16 攫う特権
ソフィラが攫われた。
が、すぐに救出された。
「うわああああんソフィラァアアアアア!」
「リリス…!」
手紙を受け取ってすぐ伯爵家へやって来たリリスは、泣きながらソフィラに飛びついた。
ソフィラは自室で伏せっていたが、リリスの来訪に上体を起こして対応した。一見どこも怪我をしていないが、何もないのに寝台で伏せるわけがない。
聞けば攫われた際に足を捻ってしまったらしい。
「寝ていなくて平気なんだけど、お父様達が心配して…」
「心配するよぉ! 無事で良かった!!」
とてもややこしい手紙が届いて半狂乱になったが、手紙の内容はこうだ。
ソフィラが単独行動中に攫われて、すぐに救助されたが犯人の顔を見てしまった。犯人がソフィラを狙って襲ってくる可能性があるので、護衛として騎士団に話を通す手伝いをして欲しい。
娘が大事な伯爵は、襲われた娘を守るために助力を要請してきたのだ。リリスはただの子爵令嬢だがソフィラのお友達で、兄が白薔薇。普通に依頼するより早く対処してくれると判断したのだろう。
使えるものは使う判断、いいと思う。リリスもソフィラが大好きなので、白薔薇に遠慮なく頼った。
出立と同時に白薔薇にお願いの手紙を出してきたので、すぐ護衛として白薔薇の騎士団が派遣されるだろう…が。
「…ねえ、ソフィラ」
「…うん」
「…伯爵家、青薔薇に包囲されてない…?」
リリスが到着した頃には、ビーハニー伯爵家は青薔薇に包囲されていた。
言い方が悪いかもしれないが、包囲されている。
多い。
「なんでぇ…?」
「えとえと…実は…」
ソフィラが攫われたのは、小さな図書館の前。
従者と離れ、自分の足で本を見て回りたかったソフィラは馬車から一人で図書館へ向かった。その数秒を狙われて、横から伸びた男の腕に攫われた。
乱暴に引き寄せられて、足に痛みが走る。
転びそうになったところを無理矢理持ち上げられ、心臓が痛くなるほど脈打った。
恐怖に悲鳴は枯れ、震えるしかできなかったソフィラ。
助けを求めることも、逃げることもできない。
もうダメだと思ったとき。
「ソフィラさんに触るな」
怒鳴り声の方が優しい恫喝と一緒に、長い足が男の横腹を硬いブーツで蹴り上げた。
男はもんどり打って吹っ飛び、ソフィラは気付いたら知らない男から別の男の腕の中に移動していた。
「てめえが軽々しく、乱暴に扱って許される女じゃねぇぞ…!」
呆然としたソフィラが顔を上げれば、猛禽類に似た黒い目を更に鋭く尖らせたスパロウが、青い髪から陽炎が立ち上るほど怒りを込めて、男を睨み付けていた。
びっくりしたソフィラはスパロウの腕の中で固まっていたが、スパロウはそのまま一撃二撃と連続で男に蹴りを入れていたらしい。全然気付かなかったというか、それどころではなかった。
「俺より先に、ソフィラさんを攫ってんじゃねぇ!」
「ひえっ」
「アンタも簡単に攫われるな。俺だけにしろ!」
「ぴぇっ」
うん、それどころじゃなかった。
犯人に制裁を与えながら至近距離で訴えるスパロウから、ソフィラは視線を逸らすことができなかった。スパロウばかり見ていて下を見ていなかったので知らないが、相手はそこそこ虫の息だった模様。
男の仲間が他にもいたようだが、スパロウが現れると同時に逃げた。
その男達を一瞬でも見てしまったので、狙われるかもしれないとソフィラは屋敷で療養が決まった。
助けに入ったスパロウは、本人は苦い顔をするが青薔薇騎士団所属、団長の息子。
こちらも使えるものは使ったらしく、団長と交渉してソフィラの護衛を選出したらしい。
ちなみに息子の嫁なら厳重に守らねばと青薔薇が張り切ったのだが、その辺りの事情を二人は知らない。厳重な護衛に気付いてやり過ぎはソフィラさんが気後れするだろうがとぶち切れた息子がいたのだが、それも知らない。
変人だらけの青薔薇騎士団の中で、ぐれているがまともなスパロウ。まだまだ冷静さが足りないが、そんな人間らしさが支え甲斐ありそうと団員達は温かく成長を見守っている。
変人の集まりなので、まともな人に統治して欲しいと彼らこそが思っている。青薔薇? 奴も変人。
というわけで見守っている青少年の愛する女性の一大事とあって、ちょっと張り切って護衛に来ている。なんなら非番の奴らも来ている。
