11 おーぷんいちゃいちゃ
クリスティアンのお嫁さん、クリスティアンについて行けるかな。大丈夫かなと心配したけど、全然大丈夫だ。
二人で悪ノリして飛び回るタイプだ。
突然だったが二人が言いたいのは、オニキスのお願いにブライアンが横槍を入れてしまったので、ちゃんとオニキスに「あなたを応援しましたよ」と伝える必要があるということだった。
それって言わなくてもわかるのでは? と思うリリスだったが、きょとんとするリリスに両側の二人は「今食べているクレープより甘い!」と笑った。クリスティアンは真顔だけどあれは笑っていた。
「言わなくても伝わるなんて、付き合いが十年以上の夫婦でもすれ違うんだからあるわけないよ」
「当たり前だと思っていてもぉ、ちゃんと伝わってないことってたくさんあるんだよぉ~」
「特にブライアン兄さんは声が大きいから主張を押し切りがちだし。クリスはオニキス様を知らないけど、ブライアン兄さんの戯言に張り合っちゃうなら自信はありそうだよね。でも婚約者なら、ちゃんとブライアン兄さんの行動にごめんなさいしてフォローすべきだよね? だってお兄ちゃんがやらかしているわけだし」
「お兄ちゃんがごめんね。でも私が応援していたのはオニキス様だけだよぉ(きゃぴっ☆)」
「もちろん分かっていた」
なんだこの茶番。
私を挟んでイチャイチャしないで。
イチゴチョコを抱えながら遠い目をする。しかしそんなリリスを、両側から似たもの夫婦がじっと見ていた。
餌を手にしたところで天敵と目が合った小動物のように、リリスは小さくなった。
「な、なによぅ…」
距離を詰めた二人は両側から、リリスの耳に囁いた。
「恋は惚れた方が負けって言うけどぉ~」
「相手の方が惚れているからって油断してると振られるよ」
「はぃ!?」
吐息のくすぐったさよりも、内容に飛び上がる。
「好きですぅって告白してくれたんでしょぉ?」
「想いがあって婚約したらな、ちゃんと向き合わないと不誠実じゃん?」
「はぅ!?」
兄妹一ぽやんとしていると思っていた六男からの正論に、リリスは怯んだ。
「た、確かにそうだけど、でも私には鍛錬が足りないというか。ちょっと勢いが強すぎるというか。お手々繋ぐところからはじめたいというか…」
「えっそこからなの?」
「思った以上に小悪魔だった」
「えっ」
「勢いが強いって言うけど、リリスから反応がなくて不安にさせているんじゃないの? ちゃんと好きを返せてる?」
「はぅっ」
クリスティアンに頬をつつかれる。カーラはふむふむ頷きながらリリスの銀髪を指先で弄んだ。
「愛に胡座をかいたらそこから発展しないし。むしろ衰退していくしぃ? 相手への気遣いを捨てるとぉ、愛情も捨てることになるよぉ~?」
「はぉわ…」
両側から至近距離で迫られて、リリスは目を回した。
直前までクレープを食べていたので、二人の吐息はとっても甘い。
リリスは叫び出したくなった。
そんなリリスに、クリスティアンはため息を吐いた。
「ライラ姉さんもリリスも。揃って妖精の見た目で小悪魔だから心配になるよ。男を手玉にとって絞り取るにしても、リリスは反撃されちゃいそうだから心配」
「はぁあー!?」
全部を理解できなかったが舐められているのはちょっとわかったぞ!
全部理解してから怒るべきだが、リリスは別の話題に飛び込みたくてプンプン怒った。
「そういうクリスはどうなのよ! ちゃんとそういうのできてるの!?」
全然別の話題にいけていなかった。
「クリス? クリスはカーラ大好きだから。いつだってどこだって思ったら言うし、したい」
「え、な、何を…?」
真顔で言い切ったクリスティアンは、尻込みしたリリスを無視してカーラを見た。
リリスの銀髪を指に巻いていたカーラは、視線を感じて金色の目を瞬かせる。二人の目が合ったと感じた瞬間、二人の距離がグッと近付いた。
真ん中のリリスは二人に押しつぶされそうになりぎょっとした。見開いた碧眼に、今にもくっつきそうな二人の唇が映り…大きな手の平が、リリスの目元を覆った。
ちゅ、とやけに大きく響いたリップ音。
リリスの目元を覆っていたクリスティアンの手がズレる。二人は頬がくっつくくらいの距離で身を寄せ合って、リリスに向かって微笑んでいた。
「こういうこと」
「きゃっリスちゃんったらだいたぁん♡」
「はぇえ…!」
リリスは言葉を忘れた。
顔どころか頭も身体も真っ赤にして、見えないけれど目の前で行われた行為に想像力が羽を広げてどこまでも飛んでいく。思考が完全に置いて行かれた。はわわわわ…!
なんかすごいことが起こった。なんかすごい。大人なことが。起こった。はわ。
リリスはイチゴチョコを放り出し、自分の顔を両手で覆った。放り出されたイチゴチョコが落下する前にクリスティアンがパクッと食べたが、そんなの見えていないし気付けない。
免疫のない情報に、頭がパンクしていた。
「クリスが大人になっちゃった!!!!!!」
「結婚してるからね」
「うぇ~いっ」
二人で頬を寄せ合ってうりうりくっついている様子すら確認できないリリスは、顔を覆ってひゃーっと高い音を出した。沸騰した薬缶に似た音。
クリスティアンはリリスにとって、一番年の近い兄だ。親のように可愛がってくる長兄次男、でかい規模で可愛がってくる三男とちょっと距離のある四男と違い、普通に兄妹と感じる距離感で接してきた。
だからこそ、兄のイチャコラが居た堪れないと共に盛大に照れていた。
「まあとにかく、リリスもちゃんとしないとだめだよ」
「今のをぉ!?」
「じゃなくて、気持ちを伝えたり実際に行動したりを」
顔を覆って俯くリリスを、クリスティアンがツンツンつつく。面白がったカーラもツンツンつついていたが、リリスは顔を上げられなかった。
だって言葉はともかく、行動なんて。行動なんて…。
そろそろと顔を上げたリリスは、無表情にこちらを見ているクリスティアンとニコニコ笑っているカーラと目が合った。
ぷるぷる震えながら、リリスはなんとか声を絞り出す。
「い、いちゃいちゃって…どうすればいいのぉ…?」
わかんにゃいぃいいいいいっ!
そう叫ぶリリスに、六男夫婦はいたずらっ子なチェシャ猫みたいに笑った。
クリスティアンも、珍しく笑顔だと分かる表情だった。
公衆の面前でちゅーしちゃうバカップル夫婦にはさまれたおこちゃまは混乱している。
そいつらをお手本にするにはまだ早すぎる。
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