10.モフモフにやられる
(人の温もりが久し振り、か……。ユークリットさん、ご家族や恋人がいないのかしら?)
そこで私は父と母の事を思い出し、胸がキュッと締め付けられ、切なくなった。
(お父様、お母様……。先立ってしまった事をお許し下さい……)
あれから五年しか経っていないのなら、父も母も健在のはずだ。
けれど、今の私は『リシィ』だ。父と母の娘、『リシーファ』ではない。
この姿で会いに行って事情を説明しても、二人はただ困惑するだけだろう。
『聖女が【呪術具】を使い、彼女と自分の姿が入れ替わってしまって、その所為で“番”である夫に殺され、「憑依の術」で五年後に飛び、今のこの子に自分の【魂】が乗り移った』
……だなんて、そんな突拍子もない話を誰が信じるだろう。
【呪術具】はイドクレース王国では馴染みがない。【呪術具】を作る呪術具師がいないからだ。
それに、姿が互いに入れ替わる事が出来る【呪術具】なんて聞いた事がない。
そんな希少で恐ろしい【呪術具】を何故マライヤさんが持っていたのかは不明だけれど……。
彼女にはもう会いたくないし、顔も見たくない。
私はあの時死んで、今の私は『リシィ』なのだから、【呪術具】の事を調べたって何の意味もない。
今私が考えるべき事は、自分の“これから”の事だ。
「ユークリットさん、握手ならいくらでもしますよ。温もりが欲しくなったら言って下さいね?」
「あ? オレをガキ扱いすんじゃねーよ」
ユークリットさんはそう茶化しつつも、微かに口の端を上げて笑ってくれた。
「で? アンタはその身体で順調に過ごしてんのか?」
「それなんですけれど――あっ!」
突然私が大声を上げたので、ユークリットさんは肩を少し波打たせて私を見た。
「んだよ、ビックリさせんな」
「す、すみません……。お話に夢中で、メイド長に買い出しを頼まれていたの、すっかり忘れてました。あぁ……遅くなったら今日のご飯がまた抜きになっちゃう!」
「“また”……? ――あぁ、そうか。アンタはその身体で苦労してんだな。『死にたい』と願った【魂】の身体だもんな。そんなにひでぇ環境なのか」
「えぇ、まぁ。この子、本当に可哀想で――って、また話が長くなっちゃうとこだったわ! 急がないと……! ユークリットさん、この町に暫く滞在しますか?」
「ん? あぁ、まぁな」
「ではまたお会いしましょう。それじゃ――」
「ちょい待ち」
私が慌てて町に向かおうとしたところを、ユークリットさんに呼び止められる。
「はい? 何ですか?」
「アンタ、格好から見るに、どっかの貴族の屋敷で働いてんのか?」
「え? あ、はい。丘の上にある公爵様のお屋敷で……」
「住み込みでか?」
「はい、そうです」
「アンタが寝泊まりする場所は一人部屋か? アンタ一人か?」
「はい、そうですけど……。でも、一番小さな部屋を充てがわれたみたいで。だから狭いですよ」
「よし、決めた」
「はい? 何をですか?」
「少しの間アンタんとこ世話になるわ。一人部屋ならバレねぇだろ」
「はい、そうなんですね――って、ええぇっ!?」
ユークリットさんの提案に、私は思わず素っ頓狂な大声を上げてしまった。
「なっ、何言ってんですかっ!? そんなの駄目に決まってるでしょ!? 関係のない部外者が公爵様のお屋敷に無断で寝泊まりするなんて……確実に捕まりますよっ!?」
「“この姿”なら、な。だから『変身』する」
ユークリットさんはそう言うと瞳を閉じ、心地良いバリトンの声で詠唱を唱え始めた。
すると、彼の身体がみるみる真っ白な煙に覆われ――ポンッという音と共に、その姿は紫色と水色の毛が交じったウサギへと変わったのだ!
「え……ええぇっ!? ユークリットさんがウサギにぃっ!?」
「『変身の術』だ。これなら誰が見てもヌイグルミだろ」
蒼と紅のクリクリとした瞳を細め、毛がモフモフの可愛らしいウサギになったユークリットさんは、小さな口を動かしながらそう言った。
「たっ、確かに、変わった毛色と珍しい目のウサギのぬいぐるみに見えるけど……」
「金ねぇから宿泊まれねぇし、野宿はダリぃしメンドくせぇしどうしようかと思ってたとこだったから、丁度アンタが来てくれて良かったぜ。ちなみにメシは人間のモンを食べるからな。そこんとこよろしく」
「よろしく――って、勝手に決めないでよっ!?」
「ここでムダな口論してていいのか? 時間がねぇんだろ?」
「あっ、そうだった! ――もう! そんな姿の貴方を置いていけないから取り敢えず連れていくけど、まだ頷いたわけじゃないからね!?」
私はそう叫ぶと、ウサギ姿のユークリットさんを抱きかかえた。
その体はひんやりと冷たかったけれど、肌に伝わってくる絶妙なモフモフ具合に思わずクラリとくる。
(こ、このモフモフ感は危険だわ……っ)
「いい抱き心地だろ。この毛並みが堪んねぇよな」
「~~~っ!」
心を読んだかのように、ニヤリとしながら言葉を投げてくるユークリットさんを無言で睨みつけると、私は急いで町に向かったのだった。




