21 それどころじゃないので!
「終業時間にはまだ早いぞ黒薔薇」
「そちらこそ業務中だろう白薔薇」
「どっちもお仕事中のはずでしょ!?」
それなのになんでこんな細道に、白と黒の騎士団長が揃うのか。
リリスはブライアンにくっついたまま、後ろ襟をぎゅっと握りしめた。
ブライアンの首がきゅっと絞まっているが、いつになく妹がくっついてくれるのでブライアンはにっこにこだった。胸いっぱい。息苦しさなどない。
「お前と違って俺は仕事をしている。妹のお友達を危険な目にあわせた輩がいると聞いて調査追跡捕獲に乗り出してイマココだ。肝心の犯人は逃走中だが巻き込まれたとっても可愛い一般人を保護した所だ」
「ブライアン仕事中だったの!?」
業務時間内なのは知っていたが、いつも仕事中だろうと思い立ったら会いに来るので、今日もおサボりかと思っていた。違った。
しかも、ソフィラが襲われた一件でここまで来てくれたらしい。
妹の為ならお友達の安全にも気を配ってくれるブライアン。管轄はさておきちゃんと仕事をしていた。
得意げにリリスを抱えたブライアンは、とても意地悪い顔でオニキスを見た。
「で、この時間は外回りでもなんでもない黒薔薇はここで何をしているのかな。もしやサボりか? お前が? 真面目だけが取り柄の黒薔薇が?」
「婚約者に会いたくて外に出たが、外出中で会うことが叶わず消沈しながら本部に戻っている最中、銀髪の令嬢が襲われていると通報を受けて駆けつけたので、仕事中だ」
「初手の外出動機からしてさぼりだろうが」
ニヤニヤしていたブライアンは、あまりにも堂々とされて呆れた顔をした。リリスはサボりなのかそうじゃないのか分からなくなってびっくりした猫の顔になっている。
おサボりはいけないことなのに、後ろめたさが一切ない言動のせいで真面目に仕事をしている人に見える。
誤魔化されてはいけない。副団長に仕事を押しつけることを覚えてしまった男のおさぼりだ。
素知らぬ顔をしたオニキスは「それよりも」と拾ったスケッチブックを見下ろした。軽く叩いて汚れを落としながら、蜂蜜色の目をゆるりと細める。
「描いたのか? 俺以外の男を…」
「それこそそれどころじゃないです!」
蜂蜜のじっとりがいつもと違うじっとり。いつもは絡みついて甘く調理されそうな蜂蜜だが、今日はのし掛かって動きを封じてくる重さの蜂蜜。
なんとなく身の危険を覚える蜂蜜の重さだったが、リリスは握りこぶしで撥ね除けた。
本当にそれどころではない。正直オニキスもブライアンもおサボりだろうと関係ない。
なんとなく通常運転の二人に落ち着きを取り戻したリリスは、バシバシとブライアンの肩を叩いた。
ご令嬢の細腕から繰り出される平手など、虫に刺されるより痛くない。リリスからの接触にブライアンはニッコニコだ。この男、緊急事態と分かっているはずなのに、いつにも増して花を飛ばしている。
「カーラさん! カーラさんが連れていかれちゃったの! 犯人の似顔絵があるから貸してください!」
ブライアンを叩きながら手を伸ばすリリスに、オニキスはちょっと目を丸くした。
リリスからブライアンへの扱いはいつも雑だが、それは兄に対する甘えから来ている。無意識の甘えだが、ブライアンはちゃんと理解していた。お兄ちゃんなので。別に嫌われているわけではない。うざがられているわけでもな…ない。ないったらない。
オニキス相手にはいつも緊張が先立ってぎこちなかったが、今はそれもない。早く早くとせがまれて、オニキスはスケッチブックを手渡した。
それどころではないと分かっているが、取り繕えていない様子がいつもより身近に感じる。ふんすふんすとスケッチブックを捲る様子が可愛い。
本当にそれどころではないのだが、オニキスはじっくりリリスを見詰めていた。
「あった! この顔!」
