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22 上の子は下の子を構いたい


 クリスティアン・ホワイトホースは、伯爵家の六男。

 正確に言えば、第六子。五男だ。

 上には四人の兄と一人の姉。姉はクリスティアンのすぐ上で、年は一つ離れている。


 それだけでも親は頑張ったなと思うのに、クリスティアンが四つの頃には妹も生まれてホワイトホース家は七人兄妹になった。


 子供の多いご家庭は大変だ。

 ホワイトホース家もそりゃあ大変だったが、子供達は年齢差があったので長子が年下の面倒をよく見て、他の子もそれに倣ったためしっかり上の子が下の子の面倒を見る、という環境が出来上がっていた。


 しかし兄弟でも、嗜好の違いは明確だった。


 クリスティアンは動き回るのは嫌いではなかったが、室内で絵を描くのが好きな子供だった。よって紙だけでは飽き足らず、床も壁も大層被害に遭った。

 時には洗濯物にも手を出して、クリスティアンはお仕置きとして掃除洗濯を覚えさせられた。ホワイトホース家は貴族だが裕福ではなかったので、子供達へのお仕置きは掃除洗濯だった。

 落書きの代償だったのだが、人としてとっても必要な技術だった。一人旅では特に。


 そう、クリスティアンはお仕置きされても描き続けるくらい、絵を描くのが好きだった。

 しかし…しかし、クリスティアンの一つ上の姉…ライラは、絵を描くよりも、枝を振り回す方が好きなご令嬢だった。


 ホワイトホース家では、上の子が下の子の面倒を見る。

 重ねて…姉弟は、姉弟と書いて主従と読む。


「あたちがあちょんであげゆわ!」


 クリスティアンは見た目妖精。中身暴君(騎士ではない)の姉に、幼少期からもの凄く扱かれた。

 逃げても逃げても捕まって、もの凄く。


 見た目だけなら誰よりも騎士らしいエイドリアン。

 頭脳だけ特出したアントン。

 剣技の秀でたブライアン。

 兄たちが優秀すぎてちょっと捻くれちゃったバイロン。

 上の兄がなよっちいので(軌道修正して)騎士道に目覚めたライラ。

 その姉に扱かれたクリスティアンは…素手ならば、ホワイトホース兄弟で一番強くなっていた。


(ライラ姉さんから逃げ回っていたのも関係しているんだろうなぁ)


 絵が描きたいクリスティアンVS弟と稽古がしたい姉の仁義なき戦いは、リリスが物心ついてクリスティアンと一緒にお絵かきしたいと言うまで続いた。

 ホワイトホース家の末っ子のお願いは、だいたい叶えられる。ライラもリリスが望むならと、クリスティアンを追いかけなくなった。クリスティアンは安心して、リリスと一緒に絵を描いて過ごすことができた。

 それでも鍛えられた日々はなくならず、なんなら隙を見て鍛えられるので訓練は継続し…。


 走り続ける馬車の中で、カーラを攫った男達を踏んづけられるくらいは強かった。


「な、なして…」


 呆然と呟くのは、縛られて転がされたカーラだ。

 涙目で、腫れた頬で、髪を乱して床に転がりながら、乱入してきたクリスティアンを見上げた。

 相変わらず表情の変わらないクリスティアンだが、珍しくうっすら汗をかいている。ふわふわした銀髪もちょっとだけしっとりして、急いだのだろうと分かる。


 急いだのだろう。妹と…妻が、攫われたのだ。

 急いでいたから…走る馬車に侵入するために天井を突き破った。

 おそらきれい。


「屋根移動していたから、上から来た方が早かった」


 屋根から屋根を移動していたらしい。その過程で逃走する馬車を見つけ、天井から今日はしたようだ。


「そうでねして、なしてこん馬車におらがいるってわかっただ…?」

「だってこの馬車だけ慌ただしく移動していたし…荷台を厳重に隠していたからこれだろうなって」


 この馬車は荷台が見えないように前後を布で遮っているタイプの幌馬車だ。御者側からも、背面からも中身が見えないようになっている。荷馬車の中を確認するには、わざわざ布を捲って中に入らねばならない。


