転生モブ令嬢となりそこないの悪役令嬢
魔法もざまぁもない、特別な知識もチートもない主人公がただ悪役令嬢(推定)に寄り添ったお話。
「落ち葉模様の包み紙とかなかなかないなぁ…」
私は庭園のベンチでノートを広げていた。そこに貼りつけてあるのは新聞の記事やリボン、お菓子の包み紙。
所謂コラージュノートだ。
海外帰りの叔父がお土産のお菓子をくれて、その包み紙が色鮮やかで可愛かったから「コラージュしたいな」と思ったのだ。
私には前世の記憶がある。今はナタリヤなんてしゃれた名前だが、平凡な日本のOLだった。高卒で入った会社が所謂ブラック企業で、モラハラセクハラ当たり前。私は家族と仲が良くなかったから実家に帰りたくない一心でかじりついて仕事をしていた。
気が付けば三十も目の前。趣味らしい趣味も楽しみもない。当然だが彼氏もいなかった。
片手で数えるくらいしかいない友達は結婚して家庭を持っていた。
うちのチビがうるさいからさぁ、飲みに行くのはまた今度。
大人になってからもつながりがあった幼馴染とも、そんなふうに都合が合わなくなったのもあり、休日は泥のように眠るだけの日々を送っていた。
先輩貯金が趣味なタイプっすか? 今時な若者の部下にニヤニヤ笑われた時呆然とした。
お金はそこそこ貯まっている。ブランド物に興味がなかったし投資もしていない、やたら学生時代そこまで仲良くなかった同級生とかに会いたがられて、マルチやら宗教やら勧誘されたのも金を貯めこんでそうに見えるからかと思いいたった。
かといってお金がかかる趣味はやりたくない。自分のような自己肯定感の低いタイプは、一歩間違えればホストとかにハマるのだろう。そういう店に一歩も足を踏み入れたことはないが、ちやほやされてその気になって貢がされるんだとか。
スマホアプリの課金もそうだ。実体のないものに大金をつぎ込むほどのめりこみたくなくて、パズルゲームなんか暇つぶしにやって見てもそれだけだった。面倒くさくなってアプリを開かなくなるしそもそも待ち時間熱心にスマホ画面を見ている方でもない。疑似恋愛系もちょっとだけ触って、セリフを読むだけで疲れてしまった。
私は適性がなかったようだ。
双方社会問題になっているからそのニュースを見るたびに馬鹿じゃないの、と突っ込んでいた。
でも自分だけは大丈夫、と思う人間ほどはまってしまうというのは警戒していた。
では旅行や習い事だろうか。もともと出不精で誰かと一緒じゃないと出掛けない。習い事も人と接するのが億劫すぎて、長続きしないだろう。
詰んでる。
頭を抱えた時に出会ったのが、コラージュの動画だった。
可愛いシールやおしゃれな紙をスケジュール帳や手帳にセンス良く配置していく。
スケジュール帳なら手元にあるし、シールなんかは百均で手に入る。
そこからは沼だった。かわいい素材を集めに百均や雑貨屋を巡る。
通販サイトでよさげなものを取り寄せる。
作ったコラージュは誰に見せるわけでもないけど、通勤用のバッグに持ち歩いて休み時間に見ては癒されていた。
そんな人生が、塗りつぶされたようにぷっつり終わって今のナタリヤになっていた。
なんと今の自分はお嬢様だった。でも私の知ってる貴族って、夜会とかコルセット締めるのにメイドさんが足を突っ張ってまで締め上げるとか、ヘアセットするとやり直すの大変だから洗髪できなくて臭かったとかそんなイメージだったんだけど…なんか日本的だ。
お金持ちの学園が舞台の漫画とか、そんな感じ。
学年、成績以前に上位クラスと下位クラスに分けられていて、読んで字のごとく上位クラスは上位貴族、下位クラスは下位貴族のクラスで分けられていた。男女共学なのも違和感。イギリスの名門とか男子校なイメージあるし。日本だってお嬢様学校は未だに男子は受け入れてないんじゃないかな。
何らかのフィクションの世界。そんな気はするけど知識がない。
主人公らしき美少女は同じクラスにいた。胡桃色の髪にピンクの瞳、はきはきとしゃべる少女だったけれど、ある時を境に教室にいないことが多くなった。
噂によれば、上位クラスに入り浸っているとか。お目にかかったことはないが、上位クラスにいる王子様のお手付きになったらしい。
そういうこともあるんだ、とびっくりしたが、まぁ関係ないしなと日常に戻った。
「素敵ね、それ」
いつの間にか背後に人がいた。
ひっ、と息をのんでバタンとノートを閉じる。
見るからに高貴なたたずまいの少女だった。ホワイトブロンドを巻いていて、近づかれた時にいい匂いがした。
あら、とちょっと不満そうにされて、恐ろしさのあまりノートを差し出す。
「いいのかしら?」
「あの…人様に見せるようなものじゃなくて、完全に自己満足っていうか…
手垢まみれだから申し訳ないっていうか…」
ぼそぼそと言い訳をしたが、少女はふむ、と一瞬思案した後ノートを受けとった。
少女は隣に座り、ノートをめくり始めた。
お菓子の包み紙、押し花、リボン、封蝋のスタンプなど感性に引っかかるものを思うままに切り貼りしたものだ。
「かわいいわね、これ。わたくしも作れるかしら」
「貼り付けられるものならなんでも。
誰でも作れますよ」
人によっては貧乏くさいとか、小汚いとか嫌がられる。興味を持ってくれたのは素直に嬉しかった。
「じゃあ明日、明日もここにきてくれる?」
美少女にお願いされては断れない。
