神の試練
「クライオニクス」死んだ人間を冷凍保存し、科学技術が発展した未来に蘇生されることを夢見る技術である。人の死にたくない、復活したいという欲望は根源的な欲望とも言え、その夢を見た者はエジプトのミイラの時代まで遡ることができる。
目が覚める…というよりはいきなり電源が入ったような変な感覚に襲われる。ひとつひとつ感覚が失われていき最後には音のみとなった世界とは対照的に五感のすべてが研ぎ澄まされている。
「知らない天井…。」などと思うよりも先に自分の手を見る。自分を自分と認識するためには、自分の顔を見るよりも手のほうがずっと実感が湧くらしい、何十年も常に自分の視界の中に入っていた手を見間違えるはずもなく自分が生きていることを実感させられる。ゆっくりと上体を起こし、頭上にあった心電図モニターを確認して、ようやくここが病院であることが分かった。
「手術は成功したんだね」声の聞こえるほうに目を向けると中肉中背の男が立っている。白衣をまとっているのでおそらく医者だろう、まだ混乱していて思考がまとまらないが命を救ってくれた医者に感謝を伝えることが何よりも優先されるだろう。
「ありがとうござ」「で?死んだ時の感覚はどんな感じだったのかな?」
感謝を伝えようとしたが医者に途中で割って入られる。
「…死んだ?」
たしかに事故にはあったが死んだ覚えなんてない、実際に体も動いていてこうやって話もできている。少しずつ落ち着きを取り戻していたのにもかかわらず突拍子もない単語に頭が混乱する。
「まぁ…わかってはいたけど当然困惑するよねぇ…。でも、忘れる前に死んだときの感覚を教えてもらえるかな!?」
医者が多少イライラしたかのように訪ねてくる。
「あ…えーと…あー。」
自分の状況すら把握できていないのにこのような質問をされてもまともな返答ができるはずもない。医者はため息をついた後にまくしたてるように説明する。
「下田 命 24歳 高校卒業とともにクライオニクスを受けるためにお金集めに奔走24歳に至るまでにクライオニクスに必要な費用の1500万円を集め、その後交通事故にて死亡。高校卒業とともに書かれた遺書には高校卒業当初からクライオニクスを受けることを希望していたことがうかがえる…。であってるよね!?だったら少しくらい心の準備くらいしとけよ!!早く死んだときの感覚を教えてもらえるかなぁ!?」
「いや…その…えっと。」医者がじっとこちらを見てくる。言葉に詰まってしまったがゆっくりと記憶をさかのぼる…。事故にあったあとにゆっくりと意識がなくなっていったことまでは覚えている。その後五感が少しずつ消えて行って…?
「…? 何もなかったです。」
医者が顔をしかめる。パソコンに何かを打ち込んだ後さらに質問をされる。
「天国や地獄のようなものはなかったって認識でいいよね?」
さきほどの怒ったような様子は見られず、家族構成などの「生前?」に関する質問をいくつかされる。
すべての質問をし終わったのかパソコンを閉じ「で…?質問ある?」ときかれた。混乱はしているものの何故か高圧的な医者の態度によって落ち着きを取り戻していた。自分の置かれている状況をようやく理解できたので質問を考える。
「…今は西暦何年ですか?」
「西暦…?旧暦のことか…えーと君が死んだときから数えると地球は100周くらいはしてるから…。」
完全に自分の置かれている立場が理解できた。どうやらクライオニクスで復活できたらしい。しかし、クライオニクスは当時では詐欺に近しい扱いだったにもかかわらず人類はたった100年ほどで蘇生の技術を手に入れたらしい。意外と早かったな?というのもクライオニクスには技術的な問題よりも遥かに難しい問題を抱えていた。
「なぜ死人を生き返らせようと思ったのですか…?」
生前クライオニクスについて嫌になるほど調べたのでよくわかっている。クライオニクス最大の問題。それは未来人に過去の人間を復活させる合理性がないことである。広告になる有名人を一人か二人復活させるならまだしも自分のような一般人を復活させるのにはそれ相応の理由が必要になってくる。死人は金を払わない。ある程度の時間がたち遺族がいなくなり死者の財産が尽きてしまったら捨ててしまうのが合理的である。
「…18歳の君は生きたいという気持ちで満ちていた、それだけならただの中二病の可能性もあるがそれだけを原動力に6年間切り詰めた生活と重労働に耐え、クライオニクスに必要な1500万円を貯め切った…正直かなりおかしいと思うよ、だいたいの人間は死に際には死を受け入れるようにプログラムされている。しかし、死に際の君は事故後生きたいという言葉を連呼していたらしい…。」
同情されたということか、だとしたらありがたいがこの医者の印象からはそのような意図は感じ取れない。そんな理由では納得できない、絶対に経済的な合理性があるはずだ今から実験体にでもされるのか…?