そして目的の似顔絵を見つけたリリスは、コイツが犯人ですと二人にスケッチブックを突きつけた。
言いながら携帯していた鉛筆でもう一人の似顔絵を描き上げる。
さらさらと描き上げた似顔絵は、簡略化されていたが特徴がつかめた。恐らく本人を見ればピンとくる似顔絵だ。
「この二人がカーラさんを連れていきました! あっち! あっちに!」
リリスが指差す方向は大通りに繋がっており、そのまま馬車に引きずり込んで移動するのが今回の誘拐で最も多い手段だった。
恐らくカーラも既に馬車に乗せられて、移動してしまっているだろう。しかしこの似顔絵があれば聞き込みもしやすく、目撃情報から現在地を探す手助けができる。
元々、泳がせていたこともあり目星は付いている。
この似顔絵は後押しに使えるはずだ。
「捜索のため、これを借りてもいいだろうか」
「勿論です! カーラさん、必ず助けてくださいっ」
「任せてくれ」
深く頷いて、スケッチブックを受け取る。祈りを込めた真剣な碧眼に、浮かれていた気持ちが切り替わった。
(俺はリリスの婚約者だが…黒薔薇騎士団長オニキス・ダークウルフだ)
役職を与えられているのだから、全うせねばならない。
オニキスはホワイトホース兄妹と別れて駆け出した。
「…リリスで浮ついてリリスで着地するとは。そのまま浮ついて嫌われればよかったものを」
「私が何?」
「なんでもない」
一部始終を見ていたブライアンは、オニキスの切り替えにも気付いた。
婚約して浮かれていた男が、切羽詰まった婚約者を見て役割を思い出したらしい。それでも浮つく…たとえばブライアンからリリスの抱っこを奪うなどした場合は本気の蹴りを入れようと思っていたが、杞憂で終わった。
カーラの安否が気になって落ち着かないリリスを抱き上げたまま、ブライアンは細道を駆使して男爵家を目指した。
細道を通るのは、大通りではリリスを下ろさねばならなくなるからだ。抱っこしていたい。不安でくっつき虫のリリスは文句を言わないので、今のうちに抱っこしておきたい。
(今日のリリスは伯爵家ではなく、男爵家でカーラの帰りを待った方がいいな。そしてそのまま泊まればいい。決定)
勝手に決めたブライアンだが、リリスの精神安定のためには正解だろう。帰ったらアントンへ手紙を出すと決めて、ブライアンは足を速めた。
小さい子供のように、大人しくブライアンに抱かれているリリス。小さな手が上着を掴んで離さないのに喜びを覚えるが、この役割もそのうち憎き黒薔薇に奪われると思えば切ないというか恨めしい。おのれ。
(まあ、リリスはまだまだ兄の方が安心するみたいだし? 俺は一生涯未来永劫リリスの兄だし? 俺以外にも兄はたくさんいるし? 黒薔薇だけが求められる展開までまだまだ掛かるだろうよ)
甘え上手な妹の甘え先は、三男以外にも候補がたくさんいるのだ。
婚約者だからって甘えていられるのは、その事実を理解していない今だけだ。
何より…ブライアンはにやりと口端を歪めた。
それは貴婦人達が歓声を上げる優美な笑顔ではなく、悪戯っ子の少年に似た勝ち気な笑み。
「ブライアン?」
どうしたの、と首を傾げるリリスに、ブライアンは愉悦を隠さず笑った。
「リリスに任されて意気込んでいたが、黒薔薇に出番はないと思ってな。精々後始末で苦労するがいい黒薔薇め」
「え? どういうこと?」
攫われたカーラを助けに、犯人を探しに行ったオニキス。
それなのにその出番がないとはどういうことだ。
戸惑うリリスに、ブライアンはにっこり笑った。
「義妹の方には、クリスティアンが行ったからね」
黒薔薇の出番など残っていないさと、白薔薇は意地悪く笑った。
今までふわふわしていたオニキス、取り敢えず落ち着きを取り戻す。
そして攫われたカーラには…クリスティアンが向かったようだが…!?




