14 黒薔薇騎士団の副団長
黒薔薇の騎士、オニキス・ダークウルフの話をしよう。
若くして黒薔薇の騎士団長に登り詰めた二十三歳。
彼の剣技の特徴は重さ。力自慢の騎士と比べると細身でも、彼の一撃は特別重い。一撃で仕留めるパワー系。切り裂くというよりは、叩き付ける殴打に近い。
そう言われれば脳筋のようだが、騎士団長の仕事は実技だけではない。部下達の報告書を纏めたり任務の振り分けたりと細かい書類仕事が多く存在する。オニキスはそういった細かい作業も得意としており、提出日を過ぎたことも書類を滞らせたこともない真面目な性格をしていた。
ダークウルフ伯爵家嫡男としても恥ずかしくない手腕で部下を纏め、実直に黒薔薇の騎士団と牽引する力強き黒薔薇であった。
はず、なのだが…。
気怠げに定位置に着席したチャコ・レオパルドは、執務机に載った書類を持ち上げて優先度を確認しているオニキスを盗み見た。
清廉とした無駄を削ぎ落とした顔立ちは、真顔になるだけで迫力がある。美しく整った部位の配置にも無駄がない。
冷静で真面目なオニキスは、その見た目通り実直な男だった。
それがまさか。
(女に惚れて、休憩時間を延長させるようになるとは)
今まで定時行動だったオニキス。遅刻も早退もなく時間通りの行動を心掛けていた男が、婚約者に会いたいからと休憩時間を延長させて執務室を飛び出したことに驚きが隠せない。
しかもチャコが追いかけていなければ、ちゃっかり業務時間を更にずらしていた可能性がある。それくらい浮かれていた。
(真面目で面白みのない男だったんだが…)
なんて嘆息するが、悪口ではない。
騎士団長はどうしても人目に触れる立場なので、真面目であればあるだけいいと思っている。
騎士団長は民衆にとってわかりやすい守護の要だ。能力は勿論、態度も清廉潔白であればあるだけ安心できる。
特に街を見回る黒薔薇騎士団は、親密さよりも厳格さを強調した方が犯罪防止に繋がる。街の警備は親しまれるよりも、恐れられる方が舐められない。
逆に近衛役の白薔薇は友好的に振る舞うことで、王族に対する親愛を維持している。何も考えずに煌めいているわけではないはずだ。
だから、黒薔薇の騎士団長として、オニキスが真面目すぎるのはよいことだった。
そんな彼の熱愛報道は記憶に新しい。
なんならチャコが遠征していた街では号外まで出た。
(真面目すぎる奴だったから、余計に注目されているんだろうな…)
おかげさまで、余計な仕事が増えた。
黒薔薇騎士団副団長、チャコ・レオパルドは、短くなった煙草を灰皿に押しつけて火を消した。
「団長。休憩するのはいいですけど、俺に仕事を押しつけて行くのだけはやめて下さいよ」
選別し終わった書類に目を通していたオニキスが、チャコの苦言に顔を上げた。
真面目な顔をしているが、チャコは知っている。この男、実直だからこそ素直で天然めいていることを。
「俺の采配で副団長が処理しても問題ないモノしか渡していないが」
「団長の机にあったんだから団長が処理するもんでしょ」
「動きたいのに書類が邪魔で動けないときは副団長に横流しするのが正解だと青薔薇が教えてくれたが」
「年長者から余計な知識仕入れてこねーでくださいよ」
チャコの脳裏をいい笑顔の眼帯野郎が横切った。ちなみに青薔薇騎士団は、民衆に紛れて情報収集しやすいようにとそれぞれが独自の網を持っている。一番大きくて細かい目の網を所持しているのは間違いなく青薔薇の君だが、チャコは絶対その網に絡まり引きずられるような真似はしたくない。
「年長者の言い分は聞くものだろう」
「聞き流すのが正解ってもんでしょ。たとえ年長者がなんか言ったとしても、自分が納得できないことはしちゃいけねぇです。団長は納得したんですか? 仕事を俺に横流しして婚約者に会いに行くのが正解だと思ったんですか?」
「適度にサボる副団長には適切な処置だったと思っている」
「正解だと思いやがったんですか」
サボり癖を指摘されては言い逃れできない。チャコは舌打ちを隠すように煙草をくわえた。それでも往生際悪く、言い訳が口を突いて出る。