彼女が例の王子様の婚約者だと知ったのは翌日だった。
彼女が持ってきたものは上等なノートと、リボンや押し花が入った宝石箱だった。
あまりのことにびっくりして、そんな入れ物持ってきちゃダメですと慌ててしまった。
あらそう、じゃあどうしたらいいのかしら。
そんなふうに返す彼女は天然ぽい。高貴さはにじみ出ているが、ちっとも偉そうではなかった。
お菓子の空き箱とかでいいんですよ、と助言すれば、でも…と目を伏せる。
まつげまで真っ白で見とれてしまった。
もしかしたら彼女が持ってきたものは思い出の品なのかもしれない。
深くは聞かず、やり方を教えることにした。
好きなように、と言うのは簡単だが、初心者にとってはセンスを問われているようで難しい。
別にプロアマ関係ない、趣味の世界だ。電車が好きな人は切符なんかをメインに、映画が好きならパンフレット、旅行が好きなら旅行先の思い出をコラージュするのだ。
彼女はノートに何を閉じ込めたいんだろう。
「熱を出して、お会いできなかった時にもらった花束。
綺麗な花はいっぱいあったけど、カスミソウって存在感がないようであるのとないのとじゃゴージャス感が違うのよ。なんだかいいなって」
「わたくしが好きなナッツのクッキーを下さった時、ラッピングに使われていたリボン。
チョコレートブラウンで、あの方の瞳にそっくりで取っておきたかった」
「最後にもらったお手紙。
予定がキャンセルになったと知らせるだけの、簡単な文章ね。
これが最後だったの。でも薄紫色の便せんがわたくしの瞳の色だなって思ったら、捨てられなくてね」
何も言わない私に対し、彼女は思ったよりしゃべってくれる。
このノートは、彼女の気持ちだ。
受け取ったものを大事にしていた彼女の。相手にとっては何でもない、覚えてもいないものであったとしても。
その事件が起きるまで、彼女との交流は数回続いた。
打ち解けたと言うには身分差がありすぎる。彼女は公爵令嬢で、私は木っ端貴族の一人娘だ。
それでも彼女は私に『次の予定』を入れ続けた。
彼女がそれを楽しみにしているなら否やはない。私とて彼女の人柄を好ましく思っており、無言でいても責められないのが楽だ。
その間にも例の主人公が、着々と下準備をしていたようだ。
学院創立記念パーティー。上級下級の垣根なく、という触れ込みであっても下位クラスは絶対に上座に立たないよう出入り口付近でたむろしている。
そこで声を上げたのが、はじめてお目にかかる王子様だった。
目の覚めるような金髪に、遠目には黒く見えるが彼女曰くチョコレートブラウンの瞳。
胡桃色の髪の少女を傍らに、彼女の名前を叫んだ。
曰く、彼女が裏で糸を引いて主人公に嫌がらせをしていたのだと。
ホワイトブロンドを結い上げた彼女の背中を見つめる。
なんで彼女が責められなければならないのか。
一夫多妻なんてこの国でも認められていないのに、婚約者をないがしろに女生徒に手を出したのは王子様の方じゃないか。
しかし彼女は静かに、婚約破棄を受け入れた。
私は悔しくて悔しくて、ずっと涙を流していた。
「ねぇナタリヤ。
わたくし、あの時あなたに出会えてよかったわ」
あの時に出会った庭園のような、緑の多い庭だった。
彼女は婚約破棄後、王家に目を付けられたくない父親によって二十も離れた貴族の後妻になった。私は学院を中退、侍女として彼女についていった。継ぐような家でもなかったし、私は可愛がられはしても期待されてはいなかったから特に止められはしなかった。
今の彼女はホワイトブロンドのどの程度が白髪なのだろう。
長いことともにいる。あの時彼女に声をかけられた時に運命が決まったと言ってもいい。
彼女が一人で悲しむのが、我慢ならなかった。
自分が誰かを支えたいと思うなんて、前世の自分がびっくりするだろう。
彼女の嫁ぎ先で、執事の青年と出会い結婚した。今や彼もベテランの地位でロマンスグレーの紳士である。私は息子と娘一人ずつ授かり、それぞれ孫も生まれた。
彼女の二十歳離れた伯爵は、最初の頃から彼女を気の毒がってくれて夫婦仲は悪くなかった。なんでも派手好きの先妻に見限られる形で離婚しただけで、当人は問題のある人格ではなかった。子供にこそ恵まれなかったものの、穏やかに暮らす二人の姿に心底安心したものだ。その伯爵にも先立たれ、爵位は彼の親戚が引き継ぎ彼女は田舎の邸宅で静かに余生を過ごしている。
「ねぇ、ノートが1冊終わったわ。これで何冊目だったかしら。
新しいノートはどうしようかしらね」
紅茶を注ぐ私に、あなたもそこに座ってよ、とあの日のように微笑んだ。
彼女が作った1冊目は、ないがしろにされた彼女の心だった。
だけれど今も大事に、彼女の本棚に並んでいる。
久々すぎて…未だに設定メニューが分からない。筆者が手帳デコにハマっているので。もともと手帳ってスケジュール以外何書けばいいのかわからない…というタイプで空白できちゃって苦手だったのですが、デコればいいって動画を見てなるほどな!と。
主人公に思い切りの良さや特別な力がなくても、人に寄り添う優しさがあれば悪役令嬢(未満)も心が満たされるんじゃないかなと言うお話でした。
ヒロインは作品を熟知したガチヲタで用意周到にストーリーを完走した。ひとつ想定外は王族の公務を舐めてたこと。案外主人公たちの方が気楽で幸せかと思われます。