「君は控えめに言って世界一の生きたがりだ、生への執念が強すぎる。だからこそ必要になったんだ」
なんだやっぱり実験体ではないかそれとも世界を救ってくれとでも言うのだろうか?生きたがりだから必要になる場面が思いつかない、死者を蘇生させる良い言い訳の付く個体だったということか。
「なぜ生きたかったのか、その理由を我々に教えてほしい。」
意外な一言だった。
なぜ生きたかったのか?と聞かれて初めて気づいた確かにまったくもって考えていなかった。いや考えていたはずだ…だがこれは医者にとって納得できるものなのか…?
「人類の未来を…。人類を行く末を見てみたかったから」
無になること死ぬこと自体はさした問題ではなかった気がする、死人は悲しまない、死人は恐怖しない、しかしどれだけテクノロジーが進化してもどれほど楽しい未来が待っていようともそれを観測することができないことが何より苦痛だった。自分だけがいない世界で自分だけが見ることができない時間が永遠に進んでいる。それを考えると耐えられなかった。
医者は顎に手を当て考えた後にゆっくりと顔を上げ言った。
「…弱いな。」
予想はしていたが何故か恥ずかしくなってしまった。確かに生きたい理由としてはすごく弱い。だがこんな幼稚な理由しかないのだ。
「すまないね、私も急ぎすぎていた。医者には患者に対する説明責任があることをすっかり忘れて話を進めてしまっていた。」
そうだ今の答えが本心であることは間違いないが、あまりにも唐突すぎるのでこの質問の意図が読み取れなかった。なぜこのような質問をするためだけに復活させたのか、その質問によってどのような利益が得られるのかが不透明である。
「まず、現代の人類はテクノロジーの発展により不老不死に近い状況を作り出すことができた、しかしだね人間は100歳を超えてくると人生そのものがつまらなくなってきて漠然と死にたくなってくるらしい…。」
死にたくなる?その感覚がわからない?
「テクノロジーの発展で最も大きかったものは人体がDNAから生成可能になったことだ何代も自分の体を精製してはその中に自分の脳を移植する。そのうち自己の存在が体ではなく脳によって定義づけられるものだとされていった。」
人体が精製可能になったことによって自己の存在を証明するものが脳のみになってしまったのか。
「しかし、脳が生成可能になってしまった。記憶や思考もそっくりそのままね。我々が思考していると感じていたり魂があると考えていたのは脳による盛大な勘違いであり。自分たちはただの反射的に生じる電気信号をまるで何かを考えているかのように錯覚してしまっていたことが明らかになってしまったんだ。」
生命の神秘としていたものが空虚な妄想にすぎなかったのか。
「そうして自己を見失った人類がたどり着いたのが人はただのDNAの箱舟であり、大した意味なんてものはない、個人はどれだけ楽しく生きられるのかが重要っていう思想だよ。」
人間の本体はDNAでしかなかったということか…しかし、個人の幸福を重要視すること自体は間違っていない。
「有り余る時間で思考し続けた先にあったのは結局は個人の幸福というのもただのドーパミンによる勘違いという結論でしかなかったね。そこで尊厳を重要視し死を受け入れるという思想が広まった。」
ここでようやく自分が復活させられたことに納得できた、生きることの意味を見失ったから世界一の生きたがりに生きることの意味を問おうとしたのだ…。
「僕はこれを神の試練とよんでいるよ、知的生命体はこの広い宇宙で無数に存在していただろうけど神秘を失った途端に生きる意味を失い、他の星に行くほどの技術を見つける前にゆっくりと滅んでしまう。」
自分の夢見た人類の行く末とは大きく異なるが納得してしまう。神を失った人類が個人の幸福にフォーカスすることによって人口を減らしていく。
「宗教の力で何とか死に向かおうとする者をつなぎとめようとしたり、薬物によってドーパミンの出る量を増やしたり。いろんな手段を尽くしてみたけどどれも無駄だった。そこで君に生きたい理由を聞こうと思ったんだけどね。」
医者が弱いと感じた理由が理解できた全人類を納得させるほどの生きる理由を聞きたかったが結局は生きたがっていたわけではなく死にたくなかっただけなのである。
