12.おやすみなさい
屋敷周辺の草毟りが終わる頃には、もうすっかり日が暮れていた。
「……本当に手伝ってくれなかったわね……。ずっと私の頭の上にモフンと乗ってただけだし」
「流石に雑草だけを抜く魔術なんてねぇよ。草を燃やす事は出来るぜ? 勢い余って屋敷まで燃えちまうかもだけどな。手伝えば良かったか?」
「……いえ、結構よ……。はぁ、疲れた……もうヘトヘトだわ。汗もかいたし、先にシャワーを浴びましょう。ユークは部屋で待っててね」
頭の上のユークリットさんを降ろして抱きかかえた私を、彼はクリンとした目を更に真ん丸くさせて見上げた。
「おい、何でいきなり愛称なんだよ」
「え? だって、ウサギに『ユークリットさん』って呼ぶの、何か変でしょ? 皆がいるところで貴方にうっかり話し掛けちゃうかもしれないし、そっちの方が『ウサギのぬいぐるみに名前を付けて話し掛ける痛い人』で済むじゃない」
「……しょうがねぇな……。許してやるよ」
ユークは目を細めると、体を丸めて私の腕の中にモフリと身を預ける。
「『許可して下さり光栄の極みで御座います』って言いましょうか?」
「止めろ気持ちわりぃ。つーかもう言ってるじゃねぇか」
他愛のない言い合いをしながら自分の部屋に向かい、ユークをベッドの上に降ろすとシャワー室に向かう。
幸い誰も使っていなかったので、頭と身体を丹念に洗ってサッパリした私は、厨房へ寄ってみた。
そこはもう誰もいなくなっており……案の定、私の分の晩ご飯は用意されていない。
「ま、分かっていたからいいんだけどね。寧ろいらないわ。具無しスープと硬いパンのみの食事だなんて。楽しみも美味しさも何も感じないもの」
早速まだ全然使える廃棄物で料理を作ると、お盆にそれを乗せて自分の部屋に戻った。
「おまたせ。晩ご飯持ってきたわよ」
「お、いい匂いだな。それアンタが作ったのか?」
「えぇ。実家で料理は普通にしてたからお手のものよ。……と言っても簡単なものしか作れないけど。味は期待しないでね」
ユークを机の上に乗せて、彼の前に具沢山スープと温め直したパン、果物を置く。
「おっ、肉入ってんじゃねぇか。勝手に拝借したのか?」
「まさか! そんな事をしたら確実にここから追い出されちゃうわ。パンの他に干し肉も買ったのよ。野菜だけじゃ栄養偏るしね。買い物の時、頭の上から見てなかったの?」
「あー、寝てたわ」
「よくずり落ちなかったわね……。さ、温かい内に食べて――って、ウサギって熱いの大丈夫なの?」
「元は人間だっつったろ? 問題ねぇよ。じゃ、戴くぜ」
そう言うと、ユークはスープの皿に顔を入れ、口を動かし食べ始めた。
「ふぅん、なかなかだな」
「それは褒めてくれてるの? ありがとう」
「食べながらでいいから聞かせろよ。どうしてこんな状況になってんだ?」
「あぁ、それは――」
私は食事を戴きながら、リシィの日記に書かれていた事を掻い摘んで説明した。
「なるほどな。そんなくだらねぇ事でノーラとかいうメイド長が嫉妬してアンタに嫌がらせしてんのか。他の使用人達を巻き込んでさ。そしてアンタが耐え切れずにここを出ていくまでが筋書きっぽいな」
「ふん、そう簡単にあいつの筋書き通りに進むと思ったら大間違いよ。逆にあいつをここから出ていかせてやるわ。“毒”でユーディアさんを殺害した罪でね」
「そうは言っても証拠がねぇんだろ? それがなけりゃヤツを捕まえる事なんて出来ねぇぜ」
「うーん、そうなのよね……」
私は、真ん丸の目を細めながらデザートのオレンジを噛じっているユークをジッと見つめる。
