27 それぞれの才能
「それにしても、ホワイトホースは本当に優秀な子が多いね」
「褒めても俺が煌めくだけだぞ」
突然の褒め言葉にブライアンが即座に煌めけば、視界の端で黒薔薇の副官が呆れた顔をした。つまりブライアンを見ているということなので、呆れた視線は気にしない。全くこちらを見ない黒薔薇に苛立つが、青薔薇は盛上げるように拍手した。
ちなみに青薔薇、勝手に黒薔薇の執務室でお茶を淹れだした。
年長者がお茶くみしているが、書類を持ってきただけなのに長居しようとしているのは青薔薇なので誰も気にしなかった。ちゃっかりブライアンも腰を落ち着かせたが、やっぱり黒薔薇は見向きもしない。副官だけが迷惑そうにしている。
一服した青薔薇が、困ったように嘆息した。
「皆個性的で、鞍を嫌って走り回るから見ていて爽快感があるよ。皆逸材なんだけれど、誰のことも乗せてくれないで走って行っちゃうんだよねぇ」
(なるほど手綱は握れていないな?)
誰のことを言いたいのかすぐわかって、ブライアンは余計に煌めいた。
自由な六男の手綱をどうやって握ったのかと思ったが、こちらの考えすぎだったらしい。
(鞍が付いていないのに手綱を握れるものか)
クリスティアンは自由を愛している。
正直、クリスティアンが青薔薇騎士団の一員になっているなど予想外だった。ブライアンも明言されたわけではないが、間違いないだろう。
なんで白薔薇ではなく青薔薇なんだとむせび泣きたい気持ちだが、青薔薇より拘束時間の多い白薔薇騎士団とクリスティアンは合わないだろう。そもそも青薔薇騎士団への在籍だって、各地を放浪しても違和感のない…いや、各地を放浪しても構わない役どころだったから得ただけかもしれない。
多分クリスティアンの中では画家(越えられない壁)諜報活動だ。
所属を決めても、自由な振る舞いは変わらないに違いない。
「そんな自由なお馬さんだけど、なんだかんだ真面目な青い鳥と相性いいと思う?」
「鳥の羽が抜け落ちると思う」
ストレスで。
実は真面目な猛禽類と、自由を愛する奔放な白馬は相性が悪そうだ。
恐らく次世代、もっとも関わりが多くなる連絡網だと思うが、怒る猛禽類と我関せずな白馬しか浮かばない。
そもそも今回の事件だって、トンビに油揚げをさらわれたようなもの。
(スパロウを育てるために用意した西の駒は、クリスティアンに横取りされてしまった。父親の教育方針にも切れただろうが、他人が事件を解決したことで不完全燃焼でもあるだろう。その原因と仲良くなれるかは、わからん。なんとなく無理そうだ)
悪い子ではないがまだまだ感情制御が未熟。
しょっちゅうオニキスに突っかかる感情制御なんてしていないブライアンは、自分を棚上げにして酷評した。
「うーん慣らしが必要そうだ」
慣しの過程でぶち切れると思う。
いや、もしかしたら、変人の多い青薔薇騎士団に所属しているのだから、変人のあしらいは上手いかもしれない。
一瞬想像してみたがすぐやめた。なんだかスパロウが可哀想になったので。
スパロウの場合は部下を育て、情報のやりとりは副官に任せた方が良さそうだ。現在の青薔薇の副官も、まだ常識のある方だからなんとかなるだろう。
騎士団長だからと全ての業務を抱え込む必要はない。ブライアンだって副官を上手く使う。なんなら今だって副官に任せてちょっと長めの休憩中だ。
いいのだ。ブライアンの副官は、同じくらいブライアンに仕事をふっかけてくるので。
「優秀と言えば、リリスのスケッチブックだが」
「ん?」
すっかり腰を落ち着かせて勝手にお茶を淹れて一服する白と青の騎士団長を横目に、オニキスは書類を退けて一冊のスケッチブックを取り出した。
犯人の似顔絵があるから役立てて欲しいとオニキスへ手渡されたスケッチブック。その瞬間に立ち会っていたので、流石のブライアンもリリスの私物を所持することに目くじらは立てない。立てないが、情景を写し取るのに優れたリリスの絵が集結した神の産物なので早々に返納して欲しい。
さっさと納めろ。
クリスティアンの活躍で捜索には活用されなかったが、捕まった男達の余罪確認に役立った。実際の人物と並べると本当にそっくりで、ブライアンは末っ子の才能で鼻が高い。
「最新のページだけでなく、念のため他のページも確認したのだが」
まあ、わかる。
犯人の似顔絵がどのページまで書かれているのか、把握のためにも遡るのはわかる。
わかるが、スケッチブックを抱えて蜂蜜色の目を細めて笑うオニキスを見て、ブライアンはとても嫌な予感がした。
「半分以上が、見事に黒一色だった」
「なん、だと…!?」
ブライアンは大袈裟に音を立てて立ち上がった。長い足がテーブルにぶつかりカップが揺れて中身が溢れたが、その視線はオニキスの持つスケッチブックに釘付けだ。
黒一色。
塗りつぶしているのかなんて無粋なことは言わない。
つまり――…黒薔薇ばかりということだ。
スケッチブックを埋め尽くす、黒薔薇。描き手は持ち主、リリスしかいない。
そんなの。
「そんなの…ラブレターじゃないか…!」
あまりの美しさで画家の人生を狂わせたことがある男、白薔薇。
麗しい白薔薇の騎士を褒め称える長文の手紙…もはや小説だって贈られたことがあるブライアン。
そんな彼にとって特定の人物で埋め尽くされたスケッチブックは、ラブレターだった。
一方、単純に想い人が自分を見てくれている証拠を手に入れて喜んでいただけのオニキス。
ブライアンの発言に、雷に打たれたような衝撃を受けた。
「これが…ラブレター…!」
ブライアンほどではないが黒薔薇の騎士として令嬢達に秋波を向けられているオニキスだが、ラブレターなど貰ったことがない。
何故なら彼は伯爵令息。そして親しみ溢れるファンサの鬼ブライアンと違い、余計な部分をそげ落とし、武骨なオニキスは近寄りがたい。彼の応援団は密やかで、ひっそり応援して自己満足で終わる令嬢達ばかりだった。
中には過激な令嬢もいたが、過激な令嬢は手紙などしゃらくせぇと言わんばかりに体当たりだった。
オニキスの恋はキラキラ輝くリリスの視線から始まったので、黒薔薇咲き乱れるスケッチブックは、確かに間違いなくラブレターだった。
(プレゼントじゃないから違うだろうなぁ…)
白黒騎士団長達のラブレター判定に心の中で異議を唱え、チェコは崩れ落ちる白薔薇と喜ぶ黒薔薇から視線を逸らした。
逸らした先で楽しげに茶菓子を咀嚼する青薔薇が目に入って、頭を抱えた。
関わりたくはない。ないったらない。
その日の夕方、婚約者に会いに行った黒薔薇は、スケッチブックを返却する際にこの話をして婚約者に甲高く叫ばれた。
リリス「ぴゃ――――ッ!!」
スパロウは父親の目論見を終わってから察して、変人達との付き合い方に頭を抱えている。
一方リリス、スケッチブックに描かれた黒薔薇をすっかり忘れている。
ラブレター認定されていることも知らない。