「こっちはつい最近まで遠征で忙しかったんですよ。いきなり嫁取り合戦なんてよくわからない大会が始まって、既婚者は国境警備だとか駆り出されて」
「おかげさまで気兼ねすることなく最愛の婚約者を手に入れることができたので感謝している」
「本当にガチ惚れしてますねアンタ…」
真顔のままのろけられて、チャコは苦い顔をした。
若い。若すぎる。
四十を過ぎたチャコには二十年以上連れ添った妻がいるが、妻を語るのに最愛だとか手に入れられた感謝だとか、そういうのろけを他人に語るのは小っ恥ずかしくてとてもじゃないができやしない。というか二十年前でもできる気がしないので、若さではなく性格の違いが一番かもしれない。
「そうだ。チャコに聞きたいことがある」
「すごくいやな予感がしますがなんですか」
「愛する人への劣情を耐えるにはどうしたらいい」
「なんつーこと聞いてくんですかアンタ」
いやな予感はしたが予想の斜め上のことを聞いてきた年下の上司に、チャコは頭が痛くなってきた。
「つーかなんで耐える必要があるんですか。拒否られてるんですか」
「お義兄様の計算によると、最適な結婚まで二年かかるらしい」
「どんな計算だよ」
言いながら、ぽんっと出てきたのはオニキス相手に真っ赤になってあっぷあっぷだったオニキスの婚約者。どこからどう見ても純情な乙女は、咲き誇る花というよりは未熟な蕾だった。
婚約はともかく結婚となると、確かにまだ早そうだ。
そして結婚が待たれるとなると、ドレスの寸法問題から男側は耐え忍ばねばならない。
「お義兄様と話し合い、計算したのだが…計算以上にリリスが愛らしくこちらを翻弄してくる。計算通りに動ける気がしない。俺はこんな調子で、本当に二年間耐えることができるだろうか」
「義兄となんの計算してんですかアンタ」
気持ちはわかるが、義兄となんの話をしているんだ。
ちなみにチャコは、義兄の方からオニキスへ計算式…計画表を提示されたとは思いもしなかった。
呆れた顔で咥えていた煙草に火を着け…一息ついたチャコは、悩める若者に大人らしくアドバイスすることにする。
この話題、放置すると実直で素直な団長が青薔薇から愉快なアドバイスを与えられかねないと判断した。
「…我慢する必要なくないです」
「しかし計算が」
我慢しろと提示された期間があるだけに、耐えねばならないと思っているらしい。
しかしチャコは違う。
「つまみ食いくらい許されるでしょ」
「つまみぐい」
「練習せず本番迎えたら失敗しますよ」
「練習」
考えもしなかった、とオニキスの蜂蜜色の目が瞬いた。
勿論この練習は、他人ではなくご本人との練習だ。
「女だって覚悟を決める期間は必要でしょうが、性欲は男女関係なくあるんですから。本番前の下準備だって必要だし、お互いにどこまで許されるかは義兄じゃなくて令嬢本人に確認とるべきでしょ。かといって急に生々しい質問されても令嬢が困るでしょうし、それらしい空気でも作って少しずつ慣らしてあげて下さいよ」
どこからどう見ても今のオニキスは浮かれているので、チャコは一応釘を刺した。
令嬢本人と話し合え、と。
言われた本人はきょとんとしたまま、じっくり内容を吟味して頷く。
「…俺はまた彼女を置き去りにしていたな。ありがとうチャコ。既婚者だけあって女性の気持ちに詳しいな」
「女の気持ちに詳しかったら別居されてねーんですよ」
チャコ・レオパルド。二十年間連れ添った妻と別居中。
ちなみに十五歳の息子は文官を目指して学校で寮生活を送っている。
既婚者なのに独身男性のように寂しい生活をしているチャコは、遣る瀬なさを誤魔化すように適当な書類を手に取った。
この副団長、演習中は書類があると逃げるので、リリスは演習場でお目に掛かったことがない。
…ちなみに前回、投稿時間間違えてました。あれ?? と思った皆さん、すみません。
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