堂々とスパロウがお熱な令嬢を観察できるので、皆来ている。
スパロウはキレていい。
やっぱりそんな事情を知らぬ若い令嬢達は、現場にスパロウがいたから青薔薇騎士団が手厚いのだと思っていた。
「え、これ白薔薇いらないんじゃない? ブライアンにお願いしちゃったけどいらないんじゃない?」
ブライアンが聞いたら泣き出しそうなことを思わず呟くリリス。
「えとえと、護衛の仕事は白薔薇騎士団が得意だから来て貰った方がいいってお父様が…」
(そうなんだ…)
知らなかった。
近衛として王族の護衛を主に担当している白薔薇だが、護衛として幅広く対応しているらしい。
ということで、護衛ならば青薔薇よりも白薔薇。白薔薇が到着次第、青薔薇は撤退するようだ。
「そっか…犯人が捕まるまでは、警戒していた方がいいもんね」
足も怪我しているし、療養には納得だ。
ビーハニー伯爵家が青薔薇と白薔薇に守られた堅牢なる城になりつつあるが、安全ならいいのだ。
ちなみに事態を把握した黒薔薇もリリスの友達が危ない目に遭ったということでビーハニー伯爵家周辺の巡回を増やしたので、実質赤薔薇以外の騎士団に守られている状態。
王族でも滞在しているのか? と不思議になるくらい厳重な守りになっていることに、守られている令嬢達だけが気付いていなかった。
(…心配したけど、大丈夫そう)
身の回りを守ることができても、心は難しい。
ソフィラが怯えていたら慰めねばと思っていたリリスだが、思ったよりも元気そうで安心した。
しかし取り繕っているだけかもしれないので、自分が気持ちを盛上げねばとリリスはスケッチブックを取り出し、最近読んだ小説の創作挿絵を提供することにした。
ソフィラはリリスのスケッチが好きなので、とても喜んだ。
――勿論怯えは残っていたが、その怯えをスパロウが蹴飛ばしてくれたので、ソフィラは周囲が心配するほど傷ついていなかった。
むしろ助けられたときにぎゅっと抱きしめられた腕の硬さや、ソフィラに滅多に向けない鋭い視線。乱暴な口調。独占欲に満ちた言葉にきゅんきゅんして、攫われかけた事実は遠い彼方となっていた。
好きな人しか見ていなかった。
恋する乙女は強かである。
(ソフィラが無事で本当に良かったわ…)
創作挿絵で大変盛り上がったリリスとソフィラ。お見舞いという名目上長居はできなかったが、大変楽しい時間を過ごすことができた。
ソフィラの元気な姿を確認できたリリスは馬車に乗り、子爵家へ帰還…する前に、寄り道をすることにした。
寄り道先は、ブライアンの男爵邸。
(ソフィラが攫われかけたのって、金髪女性が不届き者に狙われているかららしいじゃない)
ソフィラにここだけの話として教えて貰ったのだが、最近金髪女性を狙った誘拐事件が多発しているらしい。
リリスは銀髪だが、金髪の知り合いは親友のソフィラは勿論のこと、見事な金髪はもう一人いる。
クリスティアンの妻、カーラは神秘的な程美しい金髪美女だ。
でもってそのカーラは、クリスティアンと一緒に王都を練り歩いている。
(カーラさんにもしっかり注意しなくちゃ。クリスと一緒に行動しているけど、単独行動だってするだろうし。馬車から降りて数秒でも攫われちゃうって本当の話だったから、カーラさんにも気を付けてって言わなくちゃ)
彼らに危機感をしっかり植え付けられたリリスは、純粋なる好意で忠告するため、二人が宿泊している男爵邸へと向かった。
ここでうっかりしていたのが、先触れなく向かったこと。思いつきだったし、ブライアンはいつもでもおいで!だったので、うっかり忘れた。
結果リリスは、男爵邸で信じられない物を見る。
「おめーいつまでねまってるだか! ええ加減に起きろぉ! あさま通り越してもう昼だべ! このままばんげまでねまるつもりかぁ!? ブライアンさんが許してもおらは許さねーベ! まんまくえ!」
男爵家の。
リビングで。
毛布にくるまりながら横になるクリスティアンと、そんな彼の毛布を剥ぎ取ろうとしている金髪美女…何故か仕事着を着用したカーラが、盛大に訛った怒鳴り声を上げていた。
(はわー!?)
突撃!!! は事故に遭いやすいので、しっかり相手の予定を確認してから赴きましょう。
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