19 こうして生まれる二次被害
ご令嬢は基本的に走らない。
楚々と優雅に過ごすのがご令嬢で、使用人達も足音を立てぬよう行動する。大股で走り回るのはもっぱら平民で、激しい足音は教養のない証拠とまで言われてしまう。
しかしリリスは走り回っていた。
令嬢として教養は身につけていたが、基本的に一人で歩き回る…つまり監視の目のない状態が長く、特に領地では自然豊かでひゃっほうと走り回っていた。ホワイトホース家の末っ子はじゃじゃ馬だった。とっても元気。
なので、足の速さと体力では自信があった。鍛えられている訳ではないが、普通の令嬢よりあると自信があったのだがしかし。
(か、カーラさん速い…!)
上には上がいた。
クリスティアンの旅に同行していただけはあるというか、カーラはリリスを上回る体力と足の速さを所持していた。
見た目が神秘的な美女なので忘れていたが、そもそもカーラは貴族ではない。
リリスより体力があって当然だった。
(うわーんまってぇ~!)
追いつけないのは他にも理由がある。
ソフィラの見舞いに飛び出したリリスは、よそのお家に行くのだから余所行きの格好をしていた。踵は高いしヒダの多いスカートは走るのに向いていない。
一方カーラは仕事着のままで、動きやすい格好をしている。スカートではあるが、カーラはスカートをたくし上げて本気の走りを見せていた。じゃじゃ馬でも令嬢のリリスは真似できない。
必死に追いかけたけれど、カーラが小道に曲がったところでとうとう見失ってしまった。
(う、うう…! カーラさんどこぉ…)
はひはひ呼吸を整えながら半泣きで周囲を見渡す。
時刻はおやつの時間を過ぎた辺り。人通りが多くてカーラの姿が見付からない。周囲は仕事を終えて帰宅する人で溢れていた。
(こっち来たことがないから、私も道がわからないわ…これ以上進んだら迷子になっちゃう。どうしよう。引き返してクリスと合流する? でもそうしたらカーラさんともっとはぐれちゃう…)
絶賛見失っているが、もしかしたらすぐ見付かるかもしれないし。
そう思えばその場を離れることができず、リリスはその場で三回回ってぴえんと鳴いた。
(どうしようどうしよう…女性の一人歩きは危ないのに!)
そう、リリスがカーラを追いかけたのは、奇しくもクリスティアンとカーラに危機感を植え付けられたからだった。
女性の一人歩きは危険だと散々教えて貰ったのだ。それなのにカーラが一人で走り去るから、リリスはクリスティアンではなくカーラの背中を追いかけた。
結果リリスが一人になってしまったので、二次被害とも言える。
(それに、金髪の女の人が攫われている事件が起こっているのに。なんで一人になっちゃうの? カーラさんは綺麗な金髪だから、悪い人達に見付かったら…)
ぐっとお守りのようにスケッチブックを抱きしめた。
スケッチブックにはたくさんの黒薔薇が描かれている。その事実は時にリリスを惑わせるが、今は勇気を分けて欲しい。
ごくっと喉を鳴らして、リリスはえいやっと小道へ足を踏み入れた。
(こういう道は、あまり通っちゃダメだって言われているけれど…っ! そう、怖い人とかいじわるな人が出やすい場所だから、大通り以外は歩いちゃいけないの。でもカーラさんはこの先へ行ったから)
大通りと違って所狭しと小さな店が並んでいる。人通りが全くないわけではない。そこから更に細い道が枝分かれしている事実にリリスは泣きそうになる。もうこの先カーラがどこへ行ったのかわからない。
リリスは半泣きになりながら周囲を見渡して、カーラの美しい金髪を探した。
(ううう、やっぱりクリスを待つべきだった? カーラさんと合流できても、クリスと合流できる気がしない…! 物語だってこういうときって、狙ったように事件が起きるのよ。ソフィラがお勧めしてくれた冒険譚だって事件の連続で、登場人物は常に危険と隣り合わせで)
そう、破落戸に捕まって、危険な目にあったり…。
なんて思いながら細い道を通り過ぎたリリスは。
その先で金髪女性が男に拘束されているのを見つけて、二度見した。
(にゃ―――――――――っ!!!! カーラさんがぁあああああああああ!!!!!)
