルリと肩を震わせる。



 暫く待っても返答がない事に、私達は眉をひそめ、互いに顔を見合わせそろそろと顔を上げる。

 すると、その美しい黄金色の二つの瞳がジッと私を見つめている事に、思わず息を吞んだ。



(えっ……まさか私の(よこしま)な願望が見透かされたとか……!? いっ、命だけは勘弁して……っ)



「あ、あの……? 国王陛下……?」



 ビシリと固まる私を見つめながら微動だにしない彼に、父は恐る恐る小さく声を掛けた。



「……見つけた……」

「「「え?」」」



 ぼそりと呟かれた一言に、私達の疑問の声が重なる。




「あぁ、あぁ……。やっと……やっと見つけた……。私の“運命の番”を……!」




 彼は両耳と尻尾をピンと立て、感激を顔全体に表しながらそう叫ぶと、私の方に素早く駆け寄り、いきなり力強く抱きしめてきたのだった――





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