25 煽り煽られ(未来の)義兄弟喧嘩
「大口を叩いた割りにすることがなかったようだな黒薔薇!」
「楽しそうだな白薔薇」
(何しに来たんだこの人…)
黒薔薇騎士団の執務室。
後始末の書類仕事をする黒薔薇の騎士団長オニキスの前に意気揚々と現れた、白薔薇の騎士団長ブライアン。
得意げに輝く美貌に、黒薔薇騎士団副団長のチャコは心底呆れていた。
なぜならこの男、今回特に活躍所のなかったオニキスを煽るためだけに、休憩時間を犠牲にしてここまで来ていた。
仕事をしろ。
副団長が泣いているぞ。
(…いや、爆笑しているかも…)
白薔薇騎士団。青薔薇騎士団ほどではないが、掴み所がない奴ばっかりである。
「さて、巷を騒がせていた誘拐事件の犯人を確保し、ついでに繋がっていたキャンバスの一団も捕縛できたわけだが…」
(むしろキャンバス側の暴走だったな)
詳細を聞けば聞くほど、なんでそうなった? と意味が分らなくなったが結局はキャンバス側のクーデター、王族亡命に関係する事件だった。
「実行犯を捕まえたのは捜索していた黒薔薇ではなく一般人の画家! 黒薔薇がしたのは犯人の引き取りとちょっとオイタしてご迷惑をおかけした周辺への謝罪! 事件解決貢献度は我が家の放浪画家がナンバーワン!」
得意げに人差し指を立ててオニキスへ突き出したブライアンは、我が子を自慢する親馬鹿のようだ。
しかし得意げな顔がスンッと真顔になる。
「だが謝罪の件に関してはこちらも申し訳ない。あの子は加減を知っているがする気がなくてな。嫁を攫われてむしゃくしゃしてやったらしい。反省も後悔もないそうだ。弁償代は俺に請求してくれ」
(本人に請求してぇ…)
兄として申し訳ないと思っているのは本当のようだが、ご本人に反省も後悔もないなら意味ないぞ。甘やかすな兄貴。
「いや、未来の義兄のために俺が払う」
「やめろ実兄に払わせろお前が義弟を名乗るなんて百年早い」
「確かに早いな。二年ほど」
「その桁を変えてやるからな…」
「短縮か?」
「延長だぁ…!」
「弁償代の争奪からそうなる?」
聞いたことがないぞ、その手の争い。
チャコも思わず突っ込んでしまった。
そして煽りに来ていたのは白薔薇なのに、逆にオニキスに煽られている。
オニキス本人にそのつもりがあるのか不明だが、白薔薇が煽りに来るとだいたいこの展開だ。毎回煽り返して終わる。
今回も身内自慢のついでに出番のなかったオニキスを煽りに来たが、オニキスはホワイトホース家を既に身内扱いしているので、その手の煽りは効かないのだ。ブライアン本人にとっては遺憾だろうが、争いつつブライアンも身内認定している所がある。
(そもそも事態をややこしくしたのがその弟くんなんだよなぁ)
キャンバス国の王女とそっくりだったから影武者として攫われたカーラ。
処刑されるためだけの影武者。国民の鬱憤を背負うために連れ去られた少女。
そんな彼女を保護した放浪画家のクリスティアン。
二人が恋仲になって結婚し、仲睦まじいのは喜ばしいことだ。見事追っ手の目を掻い潜り王都まで辿り着いたのは優秀としか言えない。
しかしそこまで優秀だったのに、何故連絡の一つも入れなかったのか。
クリスティアンはホワイトホース家の六男。三男は白薔薇の騎士。
個人的なやりとりで報せを入れることだってできたはずなのに、クリスティアンはそうしなかった。なんならブライアンから接触しなかったらスルーしていた可能性だってある。
出世頭のブライアン、ホワイトホース家ではスルーされがち。
(キャンバス…他国からの介入だからこそ、地方の騎士ではなく王都の騎士を頼ろうとしたのはわかる。だけど国際問題にならならないように対処して貰うなら、情報は早い方がいい)
クリスティアンからの情報があれば、警備の形も変わる。キャンバスへの情報戦だって行われただろう。ソレはこれからだとしても、情報はいつだって新鮮であればあるほど対処しやすい。
それに、キャンバス側の追っ手に堪え性がなく短絡的な行動…とにかく金髪の女性を攫って確認するという悪手でしかない行動に出たが、謀略に長けた相手だった場合、もっと気付きにくい形で事件が起きたかもしれない。
(短期間で情報を収集して行動できる六男くんが、兄に対して根回ししていないのがおかしい…いや)
していたのだろうか。
煽り煽られ子供のようなやりとりをしている白薔薇を見る。
そもそも問題の夫婦と寝食を共にしていたのだから、王都に着いてからは情報共有がされたはず。カーラはキャンバスの王女によく似ていたから、ソレについて確認したはずだ。しかしその内容は、黒薔薇にまで回っていない。ただ王女ではない、とだけ知らされていた。
(ガキみたいな男だが、その手の嫌がらせをするような男じゃないし…なら、正確な情報がこっちまで来なかったのは…)
「そもそも年上の義弟など可哀想だろうそうだろう」
「珍しくもないだろう。大丈夫だ。引き渡しの際もお詫びに屋台を買い取れば大変喜ばれた。経済力があるのが一番らしい」
「仕事中に隙あれば餌付けしやがって…!」
「待って屋台買い取ったって言った?」
なんてまともに考えている横で子供の喧嘩は続いているのだから、チャコは思わず口を挟んだ。屋台で奢ったじゃなくて屋台を買い取ったって言ったな?