「分かりやすいよね。見られたくないって教えてくれていたよ」

「こん短時間で見分けただか…?」


 クリスティアンはカーラが慄く理由が分からない。

 首を傾げて、気絶している男の一人を肩に担ぐようにして持ち上げた。

 同時に、荷台の異変に気付いた御者が、馬車を止める。


「おい、なにがあっぶし!」


 先程も説明したとおり、この馬車は荷台が見えないように前後を布で遮っているタイプの幌馬車。

 御者からも中が見えず、天井から侵入したクリスティアンの存在に気付いていなかった。

 なので、布を捲って中を確認する男に向けて、クリスティアンは気絶した男を放り投げた。お前がボールでお前が的。

 男達がもつれ合って御者台から転がり落ちるのを見送らず、ついでにもう一人もとどめに放り投げた。馬車の中には男二人がいたので、これでクリスティアンとカーラだけになった。

 投げられた男は馬車の横でもつれ合う男達の上に落っこちる。潰れた豚のような声が響いたが知らない。

 気絶していた男達のダメージは回復せず、御者も下敷きになって気絶した。


「これで良し」

「おっかねぇだ…」


 満足げに両手で埃を払う仕草をすれば、よろよろ身を起こした妻が真っ青でそう言った。

 クリスティアンは首を傾げる。


「クリスは別に怖くない」

「自覚がないのがいちばんおっかねぇ…」

「よくわからないけど、まあいいや。それでカーラ。こいつらの顔に見覚えは?」


 縛られたカーラを解放しながら問う。カーラは言いにくそうに視線を彷徨わせ、小さく頷いた。


「…おらを攫った奴らの仲間だ…」


 カーラは、正真正銘、北にある田舎町出身の村娘だ。


 しかしこの村娘、何の不幸か、とっても西の国の王女様に似ていた。

 ――瓜二つだった。


 しかし田舎町から出たことのないカーラにそんなことは分からない。田舎で過ごす年寄りも知らない。西の王族が来ることなどないし、自国の人が来るのも珍しいのに他国の人がこんな田舎町に来るわけがない。そっくりさんの事実は、誰にも知られずに終わるかと思われた。


 終わらなかった。


 魔の森を迂回して海路で他国へわたった西の国…キャンバスの人間が、偶然田舎に迷い込み、自国の王女とそっくりなカーラを見つけてしまった。

 カーラは見付かってしまった。

 逃亡した王族を見つけて根絶やしにしてやる、と息巻いている危険思想の一団に。


 王女そっくりなカーラは彼らから本物の王女だと誤解され、北の田舎から攫われて西の国キャンバスへと連れ去られそうになった。

 その過程で、カーラは酷い暴行に遭う。

 彼らは暴虐な王族を責めているが、カーラは無関係な村娘。怯えるカーラに取り合わず、彼らは殴る蹴るの暴行を繰り返した。


 何が起きたのか理解できず、けれどこのままでは殺されてしまうと、カーラは命からがら逃げ出した。

 北から西へと移動する行程で山に飛び込み追っ手を攪乱した。カーラは血を流しながら夜の山を駆けた。


 女の足で、怪我を負った状態で逃げ切れたのは、その山でクリスティアンと出会ったから。

 画材に使用する材料の採取に来ていたクリスティアンが、カーラを拾ってくれたからだった。



上の子は面倒を見ているつもりだけど、下の子からすると「いじめられている!!」ってなることありますよね。そこまでは行かないけれどクリスティアンは姉のライラから「遊ばれちゃう!!」と逃げ回っていました。お姉ちゃんは一緒に遊びたいだけ。

そしてカーラの事情解明。

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