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16.昼には目あり夜には耳あり



「何ですのあの小娘はっ! 生意気な態度を取って! 本っ当に腹が立ちますわ! 御主人様がいなかったら、張り倒して蹴飛ばしてやりたいところですわよっ!」



 厨房で、ノーラが赤茶色の髪を逆立て顔を真っ赤にして怒り狂っている。

 そんな彼女を、料理長が汗をかきながら必死に宥めていた。



「いやはや、本当に身分を(わきま)えない小癪な娘ですなぁ」

「向こうから屋敷を出て行くよう、大量の仕事を押し付けたり食事抜きにして疲弊させていたのに、待てど暮らせど出て行きませんし……。もう我慢なりませんわ!」



 ノーラが震える拳を握り締めながら叫ぶ。



「ようやくあの小娘の母親がいなくなって清々したところだったのに、その女の娘も(ことごと)くワタクシの邪魔をするなんて! 時間を掛けてあの性悪女の命を奪った意味がありませんわよ!」

「あの女の死に方に誰も疑問を感じませんでしたものねぇ。その『計画』を聞いた時、流石ノーラ様、何て頭脳明晰なお方なんだと感服致しましたよ」



 料理長がノーラにヘコヘコと頭を下げてへつらう。



「ふふん、褒めても何も出ませんわよ? とにかく、あの生意気な小娘もワタクシの愛の成就には心底邪魔な存在ですわ。御主人様も、あの小娘に付き纏われて内心かなり迷惑しているでしょうし。――料理長、また『アレ』をやりますわよ」

「あの娘の母親にやったように、食事に微量の“毒”を混ぜて、徐々に弱らせていくんですね? 念の為に“毒”をとっておいて良かったですよ。そう簡単に手に入らない裏ルートの代物ですしね。あの女の娘なら、『母親と同じ病気で亡くなった』と言えば違和感ないでしょう」



(……うん。これは完全に言質を取ったわね……。厨房でこんな会話を普通にするなんて、本当馬鹿な人達だわ。どこで誰が聞いてるか分からないのに……。この人達が心底間抜けで良かったわ)



 私は厨房の少し開いている扉の前で長い溜め息を吐いた。

 そして、隣にいる人物をそっと見上げる。


 その人物――ウラン・エレスチャル公爵は、酷く強張った青白い顔で、身体を小刻みに震わせていた。




 ――メイド長にウラン様について注意をされた時、私はワザと彼女を煽ったのだ。

 今までずっと時間場所関係なくウラン様に甘えていたのも意図的だ。



 嫉妬したメイド長がこの上なく私を憎み、再び“毒”を使うよう仕向けさせる為に――



 そして、メイド長に注意を受けた時の私の態度が決定的になっただろうと推測し、彼女と料理長が厨房に入っていったのを見計らって、ウラン様をここまで連れて来たのだ。



「私、デザート作ったんです。ウラン様に召し上がって頂きたいので、一緒に厨房に行きましょう。冷蔵保管庫に入っているんです」



 と、誘って。

 実際には作っていないけど、メイド長と料理長が厨房からいなくなっていた場合、



「あれ? 確かにここに入れておいたのに無くなってる……。誰かが黙って食べたみたい……。折角ウラン様に召し上がって頂きたかったのに残念です……。また作りますから楽しみにしていて下さいね!」



 とか何とか言い訳しようと思っていた。


 ウラン様には、二人の凶悪な犯行の『証人』になってもらいたかったのだ。

 この屋敷の一番偉い人でもあるし、二人をどうこう出来るのが唯一彼だし、何よりユーディアさんとリシィの為に“真実”を知って欲しかった。


 一回で成功する確率は半々だろうと考えていたけれど、まさかその一回で二人の自白がこれほどまでに聞けるなんて……。



 不意にウラン様がこちらを向き、目が合う。

 彼の瞳は、悲しみと心配の色で満ち溢れていた。



「本当にすまない、リシィ……。私がいない間に、沢山辛い思いをさせてしまっていたんだね……」

「私は大丈夫です。ウラン様の方こそ大丈夫ですか……? 母は、あの二人に――」



 私は日記でしかリシィの事は知らないから、割と客観的に捉えて辛さや悲しさはそんなにないけれど、愛する人を殺されたウラン様の方が辛いに決まっている。


 ウラン様の心情を思い顔を伏せる私に、彼は心配するなという風に、私の肩をポンと叩いた。



「君も辛いだろう……。彼らは罰を受けるべきだ。――いや、必ず受けなくてはならない。君とユーディアの為にも、必ず」



 ウラン様は真剣な表情になると、扉を開け厨房の中に足を踏み入れた。



「っ!? ――あ、あら御主人様? こんな場所へどうなさったのですか? お腹が空きましたのなら、もう少々お待ち下さいませ。ただいま御夕食の準備を致しますから」



 ウラン様の突然の登場に、メイド長はあからさまにギクリとしたけれど、すぐに笑みを浮かべ取り繕った。

 料理長は慌ててウラン様に深く頭を下げる。



「……先程の君達の話を聞かせてもらったよ。私がいない間、リシィに酷い行いをしていた事も、ユーディアを“毒”で弱らせ殺害した事も、全部ね。言い逃れは出来ないよ」



 ウラン様は静かな声音だったけれど、悲しみと怒りを抑えているのが伝わってきた。

 メイド長と料理長が両目を見開き、同時に肩を跳ねさせる。



「え……う……あ……。――ち、違いますわっ! わ、ワタクシはこの料理長に脅されて、泣く泣く実行に移したのですわ! ワタクシがそんな酷い事をするはずがありません! 御主人様なら分かって下さいますよね!?」

「はぁっ!? 元はあんたの提案でしょうがっ! あっしに罪を擦り付けないで下さいよっ! あっしの方こそ被害者ですよ! あんたに弱みを握られ、半ば脅されてやったんですからっ!」

「なっ! 何を馬鹿な事を仰るの! ワタクシは――」



「五月蝿いこの犯罪者どもっ!! いい加減黙らないかっ!!」



 いつも温厚で穏やかなウラン様の突然の激昂に、二人は「ヒッ」と顔を引き攣らせて黙り込んだのだった……。





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