「……んだよ」
「ユークがその小さな体を活かして、メイド長の部屋に忍び込んで証拠を探すのは――」
「却下。ダリぃ。メンドくせぇ。もし見つかっちまったら後々面倒だ。アンタ共々ここを追い出されちまうぞ。それにオレは他人の事なんてどうでもいいタチでね。他を当たってくれ」
「そうくると思ったわ。他がいないから聞いてみただけよ。けど少しは協力してもらうわよ? タダ飯食らいなんてさせないんだからね」
「チッ、そうきたか……」
ユークは目の間に皺を寄せたけれど、オレンジを食べる口は止めなかった。
「さて、どうしようかしら……。全然思い付かないわ」
「行き詰まったんなら一旦思考は停止だな。その状態で何を考えたって無駄だぜ。さっさと寝て気持ちを切り替えた方がいい」
「……あら、まともな助言がきたわね」
「伊達にアンタより長く生きちゃいねぇさ」
ユークはクッと笑い目を細めると、皮だけになったオレンジから満足したように顔を離した。
「ごちそうさん。明日以降も頼むわ」
「明日以降って……ここに滞在する気満々ね……。はぁ、全くもう……」
溜め息をつきながら厨房に行き、お皿を洗って使う前と同じ状態にすると、手洗い場で歯磨きをして自分の部屋に戻ってきた。
「ユーク、シャワー浴びる? 歯は磨く?」
「『洗浄の術』を使ったから大丈夫だ。ほら見ろ、キレイだろ」
「えっ? あら、本当だわ。色々と便利な術があるのね。魔術師はそれぞれ属性が決まってて、その属性に合った魔術しか使えないって習ったけど、ユークはいくつかの属性を持ってるの?」
「……まぁな」
「そうなのね、私は魔術が使えないから羨ましいわ。その……試しに触っていい?」
「あぁ、別にいいぜ」
確かに、ユークの毛が先程と違って艷やかに光っている。私はこれ幸いとその体をモフモフした。
「あぁもう……このモフモフ感……最高ね……。生まれ変わったらモフモフ達に囲まれてモフモフしながら暮らしたいと思っていたけれど、モフモフ出来ているから一応夢は叶ったのかしら……?」
「モフモフうるせぇし、ヘンな夢持ってんな、アンタ」
ユークが呆れたように言ったけれど、反論して触らせてもらえなくなったら嫌なのでサラリと受け流す。
「じゃあ寝ましょうか。ユーク、こっち来て」
「……あ?」
私はベッドに寝転び毛布を自分に掛けると、ユークに向かって手招きをする。
「貴方、冷た過ぎるのよ。冷え性にも程があるわ。温めてあげるからこっちに来なさい」
ウサギになってもユークは体全体が冷たいのだ。頭の上に乗っている時も氷枕を乗せているようで。
熱が出た時や身体を動かす作業をしている時はありがたいけれど、そんな低い体温じゃ寒くて熟睡は出来ないだろう。
「……アンタなぁ……」
「ちんちくりんでガキの私には一切欲情しないんでしょう? それなら私だって貴方をただの可愛いモフモフウサギだと思うわ。ほら早く」
「…………」
ユークは目の間に皺を寄せたけど、意外に何も言わず私の腕の中に入ってきた。
(ふふ、やっぱり温もりが欲しかったのかしら。もしかしたら、今までずっと寂しい思いをしてきたのかも。偉そうな態度や憎まれ口は、その寂しさの裏返し……とか?)
そう考えたら何だか本当にユークが可愛く思えてきた私は、そのヒンヤリとした体をそっと抱きしめる。
「おやすみなさい、また明日もメイド長に負けずに頑張りましょう」
「……あぁ」
そして私は目を閉じ、今日一日身体を動かした所為か、すぐに眠りの世界へと誘われていったのだった。