探していた義姉が、恐れていた人攫いにあう瞬間を目撃してしまった。
咄嗟に声が出なかった。大きく口は開いたのに、引きつった音しか出てこない。はくはく口を開閉させて、リリスはスケッチブックを抱えて固まった。
(こ、声を出さなきゃ。人を呼ばなきゃ。カーラさんが、カーラさんが、このままだとカーラさんがっ)
わかっているのに声が出ない。あうあうと引きつった音にしかならず、リリスはぴるぴる震えた。泣きそうになりながらグッと踏ん張って、大きく息を吸い込んで。
「おいもう一人いたぞ」
「お、上玉じゃねぇか」
(みゃ――――――――っ!!!!)
声を出す前に見付かって、あっさり捕まった。
口をふさがれて狭い道に引きずり込まれたリリス。悪い人は複数居たようで、道の奥でカーラが目を見開いた。彼女も口をふさがれて、手足も拘束されている。
「おい、そっちは銀髪じゃないか。必要なのは金髪だろ」
「まあそうだけどよ。コイツの顔見て見ろよ。新聞に載ってた顔だぜ」
(えっ)
恐怖で固まっていたリリスは、男達の言葉にぎょっとした。新聞って何。
男の言葉にリリスへ視線が集中する。青ざめ震えるリリスの顔を確認した男達は、ハッと何かに気付いた顔をした。
「あの馬鹿げた大会の賞品…」
「黒薔薇の婚約者…」
「黒薔薇の婚約者だ…」
(新聞に載ってたの――――!?)
それどころではないが、リリスは目を剥いた。
王妃様主催の嫁取り合戦。騎士団だけではなく世間も賑わせた大会は、その結果と共に新聞に載っていた。リリスは新聞を読まないので知らなかったが、絵姿もしっかり載っている。
ちなみにリリス以外は知っていたが誰もリリスには教えてくれなかった。
「おうよ。騎士団を脅すのに使えるだろ」
「成る程な。確かに警備が厳しくなってるから弱みの一つや二つ必要か」
「連れていくぞ」
(や、やだぁ――――!!)
どうやらこの道はまだ続いていたらしく、カーラが担がれて連れていかれる。引き続きリリスも連れていかれそうになるのだが、ジタバタ暴れて抵抗した。声は出ないが身を捩ることはできた。
だってこれはダメだ。悪い人達がリリスを攫うのは、騎士団を出し抜くためだ。リリスが捕まっていてはブライアンの…オニキスの邪魔になってしまう。リリスは攫われちゃダメだ。勿論カーラもダメだ。
リリスは必死に抵抗したが、手足が細く小柄な少女がジタバタしたところで手足が太く屈強な体格の成人男性に敵うわけがなかった。
容易く抵抗を封じられ、担がれる。リリスの手からスケッチブックが滑り落ちた。
滑り落ちたスケッチブックを、男はなんの躊躇いもなく踏みつける。
(オニキス様)
気付けばたくさん描いていた黒薔薇。
危機的状況なのに、スケッチブックを踏まれて泣きそうになる。趣味でしかないが、頑張って描いた絵の全てを踏み躙られた気持ちになった。
描いた絵を。
(…あ!)
そこでリリスは思い出す。
ソフィラを見舞ったときに、彼女の証言を元に描いた似顔絵。逃げた犯人最後の一人。金髪の女性を攫う悪い人。
カーラを担いで行った男の顔は、リリスの描いた似顔絵とよく似ていた。
(さっきも金髪がどうのって言ってた…この人達、ソフィラを攫おうとした人達と、一緒…!?)
人数が五人に増えているが、情報が一致する。
(わ、悪い人…! ソフィラも怖がらせた、カーラさんを攫う、悪い人!)
肩に担がれて、お腹に肩が食い込んで痛い。
下半身を押さえられたが両手は自由だ。必死にぽかぽか叩くけれど肩叩きの威力しか出ない。
悲鳴も出なくて、リリスはくしゃりと顔を歪めた。
「た、しゅけてぇ…っ」
(オニキス様…!)
大きな声が出せなくて、ふえふえ泣き声がこぼれそうになった、そのとき。
「我が家の可愛い花を引っこ抜いて、どこへ行く気だ?」
「えっ」
通りの方から声がして。
「――――ぎゃっ!」
リリスを担いでいた男が吹っ飛んだ。
衝撃で地面に転がり落ちそうだったリリスは、別の腕に掬い上げられる。
苦痛を感じる体勢ではなく、腕に座る子供抱っこ。安定感ある腕には既視感しかない。
ぱちりと瞬きすれば、涙がコロリと頬を滑り落ちた。泣いたことで逆にスッキリした視界で、お揃いの銀髪が揺れていた。
リリスを男から引き離したのは、麗しの白薔薇。
「花盗人には、相応の罰が必要だな」
「ブライアン…!」
白薔薇の騎士、ブライアンだった。
今なら言える。
きゃー! ブライアン様ー!!
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