9話 父の行方
テントを設営しているとスマホが鳴った。
まだ、到着報告もしていないのに父から着信だ。
「おつかれ。よく走ったなぁ、どこも痛くない?」
私は一人で遠出する時はアプリで家族と位置情報を共有している。
ちょうど父がアプリを確認したタイミングで私が大間崎に到着したらしい。
「うん。全然問題ないよ。設営したらマグロ丼食べに行ってくる。」
「了解。夜とかも気をつけろよ。写真よろしく。」
言うか早いか通話が切れてしまった。相変わらずせっかちな父だ。
私はいつものように、スノーピークのアメニティドームSを設営し、専用の小さな椅子にトントゥを載せた。
とりあえず設営完了。
このトントゥは初めてのソロキャンプの時にナナさんというハーレー乗りのキャンパーの方からいただいた人形だ。
家を守ってくれる北欧の妖精らしい。
きっと私のテントも守ってくれるだろう。
テントの留守をトントゥに任せていよいよ、マグロ丼を食べに行く。
父から貰ったお金にはまだ手をつけていないので、多少の贅沢はできる。
キャンプ場の周りには小さな飲食店が数件並んでいて、どこでもマグロ丼が食べられるらしい。
私は最初から決めていたオシャレな外観のお店に入った。
店内は2人用のテーブル席が4つにカウンター席が4つ。
外国人の夫婦がコーヒーを飲みながら楽しそうに会話している。
壁や天井には所狭しとバイクとライダー達の写真が貼り付けてある。
ここはライダーの集まるお店だ。
父と友人がここへ来た時も写真を撮ってもらいどこかに貼ったらしい。
まあ、父の写真なんて探しても仕方ないので別に探さないけど。
写真を見回していると、カウンターの奥から母と同年代くらいの女性が出てきた。
「いらっしゃい。空いてるところ座って。」
カウンターに座るとキッチンの中が見える。
私より少し年上くらいの女性が中でなにやら調理をしている。
カウンターに立てかけてあるメニューを見る。
マグロ丼3000円
中々勇気のいるお値段だ。
普段なら絶対に注文出来ない。
金はあるんや!
ええいとマグロ丼を注文する。
「はーい。ちょっとまっててねぇ。」
と女性が軽やかに返事をする。
少しすると、女性が私の隣のカウンター席に座ってキッチンの中にいる若い女性に喋り始めた。
「ちょっと若い女の子だからサービスしちゃって。」
「ありがとうございます。」と、頭を下げると
「それで何処から来たの?若い女の子が一人で来るのは珍しいのよ。高校生?家出とかじゃないわよね?」
「違います、違いますよー。大学生ですし、親にもちゃんと話してバイクで来ました。父が以前ここに来た事があって、どっかに写真貼ったらしいですよ。」
「あらぁ女子大生がバイクで一人旅だなんて凄いわぁ、そう。お父さんの足跡を追ってきた訳ね。」
女性は感慨深そうに、うんうん。と頷く。
何だかお父さん死んでる事になってないかな?と不安になった所で若い女性がマグロ丼を持ってきてくれた。
油の乗ったマグロがどんぶりから溢れ、お米が見えないほど盛られたマグロ丼に、昆布入り味噌汁、冷奴、漬物。とても豪華なマグロ丼定食だ。
隣に座っている女性はキッチンの中の女性と何やら話している。母娘のようだ。
私は手を合わせ「頂きます」
と小さく呟いて食べ始めた。
ひと口食べた瞬間、思わず「美味しい」と声が漏れた。
脂の乗った中トロはとろけるようで、赤身はしっかり旨味がある。スーパーや回転寿司とは別物だ。
味噌汁の昆布は柔らかくて出汁が効いているし、冷奴や漬物もやさしい味で、食事全体が丁寧に作られているのが分かる。
マグロ丼を完食し、最後にお味噌汁を飲んでいる時に1枚の写真が目に入った。カウンターの目の前に貼られている写真。
私の父とその友人、そして今隣に座っている女性がにこやかに映っている。
思わず
「あっ」
と声が出てしまった。
「お父さん見つかった?」
いや私の父は別に失踪もしていないのだけど。




