18 二枚の絵姿
リリスが兄嫁と親睦を深めている頃。
オニキスは西の国境に向かった赤薔薇から送られてきた報告書を確認していた。
「到着早々、怪しい一団を捕縛したらしい」
「まさか「悪魔の山脈」を越えて来たってんですか?」
信じられないと目を見開くチャコに無言で同意しながら、オニキスは赤薔薇の報告書に目を通した。ちなみに同じものが白薔薇と青薔薇にも届いている。律儀な赤薔薇は、全ての騎士団に情報を提供していた。
「よく無事でしたねそいつら」
「無事とは言えないな。全員痩せて、数人は大地に還ったようだ。残った奴らも長くはないだろう。発狂しているところを取り押さえたと書かれている」
「気力で越えたようなもんか」
悪魔の名前は伊達ではない。
山脈として険しいのは勿論だが、長居すると精神に異常をきたす。恐らく磁場が狂っている影響だろう。
「発狂しているが主張から、キャンバス国民で間違いないようだ。ガーデニアへ亡命した王族を追って山脈に挑んだらしい」
「忠誠ではなく憎悪からですかね」
「ああ。逃げ出した王族を追跡するほど恨みを抱えていたようだ」
キャンバス王国の王族は、民に死を望まれるほど悪辣だった。
王族でなくなったとしても、生き延びている事実が許せないほど。
痕跡を追って引導を渡さんとするものが現れるほど。
悪魔に挑むほどの憎しみを抱えた彼らは、命からがら山脈を越えた。しかし悪魔の異名は正しく、挑んだ者たちは悉くその命を刈り取られる結果となった。
報告書に書かれた人数と動機に目を通したオニキスは、疑問を抱く。
(そう、悪魔の山脈は甘くない。恨み辛みを原動力に乗り越えられる山ではない…だからこそ、本当に王族はガーデニアへ亡命しているのか?)
わざわざ海路ではなく悪魔の山脈を選んだということは、キャンバス側では王族が悪魔の山脈を越えたことになっているのだろう。王族が海路で亡命したならば、追っ手も海路を使用するはずだ。
しかし赤薔薇の調べでは彼ら以外に山脈を越えた者はおらず、やはりガーデニアへ亡命しているという情報が過ちの可能性が高い。
(いや。誤報と言うより、偽の情報をわざと流布している…?)
キャンバス側の事情は知らないが、悪魔の山脈がいいように利用されている気がした。
報告書は二枚。後半に、亡命した王女の絵姿が載せられている。
捕縛した者たちが持っていた絵姿をそのまま貼り付けたらしく、二枚目は不自然にかさばった。
オニキスは報告書に載った絵姿と、先程別件で手に入れた絵姿を重ね合わせる。
それは、最近頻発している金髪女性を狙った誘拐事件。その犯人が持っていた絵姿だった。
(同じ絵姿ということは、キャンバス関係者が犯人で間違いないようだ)
つい先程、青薔薇騎士団で珍しく捕り物があった。治安の悪い顔をしたスパロウが処理をしているのを目撃した。どうやらリリスの親友が今回の件に巻き込まれたらしく、取り逃がした犯人の行方を追っているらしい。
親友に何かあったら愛しい婚約者が悲しむので、オニキスはそっと護衛を追加した。青薔薇だけでなく白薔薇の手配も確認したが、関係ない。過剰と言われようが追加した。
そして捕まった犯人が持っていた絵姿は、キャンバス国の王女のものだった。
絵姿の王女は十代後半の美しい少女で、神秘的な瞳がきらめく星のようだ。
(…やはり、彼女に似ている)
オニキスは一度しか目にしていないが、強烈な印象を持ったので顔を覚えている。オニキスが一番愛らしく美しいと感じているのはリリスだが、それでも目を引く美しい娘だった。
リリスの義姉カーラに、絵姿の王女はそっくりだ。
(そっくりだが…王族の絵姿は、だいたいが盛られている)
ガーデニアだって、王族の絵姿は本人の希望から多少盛られている。王妃はノリノリで髪型を変えるし、王は年相応にしてくれと言うし、十歳の王子は大人に描いて欲しいとお願いしてくる。王族の要望に応えながら絵姿を完成させるのは大変難しい。
キャンバスの王族は見栄っ張りばかりだ。自らの姿を描写するのだから、実物より美しく盛っているに違いなかった。
(だから、絵姿がそっくりでも本人である可能性は…高いが、百ではない)
ここまで揃えば亡命した王女がカーラであると断定してしまいたいが、白薔薇の君がそれを否定している。
家族が大好きで特にリリスを溺愛している残念な兄だが、白薔薇騎士団長として責務は果たす男だ。もし彼女が亡命した王女なら隠し立てせず身分を明かした上で対策を立てただろう。麗しの白薔薇の君は、身贔屓が目立つが団長の立場に立つだけの矜持を持っている。
