28 甘えっ子の不安
(そんなつもりじゃなかった――――!)
タウンハウスの庭先で、懲りずに呑気に花壇の花をスケッチしていたリリスは、いつものように現れたオニキスからの衝撃発言で頭を抱えていた。
庭のベンチに座ったオニキスの膝に乗せられながら、頭を抱えていた。
(こんなつもりでもなかった――――!!)
実に流れるような動作で抱き上げられ膝に乗せられた。
リリスが甲高く叫んで目眩を起こしたから、気分が悪くなったと勘違いされて介抱されている。
第三者から見ればいちゃついているようにしか見えないが、オニキスは青白い顔をした婚約者への心配八割下心二割で膝へ導いた。この二割、勿論リリスの悟れない二割である。
「倒れそうになるなんて…熱心に庭でスケッチをして、身体が冷えたのが原因か…?」
「違いましゅ…」
冷えから来る目眩ではない。
羞恥から来る目眩である。
リリスの膝に載せられたスケッチブックを見下ろして、リリスはぶり返す羞恥で再び目眩を覚えた。
だって本当に、まったく、考えていなかった。
(たくさん描いた過去の黒薔薇の君シリーズが、ラブレターに分類されるだなんて!)
リリスはラブレターを知らぬ。
リリスは恋に恋せぬ令嬢だったので、条件の良い殿方がいても描き甲斐がありそうだなとしか思わないちょっとズレた感性を持っていた。
結婚相手は兄が決めると思っていたので、リリスにとって恋愛感情は未知だった。ときめきは理解できたが、相手を手に入れたいとか気持ちを伝えたいとか思ったことはなかった。
よってラブレターがどのような形式をしているのか、リリスは知らなかった。
というか愛を綴った手紙がラブレターじゃないの? 愛が籠もっていれば全部ラブレターになるの?
(私は、私はちょっと、ちょっとオニキス様をたくさん描きすぎただけで!)
独白すら矛盾していたが口に出さないので誰も突っ込まない。
(絵のことならクリスに聞けばいいの? でもクリスも「愛が籠もった絵ならラブレター」とかいってカーラさんに渡してそう! ということはラブレターだったの? 私ってば演習見学のたびにラブレターを描いていたの? そんなまさか!)
ちなみにそのクリスティアンとカーラだが、両親が到着して顔合わせが終わったと同時に王都から飛び出した。
そもそも今回の事件はカーラに付き纏っていた質の悪いストーカー集団が起こしたらしく、犯人が複数いたので騎士団長のブライアンになんとかして貰おうと王都を目指していたらしい。
勿論嫁と家族の顔合わせもあったが、ストーカー退治が第一目的だったそうだ。
顔合わせをついでにするな。
けれどこの説明を受けたときカーラは胃を押さえていたので、大変な心労を抱えていたようだ。
それにしたってカーラを追いかけるために金髪女子を手当たり次第に攫うのはどうかと思うが、正常な判断のできない犯人だったのだろう。あの美しさに狂う人間が現れるのはわかるが、それにしたって大変迷惑なストーカー集団だ。集団ってのが怖い。
街で一人走り出したのだって、犯人が近付いているのを察してリリスを巻き込まないための判断だったらしい。ちょっと自己犠牲な行動だが、カーラはとても優しい人だ。
その優しい人が、クリスティアンの言い訳を真っ直ぐ信じるリリスの善性に胃を痛めているとは思いもしないリリスだった。
ちなみにカーラは両親の前でも方言を封印してキャピキャピムーブだったが、両親の感想は「若いわね~」で終わった。
…そう、両親が来ている。
両親とエイドリアンが、王都に来ていた。
クリスティアンと、リリスのパートナーとの顔合わせに。
そしてクリスティアン側の顔合わせは終わっており、次はリリスの番。
というかなんで順番制にした。リリスとしては一気に紹介したかった。
クリスティアンとカーラ夫妻と一緒に紹介したかった。二組同時だったらこの妙な照れも軽減されると思っていたのに。
だというのに両親が到着したその日に顔を合わせてすぐ旅立ったクリスティアン。
展開が速すぎて見送りもできなかった。気付いたら旅立っていました。
エイドリアンとアントンは怒っていたが、多種多様な子供達に振り回されてきた両親はとってもおおらかだった。悟りを開いているとも言う。
そんな両親にこれから、オニキスを紹介する流れとなる。
(…ダークウルフ伯爵家にうちの娘は恐れ多いとか言われたらどうしよう!)
多分言われないけれど、気後れしているリリスは万が一の可能性に思い至りラブレターの照れを忘れた。
というかそういうものとして受け入れることにした。
だってちょっとたくさん描きすぎたので何の言い訳もできない。自分でもこのスケッチブック真っ黒だと思う。これはもう愛でいい。
六男夫婦に恥ずかしがらずに想いはきちんと伝えないと心が離れていくと言われたので、ラブレターに関しては盛大に照れたが認めることにした。盛大に照れているが。
リリスは素直なので、言われて納得したら改善するのだ。
でも恥ずかしい。
あっさり膝に乗せられるのとか、とっても恥ずかしい。
(お兄様達の膝にはよく乗せられるけれど、オニキス様はお兄様達じゃないもの…!)
うっかり流されることが多いが、そもそも淑女を膝に乗せるのは何故だ。隣に座らせて欲しい。
(そう、こんな甘えたな娘が伯爵家に相応しくないって言われたらどうしよう!)
身内に。
なんとなく祝福してくれると思うが、確証はない。
リリスはこの初顔合わせに緊張していた。
「今度は関節が固定された人形のように硬くなったな…リリス、やはり身体が冷えてしまったのか?」
「違いましゅ…」
冷えでガッチガチになっているわけではない。
緊張でガッチガチなのだ。
(身内への紹介でこんなに緊張するなんて。私、伯爵家へのご挨拶は一体どうなってしまうの…?)
ご挨拶の時、ブリキの人形みたいな動きになるかもしれない。
なんだかんだ甘やかされてきたリリスは、真剣に悩んでいた。
両親が王都について顔を合わせた次の日には行方を眩ませていた六男夫婦。
動きに迷いがないし堪え性もない。
次回完結予定。
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