雅と黒丸
まだ夏の暑さを感じさせる風が
小窓から髪を揺らす
雅は耳に髪をかけ、目の前にある書類の山にため息を吐いた
「はぁ……あと俺が3人いたら…」
一日にこなせる量以上の業務が毎日降り掛かってくる。
事務作業をいつも手伝ってくれている雪は
現在祭りと舞の準備でそれどころではない。
あと1週間で祭りという中、もちろん凛桜も大忙しだ。
舞手としてだけでなく、頭領として次の祭りでも指揮が取れるように段取りを学んでもらわなければならない。
「次の祭り担当は5年後か…」
それまで黒龍との戦いはどうなっているのか…
凛桜がキヨと同じように死んでいく…そんなことは絶対に阻止しなければならない。そのために今琵琶湖では隊員達が迅速に調査を進めてくれている。
……書類の山がそれを証明している。
雅は読んでいた調査結果にハンコを押し、次の調査結果に目を通す
内容は先程の冊子と同様、キヨが施したとされる結界の詳細と黒龍の妖力の増大率だ。
凛桜の発言から琵琶湖へ調査隊を向かわせた結果
黒龍が封じられているのは琵琶湖の北側、
北湖と呼ばれる場所だとわかった。
キヨの結界は今まで見た事のない張り方をされており、
内容までは不明だが、とんでもない強度を持っていることは確認された。
そのお陰で最近の黒龍の力にも対抗しており、
このままいけば後1年は持ち堪えると書かれている。
だが、それはあくまで"何も無かった場合"だ。
何かの刺激で黒龍の力が爆発的に増えた場合、
キヨの結界は簡単に木っ端微塵になるだろう…
その前に何としてもキヨの結界に替わる新しい結界、
それも凛桜を犠牲にしない結界を張らなければいけない。
「やるしかない。妖全員の力を集結すれば強度の高い結界は作れるはずだ。」
雅は焦る気持ちを抑え、調査結果の報告にハンコを押した。
――――
夕方…
いつもは賑やかな夕食も今日は食器の触れ合う音のみが耳に入ってくる
「……母上と凛桜は?」
「祭りの準備中だよ。」
雅の答えに少し俯く黒丸
「…何かあったのか?」
雅が心配そうに尋ねるが、黒丸は首を振る
「なんもない…けど…」
黒丸は顔を上げ、雅を探るような目で見つめてくる
「雅、疲れてる?酷い顔だよ?」
「疲れてはいるが…そんなに酷い顔か?」
コクンと頷く黒丸に雅は苦笑する
業務量が増えたとはいえ、体力的に限界と言う訳では無いのだが…
眉間のシワを揉んでいる雅をじーっと見つめる黒丸
「……なに?」
「俺疲れてる理由わかったよ。
最近凛桜に会ってないからでしょ」
「ゴフッ!…いや何言い出すんだよ…」
雅は飲んでいた味噌汁でむせ、慌てて器を置く
「違うの?」
「………違くは…ないが…別に……あいつも忙しいんだ、仕方ない。」
そっか、と笑う黒丸を睨む雅
だが、楽しそうな笑顔から一変、少し俯く黒丸に
雅は黒丸に近寄る
「どした?」
「……疲れてる理由…他の理由あるんでしょ?
何があったの?……何が起こってるの?」
不安そうにそう尋ねる黒丸
「…なんでそう思ったんだ?」
「だって…母さんも凛桜も銀様も…他の大人だってみんなそわそわしてる…ずっとピリピリもしてるから…」
こちらを伺うように見つめてくる黒丸に雅は苦笑する
そういえば…この子は昔から気配を読むのが上手い子だった。人の機微に真っ先に触れられる。
その才能は兄同様、族長としては光り輝く宝だが
まだただの子供であるこの子には少し荷が重い。
「…おいで?」
雅の腕の中に入ってくる黒丸
「まだお前は知らなくていい。
だが、もし非常事態になった時はお前が子供達を先導して大人の言うことを聞くんだ。いいな?」
「……なにか起こるの?」
顔を上げ、眉を下げている黒丸を雅は優しく抱きしめ直す
「大丈夫…そうならないように頑張るからな。」
まだ小さくか弱い次期族長を抱え、
雅は静かに目を閉じた
黒龍の状態、キヨの結界、そして黒鱗の動向…
様々な問題が行く先を暗がりへと変えている中
豊穣の祭りが開かれようとしていた
今回は雅視点のお話でした。
次回はとうとう祭り当日!
不穏な空気は一旦置いといて…凛桜と雅の恋模様をお楽しみください。




