20 おにいちゃん
「し、白薔薇…!」
「白薔薇だ!」
「なんで白薔薇がこんな所に」
「何故? 我が家の花に手を出したのはそっちだろうに」
慌てる男達に、ブライアンは呆れたように嘆息する。リリスはそんな三男をほろほろ泣きながら見ていた。
震える手がしっかりブライアンの上着を握り、縮こまった身体はブライアンの身体にぴったりくっついている。見るからに怯えているリリスをしっかり抱き上げ、ブライアンはゆらゆら揺れた。
「あちらこちらの花壇を荒らし回っては花を持ち去るお前達の見境なさには脱帽だ。外見的特徴が一致する娘を無作為に攫って回るのだから、目立って目立って仕方がなかったぞ。繋がりを探る意味も含めて泳がせていたが、手を出してはならない花にまで手折る気なら…その手、切り落とすしかないな」
「コイツなに言ってんだ!?」
リリスも正気なら同じツッコミを入れていた。
なに言ってんだコイツ。
しかし現在、怯えたリリスは思うように口が回らず、ブライアンにぴったりくっついていた。
ブライアンにカーラが攫われたと訴えたいのに、思うように話せないし勝手に涙はこぼれるし、男達は怖いしで混乱が解けていない。
何せ、不届き者と遭遇したのは初めてのこと。自分一人で太刀打ちできない事件に遭遇したことがなかった。
そんなリリスをあやすように揺れるブライアンは、煩わしそうに男達を睥睨している。
リリスは気付いていなかったが、ブライアンが揺れているのはあやしているのではなく、足元に転がる男を足蹴にしていたからだった。
リリスを捕まえていた男を蹴り飛ばし、倒れた男の胴体を中心に蹴り続けている。麗しの騎士の言動とは思えない柄の悪さだ。
そんな白薔薇の容赦なき足踏みを前に及び腰になりながらも、男達は果敢に踏み止まった。
「お、俺たちを泳がせていただと…! でたらめ言いやがって!」
「単に捕まえられなかっただけだろう騎士様ぁ!」
怒鳴った男が、ナイフ片手に突っ込んでくる。
「ひゃぁ…っ!」
ブライアンに抱えられているリリスは、こちらに向かってくる男に悲鳴を上げてぎゅっと目を閉じた。
ブライアンの腕が、リリスを守るように硬くなる。
「俺の妹が怯えているだろうが!」
ブライアンはリリスをぎゅっと両腕で抱きしめて、ぐるりと上半身を捻った。リリスを抱え込むように回転したブライアンは、後ろ足で男の手元を正確に蹴り上げた。
鋭い音を立ててナイフが飛び、すぐ脇の壁に突き刺さる。男がそれを視認した瞬間、地面を蹴って飛び上がったブライアンからの追撃が側頭部に決まった。ナイフの刺さった壁に突っ込んだ男は、壁に顔面からぶつかり白目を剥いて気絶した。
この間二秒。
目を閉じたリリスはくるってしてふわっとしたなという感想しか抱かなかった。
何も見ていないので何が起きているか分かっていない。
仲間が二秒で倒されて、残された男は慄いた。
「し、白薔薇の妹…!? そいつは黒薔薇の婚約者じゃないのか!?」
「一生涯未来永劫俺の妹だ!」
「しすこんっ!」
狼狽えている間に距離を詰め、鋭く顎を蹴り上げる。男は抵抗する間もなくひっくり返った。
三人の男があっという間に沈静化された。
またつまらぬものを蹴ってしまった。
「根性のない花盗人だったな…自分たちに不相応な高嶺の花だったと後悔するといい。さあ、もう大丈夫だぞリリス。怖い奴らは全てこの兄が駆逐してやったからな。遅くなってすまなかった。怪我はないか?」
カチコチに固まっていたリリスは、そっと瞼を上げた。
怖い顔をしていたブライアンがいつもの笑顔になったのを確認して、肩の力を抜く。震える手を伸ばし、ぎゅうっと兄の首に抱き縋った。
「おにいちゃんありがとぉ…っ」
「ん゛っ」
最愛の妹に致命傷を刺されたが、ブライアンは笑顔で歓喜の吐血を堪えた。
しかし身体は正直でがっちりリリスを抱きしめている。
「気にするなお兄ちゃんだからな! 俺はお兄ちゃんだからいつでもどこでもどんなときでもリリスの危機には駆けつけるとも! お兄ちゃんだからな! いつまでも何があってもお兄ちゃんが可愛い妹を守り通すので全てお兄ちゃんに任せるがいい!」
麗しの白薔薇はその白い肌を喜びで赤く染め、満面の笑みでほろほろ泣いている妹を全力で慰めた。
恍惚とした笑顔は純真なご令嬢が直視したら鼻血を出して失神しそうな程の威力だったが、幸いなことにご令嬢が通らなさそうな細道なので被害者は出なかった。
ブライアンにくっついて安心したリリスは涙を拭いながら、ブライアンの背中に回した手で襟を後ろに引っ張った。ブライアンの首がきゅっと締まる。
「…そんなことより! どうしようブライアン! カーラさんがつれて行かれちゃった! あいつらの仲間、まだ二人いるの! そのうち一人がソフィラを攫おうとした奴だった! 悪い奴よ! 顔が! 似顔絵だったんだから!」
「そりゃ愉快な顔だ可哀想に」
「ああいう! ああいう顔だった!!」
踏まれて泥だらけになったスケッチブックを指差す。スケッチブックに描いた似顔絵を見せたいのに、男達に踏まれて泥だらけだ。改めて確認して、また泣きたくなる。
しょんぼりしたリリスに気付いたブライアンが制裁の意を込めて倒れている男を踏んづけたが、正直まだ混乱状態のリリスの耳に呻き声は届かなかった。
そのスケッチブックを、第三者が拾い上げる。
「ソフィラ・ビーハニー伯爵令嬢の証言から似顔絵を描いたのか? つまり…描いたのか? 俺以外の男を…」
「ぴょ…っ!?」
突然のオニキスに、リリスは思わずブライアンに縋り付いた。
ブライアンはリリスを抱っこしていたので、武器を抜きませんでした。
絶対離さないという強い意志。
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