チャコの疑問に、オニキスは深く頷いた。
「流石に雇用したわけではない。その日一日分の商品全てを買い取っただけだ」
「それだけされたら文句の言いようがないでしょ何買収してんですか」
「いや、三口だった」
「お行儀が悪いな」
「何が???」
チャコは知らないが、ぎゅっとしてぱっと食べるのはお行儀が悪いらしい。
「確かに俺は今回不甲斐なかったから、何を言われても仕方がないとは思う。それでもクリスティアンは俺をリリスの婚約者として認めてくれた」
「買収しておきながらそれを言うか」
「しかし俺個人としては、彼に対して疑問がある」
「ほう?」
「…情報を得すぎている」
速いのは勿論、一般人が知り得ないはずの情報まで。
思いがけぬ戦闘能力は、ホワイトホース家だ。三男のブライアンがいるのだから、おかしいことではない。長女ライラと伯爵家の馴れ初めも、それなりに有名な恋物語だ。
しかし戦闘能力と情報収集能力は別。
放浪画家だからって、歩き回れば情報が手に入るわけではない。
「…ふむ、黒薔薇は我が弟がどのように見える? 天才か? 疑わしいか?」
ブライアンが笑う。しかしその美しい碧眼は笑っていない。
オニキスは静かにブライアンを見て…問いに答えず、逆に問い返した。
「義兄は、青い絵の具をよく使うか?」
「質問に質問を返すな」
撥ね除けるように言いながら。
ブライアンは口端をつり上げた。
「あの子は自由だから、色など気にせず使うさ。白も黒も赤も…青も」
ブライアンは大仰な動きで誇らしげに語り出した。
「リリスは理解できないと嘆いているが、クリスティアンは中々直情的な絵を描くんだ。色彩を使い分け、感情を含めた情景を情報として描いている。リリスはその場にある物をそのまま写し取るのに長けているが、クリスティアンは更にその先を行く天才肌! 伝えたい人に伝えたい内容を、わかりにくくも伝わりやすく湾曲に! 絵の世界で魅せてくれる」
どっちだよと目を細めたチャコは、執務室の扉が開いたのに気付いた。
しかしノックはない。音もない。気配もない。
それなのに視界の端で開いた扉に反応して武器に伸びた利き手は、入ってきた人物を認めて押し留まった。
扉を正面から見ていたオニキスは表情を変えず、扉を背後に立つブライアンは息継ぎをするように肩を落とし、ぐるりとその場で振り返る。
「なあ青薔薇の君。うちの弟はいい画家だろう?」
音もなく気配もなく不躾に侵入してきたのは、青薔薇騎士団の騎士団長。
スワロー・ブルーバード。
「ああ。次が待ち遠しくなるほど、いい画家だよ」
変人の多い青薔薇騎士団を統べる情報担当の騎士団長は、眼帯に包まれた顔でにこりと笑った。
ブライアン、しゃべり出すと語り尽くそうとするので何度か「黙れ!! まだだ!!」と叫ぶことになりました。
おや? 騎士団長達の様子が…。




