渡り人の契約
「先代頭領はとても強い人間だった。
だが、徐々に残虐性が増してな…
ある時野良の妖を見境なく殺したんだ。
理由は分からない…だが、明らかな契約違反だ。
そして、
契約違反を理由に先代族長が頭領を殺そうとした…」
そう話す雅の顔はどこか悲しいような
腹立たしいような表情をしていた。
「結果、頭領は殺された。
そして……族長も頭領に殺されたんだ。」
…そんな事があったのか
それは人間不信にもなるだろう
私はそんな状況で次の頭領になったのか
人をまた信じてくれた烏天狗達、
私はその思いに応えたい。
その為に自分にできる事……
「話してくれてありがとうございます。
契約の事も…先代のことも理解しました。」
凛桜は決意を込めた目で真っ直ぐ雅を見る。
「この里に来た頭領が私で良かったと
そう思って貰えるようになります。」
雅が優しく微笑む
「期待してるぞ頭領様。
さて、では決意を固めて頂いたところで…
この契約書に血判を押してくれ。」
雅が机に古びた書面を広げる
「これは頭領であるお前と族長である俺の契約だ。
これから片方が死ぬまで以下のことを守ると互いに誓うものだ。」
一、五峯神の任務に対し真摯に遂行する
一、無害の妖への加害を禁ずる
一、渡り人の特例を除き、人への加害を禁ずる
凛桜は雅から受け取った小刀で親指の先を少し切り、血判を押す
その隣に雅も血判を押した。
2人の血が紙に染みて交わった時、
契約書が赤く光ったと思ったら
すぐに光に飲まれて消えた
「…これで契約成立だ。改めてよろしくな、凛桜。
…ちなみに、
俺は今この時から頭領である凛桜の側近だ。
これから他の妖に侮られないように
俺に対して敬語は使うな。勿論敬称もなしだ。
ってことで…」
雅は恭しく凛桜の手を取る
「これから先、側近として貴方様にお仕え致します。頭領…いや、姫様?」
凛桜は固まる。
……気持ち悪い。さっきまでの腹黒はどこに行った?
「………あの、出来ればさっきまでの雅さ……雅の方がありがたい…かな…外では頑張るけど…」
手をサッと引っ込めた凛桜を見て雅は笑う
「わかった、
ならいつもはこのまま気楽にさせて貰うが、
烏天狗の頭領として外に出る時は気を付けてくれ」
「……善処し…する」
敬語外すのは慣れないが…雅の意見も一理ある。
頭領として頑張ると決めたんだ。
ちゃんと頭領らしく振る舞えるように努力するのみだ
コンコン…
扉がノックされる
雅が扉を開けると、そこには雪がいた
「遅れてごめんなさい、今大丈夫だった?」
申し訳なさそうに謝る雪を雅が招き入れる
「大丈夫。契約が終わったところだから。
…それより万葉先生達は?」
「黒丸の状態を教えて下さってたの。
それも終わったから
もうそろそろお帰りになるところよ。」
血判で出血した凛桜の親指を布で抑えながら伝える雪
「なら俺は万葉先生の見送りに言ってくる。
凛桜、あとは雪に色々聞いてくれ」
そう言うと部屋から早々と出ていく雅
雪は凛桜の親指に絆創膏を貼りながら話す
「雅…あんな感じだけど、凛桜ちゃんが来るの凄く楽しみにしてたのよ?
昨日黒丸の様子見に行った時にあなたの妖力を見て
どうしても頭領になって欲しいって思ったらしいの。
そこから里の皆一人一人に会いに行って説得して…
あの人…先代族長がいなくなってから
あんなに生き生きとした雅は初めて見たわ……」
雪は優しく凛桜の手を握る
「これから凛桜ちゃんは今までと違う生活や環境で
大変だと思う。
だからこそできる限りサポートさせて貰うわ!」
雪は凛桜の前で正座し、座礼をする
「改めまして、私雪は姫様の侍女頭として誠心誠意お仕え致します。よろしくお願い致します。」
慌てて凛桜が雪の頭を上げさせる
「あ、ありがとうございます…!
ですけど、頭上げてください
私の方こそ未熟者ですがよろしくお願いします…」
頭を下げようとする凛桜を雪は静かに止める
「気持ちは嬉しいけど、もうあなたは私達に頭を下げて良い立場ではないのよ?
まぁこうやって身内だけの時はリラックスしたり、
多少は気を緩ませても良いけど…
外では頭領としてちゃんと振る舞えるようにならないとね!
なので…早速明日から私が礼儀作法を叩き込みます。
一緒に頑張ろうね凛桜ちゃん!」
雪はとびきりの笑顔のはずなのに…目が笑っていない
明日からの日々を想像して少し気が滅入る凛桜
けれど、それ以上の期待を抱いていた。
頭領として渡り人として
これから自分にできる事を…やりたい事をやろう。
凛桜の顔は心を表したかのように晴れやかだった
雪:儚げな雰囲気がある未亡人…的なイメージです。
妖力が生まれつき弱く髪も白髪が混じっていることから
雪と名付けられました。
無事に頭領、渡り人として雅と契約を交わした凛桜
次回からとうとう里での暮らしが始まります!
楽しんで頂けたら嬉しいです。




