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11.負けるわけにはいかない



 ユークリットさんを抱きかかえては買い出しが出来ないので、彼を邪魔にならない頭の上にモフンと乗せると、私は必要な物を購入していった。



「あらまぁ……あははっ! 頭の上で寛いじゃって。珍しい色のウサちゃんだねぇ。お気に入りなのかい?」

「えぇ、はい。ずっと傍にいてくれないと落ち着かなくて……。買い物の時もいつでも一緒ですよ」

「あははっ、そうかいそうかい。女はいくつになっても可愛いものが好きだからねぇ。ほら、これオマケしとくよ。面白いものを見せてくれたお礼だ」

「わぁっ、ありがとうございます!」



 変な目で見られると思っていたけれど、意外にそうではなく、寧ろ好意的に受け止めてくれる人が多くて私はホッと息をつく。

 ユークリットさんはぬいぐるみにちゃんと扮して、頭の上で動かず大人しくしている。

 頭から伝わってくるお腹の毛のモッフリ感が堪らない。



(町の人達と少し打ち解けられた気がするわ。情報が聞き易くなったし、その点ではユークリットさんに感謝かしら)



 買い出しが終わり、両手一杯の重い荷物を持って、よろめきながら帰路に就く。



「しっかしすげー量だな。一人でソレ買ってこいだなんて、嫌がらせ以外の何者でもないだろ」

「ね、そう思うでしょ? だったら今すぐ人間に戻って手伝ってよ。ほら早く!」

「……アンタ、いつの間にかオレにタメ口使って態度デカくなってんな」

「……あ、そう言えば……。だってウサギに敬語を使うなんて変な感じなんだもの」

「まぁソッチの方がオレは気楽でいいけどさ。それに手伝ってっつってもな、あの屋敷からはここが丸見えだぜ。人に戻る時誰かに見られちまったらどうすんだよ。それに案外、アンタの頭の上の居心地がいいんだ。そういうワケだし、まぁ頑張れよ」

「何がそういうワケよ、もう! このペースじゃ絶対に間に合わないわよ!? 昼食抜き決定だわ!」

「あー、それは困るな」



 ユークリットさんが低くそう呟いた瞬間、両手に持つ荷物が途端に軽くなった。



「えっ!?」

「荷物に『軽量の術』を掛けてやったから急げよ」

「あ、ありがとう! 便利な術があるのね」



 私は小走りで屋敷に向かいながら、ふと思う。



(ユークリットさん、今自分に『変身の術』を掛けているのよね? その状態でまた魔術を使うなんて……。しかも魔術は簡単なものでも詠唱が必須なのに、詠唱無しで掛けたわ。この人、やっぱり只者じゃない……)



 屋敷に着き玄関を開けると、そこにはメイド長が仁王立ちで腕を組み待っていた。

 背後に、『ドドンッ!』と音が付きそうな迫力だ。



「た、ただいま戻りました……」

「リシィ、遅いですわよ! 約束の時間から一分が過ぎていますわ! あぁ、何たる事でしょうっ! まさか貴女、どこかで道草を食っていたわけじゃないでしょうね!?」



 ヨヨヨと嘆いた後に一瞬で激怒顔に変わったメイド長を眺めていたユークリットさんが、私にしか聞こえない声音でボソリと呟く。



「たった一分遅れただけで大袈裟だなコイツ。『大根役者』目指してんのか?」



 私は吹き出すのを必死に堪え、下を向いた。



「も、申し訳……ありません……」

「それに何ですの!? 貴女の頭に乗っかる変な色のヌイグルミは! いい歳して恥ずかしいったらないですわ! 今すぐに捨ててきなさい!」

「あの、これは『幸運のウサギ』なんです。私、この頃不幸で悲しくて切なくて皆から無視されてメイド長からの当たりも強くてお仕事一生懸命頑張ってるのにご飯抜きもしょっちゅうで……。だからこのウサギが売られていた瞬間、有り金はたいて迷わず買ってしまいました。これで少しは私の不幸がなくなるといいんですが……」

「な……っ! そっ、それは貴女の……そう、貴女の自業自得ですわよっ!」



 真っ赤になって目が泳いでしどろもどろになったメイド長に、私は少しだけ気が晴れた。



「とっ、とにかく、遅刻の罰として今日の昼食は抜きですわ! あとはお屋敷の周りの雑草を全て取って綺麗にしてちょうだい。怠けたり手を抜いたりしたら、今度は晩ご飯抜きですからね! ――全く、いつの間にあんな憎まれ口を叩くようになったのかしら!」



 メイド長は憤怒の顔のまま、カツカツと足音を鳴らして行ってしまった。



「昨日からですよ、ってね。――はぁ……。分かってはいたけど、やっぱり昼食抜きになったわね……。きっと一秒しか遅れなくても同じ結果になったと思うわ」

「マジでヤベェなアイツ。世界の中心は自分で回ってるって思ってそうだ。アンタ、何でアイツにそんなに嫌われてんだ?」

「それは夜話すわ。こうなると思って町でパンを買ってきたのよ。勿論自分のお金でね。私の部屋で食べましょう」



 買ってきた物は殆どが食材だったので、厨房にいた料理長に渡し、他の物は収納場所を探して仕舞い、私達は自分の部屋へと戻ってきた。



 昼食用に購入した、野菜とベーコンが挟まった栄養満点のパンを美味しく戴く。

 ユークリットさんは机の上でウサギ姿のまま食べているので、私が食べ終わっても小さな口でパンを噛り続けていた。

 そんな彼を微笑ましく眺めながら、私は疑問を口にする。



「ね、量はどのくらい食べるの? それでお腹一杯になる?」

「いや、変身しても元は人間だから人並みの量食べるし、これじゃ足りねぇよ。あの様子じゃ晩飯も抜きになりそうだな」

「晩ご飯は自分で作るから大丈夫よ。ここ、まだ食べられるのに廃棄するものが多いのよね……。勿体無いから、厨房をコッソリ借りてそれを使って料理するの。栄養も摂れるし、お腹一杯になるし廃棄の量も減るしで良い事尽くめよ」

「へぇ……。アンタは前向きだな。あの大根役者に負けなさそうだ」

「えぇ、あんな奴に負けるわけにはいかないもの! ――さ、食べたら外の雑草取りよ。言われた仕事はちゃんとしないとね」

「律儀だな。まぁ頑張れよ」

「全く、他人事ね……。それに私、貴方をここに泊めさせるなんてまだ決めたわけじゃないんだからね? その……一応、男と女だし……」



 私の言い淀みながらの言い分に、ユークリットさんは目を細め、分かり易く「はっ」と鼻で嘲笑った。



「アンタみたいなちんちくりんなガキに誰が欲情なんかするかよ。自惚れんなオコサマが」

「…………」




 私は怒れる感情を必死に抑え、笑顔でユークリットさんの身体中を目一杯モフモフしてやったのだった。





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