「もうかなりお手上げ状態だよ…。君に頼るくらいにはね。」
残念ながら自分では期待に応えることができなかったらしいまだ地獄でもあったほうが都合がよかったのだろう。それに人類の行く末としては十分納得することができた、永遠の命を手に入れたがそこで行き詰まり滅んでしまったなかなかに人類らしいオチだ。
ゆっくりと上半身を倒し、地に背中をつけた。
「気になったのですがあなたはなぜそこまであなたは人々が生きることに執着するのですか?」
数分前の自分なら医者にこんな質問はしなかっただろう、人類の未来と行く末をこんなに早く目にしてしまった、死にたいとまではいかないが生きる理由を失ってしまった。
「冷戦がなければ人類は月面へいけなかったように人口が増えないと人類は第二の地球を探さない、私は神の試練を乗り越えることによって、人類が神に近しい存在になることを願っていたのだね。」
頭がおかしいことは何となく察していたが神になりたかったは想定外だった
「もう夢も破れてしまったよ…人類の衰退を食い止める方法はないようだね、私もそろそろ神の試練に挑むのもあきらめるとするよ…。ようやく理解できたが人は大義を失うと緩やかに死に向かっていくようだね…。」
沈黙が流れる。どちらも夢を失ってしまった形になってしまったからである。
「ねぇ、試しに聞いてみたいのだがもう一度死んでみたいと思わないかい?」
自分が生きたい理由は失われただとしても死にたいというほどの気持ちには至っていないそうしっかりと感じることができた。
「嫌ですね。一度死んでみないとわからないと思いますけどもう二度と死にたくないと思いますよ。」
医者は顎に手を当てた後にゆっくりとうなずいた。
「これだ」
じんわりと五感が少しずつ失われていく感覚を味わう…一度味わったことがある感覚だ…。残る感覚が音のみになったときかすかに医者の声が聞こえた。
「次は人類の行く末を見せることができるかもね」
目が覚める…というよりはいきなり電源が入ったような変な感覚に襲われる。ひとつひとつ感覚が失われていき最後には音のみとなった世界とは対照的に五感のすべてが研ぎ澄まされている。
何が起こったかは何となく理解している。声の聞こえるほうに目を向けると中肉中背の男が立っている。そして今度はニコニコしていてとても上機嫌だ
「定期的に死ぬことによって死ぬことに対する恐怖の感情を持たせる、これだけでここまで人口が増えるとは思わなかったよ。」
そこまでは言ってないんだけどなとは思いつつ、ゆっくりと上体を起こす。するとガッと腕をつかまれ無理やり引っ張り始める。
「こっちに来てくれ人類の行く末をみることができるよ!!」
ベットから無理やり引きずり降ろされドアを開けた先では大量の群衆が巨大なロケットを見上げていた。まるでお祭りかのような様子だ。
「ねぇなぜ宇宙人は地球に侵略してこなかったとおもう?」
この医者が突拍子もない質問をしてくるのはいつものことだが今回は答えを知っている。
「あなたならわかりますよね。神の試練を乗り越えることができなかったのですよ。」
医者は愛おしそうにロケットを見つめている。
「ようやく第一関門を突破することができてね、この夢は次の星に託すことにしたよ。」
周りがざわざわとし始める。明らかにこちら側に人々の視線が集まっている。向けられているのは羨望のまなざしであることは間違いない。この医者そんなに偉かったのか…?
「あれには私のDNAが乗っていてね、あっちに着いたら私を再生成する。DNAというものはよくできていてね神の作ったものを超えるにはまだまだだと痛感させられるよ。」
なるほど第二の地球を見つけるという夢をかなえることができたのでそれを見てもらいたかったらしい。
「もしもあの星に知的生命体がいれば私を神とあがめるかね、それとも生命が存在せず私が創造主になるかね。」
あいかわらずの狂気的発想だがこれでも人類のピンチを救っている。そのうえ自分も救われているので何も言うことができない。
「まぁ、ただ第二関門が強敵でね。この星はあきらめることにした。」
カウントダウンが始まるどれだけ時代が変わろうともロケットを打ち上げるときは変わらないらしい。
「第二の関門はブラックホールだったよ、人類の行く末見れてよかったね!」




