6 改めての応援
「え、リリスのお兄様が帰ってきているの?」
「うん。画家を目指して旅に出たほうの兄が帰ってきているの」
次の日、リリスは親友のソフィラと一緒に騎士団の演習を見学しにきていた。
今まで一人で、ブライアンに連れられてやって来ていたリリスだが、もうサクラは終わって彼からお小遣いももらっていない。自然と騎士団への足も遠のいていたが、オニキスからのお願いで再び見学へやって来ていた。
彼曰く、声援が欲しい…と。
(そ、そんなにいい物じゃないんだけどな…)
銀貨一枚のために高い声を出して応援していたのだが、オニキスもそれが欲しいらしい。嬉しいの? アレってされている側は嬉しいの? リリスはちょっとよくわからない。
流石に一人で向かうのは難しかったので、ソフィラにお願いして一緒に来てもらった。
ソフィラ・ビーハニー伯爵令嬢はリリスの王都友達で、ふわふわした金髪に緑の目をした愛らしい少女だ。
嫁取り合戦の大会では彼女も巻き込まれて、そこからお付き合いしている騎士様がいる。その騎士は青薔薇騎士団所属のため、今回の演習ではいないが、今度一緒にそちらの応援にも行くつもりだ。
応援のためやって来た見学席。そこは既に応援団の人たちでひしめいていたが、リリスとソフィラは発見されてすぐ前方へと押し流された。この流れはいつもの流れ。リリスはブライアンの妹なので、最前列という暗黙の了解があるのだ。
嫁取り合戦があってから初めて来たが、未だに決まり事として残っていたらしい。
リリスは平然と受け入れたが、ソフィラは借りてきた猫のように固まっていた。かわいい。
ちなみにオニキスの応援に来たのに、白薔薇応援団の傍にいることに、リリスはまだ気付いていない。いつもの癖でいつもの場所にいるリリスに、お姉様方はなんとなく察しながらも微笑ましく見守っていた。いつ気付くかなとワクワクしているのは秘密だ。多分今日中には気付かない。
やらかしに気付いていないリリスと、応援初体験で位置関係など把握していないソフィラ。早めにやって来た二人は演習が始まるまで間があったので、世間話をしていた。その世間話には当然のように帰ってきた六男が登場した。
「そのクリスがね、驚いたことに結婚していたのよ。お嫁さんと一緒に王都までやって来ていたのを見つけてびっくりしたわ」
「け、結婚…! そ、その方達は子爵家のタウンハウスに滞在しているの?」
「それが…」
タウンハウスで顔合わせはすんなりすんだが、その後問題となったのは六男夫婦の宿泊先だった。
子爵家のタウンハウスがあるのだからこのまま滞在すればいいと主張するアントン。
新婚夫婦のいる館に新婚夫婦を追加するとリリスが可哀想だと斜め上の配慮を見せたクリスティアン。
余計なお世話だからもっとカーラとお話させろとパジャマパーティーを企画するリリス。
夫の方針に従うと沈黙を貫いたニコルとワクワク顔のカーラ。
すべてを解決したのは六男が帰還したと聞きつけてやって来た、家族大好きブライアンだった。
「久しぶりだな可愛い弟よ! お兄ちゃんより先に結婚していたとは驚いたぞ! ところで今までどこで何をしてどのように婚姻まで至ったのか教えて貰えないと夜も眠れない俺を王都中の令嬢が心配して食事も喉を通らなくなり痩せ細ってしまう。由々しき事態だ。そう、令嬢の心と体の健康を左右する麗しの白薔薇とは俺のこと。というわけで軽く酒を飲み交わしながら粘着質に話をしようじゃないか。さあ我が男爵家で事情聴取だ!」
「凄くいやだ」
「リスちゃんのお兄ちゃん皆濃い~」
ブライアンは子爵家に乗り込み六男夫婦を男爵家の邸宅へと拉致してしまった。
あっという間の誘拐事件だった。
「…あ、オニキス様に通報しなくちゃ…!?」
「身内の犯行だから関係者のオニキス様より、無関係な赤薔薇騎士団辺りに通報したほうがよさそうだ」
「二人とも落ち着いてください。兄が弟を連れていっただけです」
ニコルの言うとおりだったのだが、あまりにも行動が誘拐犯だったのでつい。
クリスティアンは無表情に近いがとてもいやそうな顔をしていた。カーラが爆笑していたのだけが救いである。
というわけで、六男夫婦はブライアンが所有する男爵邸に滞在することになった。
という話を聞いたソフィラは、緑色の目を瞬かせながら微笑んだ。
「ホワイトホース家って、いつも楽しそうだねぇ…」
「そうかなぁ?」
そうかなぁ??
リリスは義姉となったカーラに興味津々なので、そのうちお話したい。ブライアンが連れていってしまったのでちょっと不満だった。
「クリスのお嫁さん、ちょっと変わってたけど綺麗な人だから、今度女子会がしたいな。ソフィラにも紹介するから一緒に女子会しようね」
「わあ、いいの? 楽しみだね」
「うん!」
「へへっ」
「えへへ」
照れ笑いをした二人は今日も今日とて二人揃ってやりとりが幼女。
二人を最前列にすることで背後から幼女達を見守っている応援団の方々は、令嬢達の清らかさにほっこり癒やされていた。仲良しね。よろしくてよ。
そうこうしているうちに、騎士達の演習が始まった。
まず白薔薇騎士団の面々が演習場にやって来て、続いて黒薔薇騎士団が入場するのがいつもの流れだ。リリスはブライアンを見つけてつい「キャー!」と高い声で声援を送ってしまったが、そういえばもうサクラの必要はなかったんだったと我に返る。習慣とは恐ろしい。
ちなみにリリスから黄色い声援を受けたブライアンは、見るからに輝きを増して投げキッスをするなどとっておきのファンサをしていた。流れ弾に当たった令嬢達が何人か失神した。
そういえば昼間はブライアンも仕事がある。クリスティアン達は何をしているだろうか。
もし暇を持て余しているなら、声を掛けてみてもいいだろうか。
三男からの熱烈なファンサをスルーして六男夫婦の今を考えていたリリスは、オニキスが入場するのをみて彼のお望み通り声援を送ろうとして…。
(…あれ。私どうやって声出してたっけ?)
硬直した。
嫁取り合戦が終わってから初めての応援。
リリス、固まる。
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