(…が、だからといってブライアンが間違わないわけではない)
偽っているのではなく、騙されている可能性は捨てきれない。
そうなると愛しの婚約者が危険な目にあう可能性がある。キャンバス国民は思い込みが激しく過激なのだ。カーラと一緒にいるだけでリリスが狙われるかもしれない。
オニキスは無言で立ち上がり、処理済みの報告書を持ち上げた。小休憩しているチャコの前を通り、執務室の扉を開ける。
「二時間抜ける」
「は――…ぃい!? 二時間って言いました!? ちょっと!?」
ぎょっと顔を上げたチャコ。オニキスは気にせず扉を閉めて、取り敢えず処理済みの書類を事務員に渡し、真顔で本部の外に出た。
(ブライアンへの確認ついでに、婚約者の顔を見に行こう)
とっても真面目な顔をして不真面目なことを考えていた。
当たり前のようにホワイトホース家を目指したオニキスだが、残念。仕事中のブライアンがいるのは今まさに背を向けた本部で、実家ではない。なんなら普段過ごしているのは実家ではなく男爵家である。
それでも高確率で実家に現れるので、絶対いないと言いきれないのがシスコン。
だとしてもまったくついでにはならない、欲望溢れたおサボりだった。
オニキスはまだ浮かれていた。
「あ、そういえば忘れていたわ」
「どうかしたの?」
屋台のサンドイッチが食べたいと言い出したクリスティアンに付き合って広場にやって来たリリスと六男夫婦。
クリスティアンが大量に注文しているのを遠巻きに見詰めながら、ベンチにカーラと並んで座ったリリスは唐突に自分が男爵家に向かった目的を思い出した。
「私、男爵家に金髪の女の人を狙った誘拐犯がいるから、カーラさんも気を付けてって話をしに来たんだったわ」
今の今まで忘れていた。
それだけカーラの本来の姿が衝撃的だった。悪い意味ではないが、とっても驚いて目的を忘れていた。
「私のお友達が被害に遭ってね、すぐに助けられたのだけれど、全員捕まったわけではないの。金髪女性が狙われているらしいから、カーラさんも危険だと思って知らせに来たのよ」
リリスは中々戻ってこない、サンドイッチで値切り交渉をしているクリスティアンを呆れた目で睨め付けた。
うっかり外に出てしまったけれど、良くなかった。危ないって言いに来たのに、楽しくなって外に出てしまった。
(そういえば、ソフィラに聞いて犯人の似顔絵も描いたのよね。ソフィラは似ているって喜んでくれたし、ブライアンに見せたら捜査協力になるかしら。でも、実際に似ているかわからないし…)
あとでいっか。
装備品のように抱きしめたままだったスケッチブックを抱え直し、リリスは一人頷いた。
「クリスが戻って来たら帰りましょう。私も馬車を待たせて来ちゃったし、何が起きるかわからないし」
リリスはそこでようやく、隣にいるカーラを振り返った。
しかしその表情を確認する前に、カーラが無言で立ち上がる。
「カーラさん?」
不思議に思ったリリスが声を掛けるが、カーラは無言のまま…勢いよく走り出した。
「カーラさぁあああああん!?」
なんでぇー!?
クリスティアンに背中を向けて走り出したカーラに、びっくりしたリリスは慌てて立ち上がった。追いかけようとして、こちらを見ていないクリスティアンを一度振り返った。声を掛けるべきだとわかっているが距離があるし、カーラの背中はどんどん離れていく。
距離のある背中と離れていく背中をオロオロ見比べて、なんならくるくる回って、どちらを選べばいいのかわからなくなり…。
「んんんんんんんんっ! クリスの馬鹿! カーラさん待ってっ!!」
ジタバタと地面を踏みしめてから、カーラを追いかけた。
罵倒が聞こえて振り返ったクリスティアンの目に、遠ざかる金色と銀色がかろうじて見えた。
「…ふーん?」
首を傾げたクリスティアンは、大量のサンドイッチをぎゅっと圧縮し、三口で食べた。
こう、五個くらいのサンドイッチがあるじゃろ?
それこうして(両端から抑える)
こうして(ぎゅっと押しつぶす)
こうじゃ(奇跡的に中身がこぼれず綺麗に圧縮された長方形の何か)
絵姿と姿絵どっちが良かったんじゃろ。絵姿で統一しました。され、されているはず。
↑ブレブレだった模様…。
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