5 顔合わせは大事
「お二人はしっかり教会で誓い合われたのですね。馴れ初めなどはお聞きしてもよろしいでしょうか」
「いいよぉ~! えへへ。カーラが迷子になってた所をリスちゃんが助けてくれたのぉ。リスちゃんとっても頼りになったよぉ」
きょるんきょるんと高い音が聞こえてきそう。
神秘的な美貌が一気に身近な少女になるの凄い。
「え、クリスが迷子じゃなくてカーラさんが迷子だったの?」
「クリスは迷子にならない」
「そんなことないわ。いっつも一人ではぐれて探されていたじゃない」
「迷子になったのはクリスじゃなくてリスリス」
「お嫁さんが付けたあだ名気に入ったの?」
迷子はリリスではなくクリスティアンだ。遠出するときリリスはずっとブライアンと手を繋いでいたので間違いない。こればっかりは冤罪である。
しかし次兄は違う意見らしい。
「クリスはよくはぐれるけど、知らない街でも抜け道を見つけるのが上手いからね。いつも一人で帰ってきていたし、迷子のつもりはないんだろう」
「そう。西の土地でも余裕だった」
「西にいたのか…」
直近で届いた絵はがきが獰猛なクマと凶暴な魚にしか見えなかったので、なんとなく北国にいる…? と予想を付けていたホワイトホース兄妹。北国にはね、滝を登って龍になる魚がいるらしいから。
迷子ではないようだけど予想外の方向にいる。それがホワイトホース家の六男。
思わず次兄と末っ子は遠い目をした。
そんな二人を尻目に、ニコルがカーラと会話を続ける。
「今回こちらに足を運んだのは結婚のご挨拶ですか?」
「うん! 結婚した報告は直接した方がいいよねぇってリスちゃんと話し合ったんだぁ」
きゃぴきゃぴしているカーラの隣で、クリスティアンも無表情に頷いた。
「義理の家族の顔はちゃんと知っておかないと事故るかなって思って」
「一体どんな事故を計算しているんだ」
事故るってなに…。
不思議そうなアントンの隣で、リリスも首を傾げた。同時に疑問も出てくる。
「でもそれなら領地が確実でしょ。お母様とっても心配していたわよ」
王都のタウンハウスには、基本的に王都勤めのアントンしかいない。
騎士団長として男爵位を賜ったブライアンや嫁いだライラも王都にいるが、両親は領地で隠居生活を送っている。まずはそちらに挨拶へ赴くべきだろう。
リリスの言葉にクリスティアンはもちろんと頷いた。
「そっちにはもう行ってきた」
「行ってきたんだ!?」
「母さんたちは元気ならそれでいいよって言ってたよ」
「お母様たちってばおおらかすぎ!」
ホワイトホース家のご両親だ。細かいところは気にしない。
頭を抱えるリリスの横で、アントンが問いかける。
「じゃあエイドリアン兄さんとも会った?」
つい先日までリリスの嫁ぎ先を探すため一緒に王都へ出ていたエイドリアンだが、無事に嫁ぎ先が決まったことから領地へと帰ったところだった。
子爵家の当主は彼なので、弟の嫁として顔を知らねばならないのはエイドリアンである。
アントンからの問いかけに、クリスティアンはゆるゆる首を振った。
「ううん。王都にいるって聞いたからこっちに来たんだけど、入れ違ったみたいだ」
「それは運が悪かったね。でも近いうちに両親を連れてまた王都に来る予定だから、それまで王都でゆっくりするといい」
「私たちの結婚と、リリスさんの婚約が決まったので、王都へ足を運ぶことになっています。そのときエイドリアン様もご一緒するとのことでした」
その間、再び領地はエイドリアンの妻が残ることになる。勿論優秀な部下がいるのですべてを任せるわけではないが、苦労をかけて申し訳無い気持ちでいっぱいだ。王都で見つけた珍しいお菓子や装飾品をお詫びに贈らなければ。
「そっか。なら領地から往復で二週間くらいかな」
それくらいなら別にいっか。
そう言って頷いたクリスティアンに、リリスは不安になった。
「…もしかしてエイドリアン兄様に挨拶したら、また旅に出るつもり?」
「うん」
「新婚なのに放浪する気なの!?」
驚愕で思わず高い声が出た。
「新婚旅行みたいなものだよ」
若い嫁を引き連れて旅をする気だこの男!
リリスは思わず頬を膨らませた。
「その日暮らしでお嫁さんに苦労を掛けるつもり!? ちゃんと安全な家と仕事を提供できなきゃやっていけないわよクリス! お嫁よ!? お嫁に来てくれているのよ! 子供ができたときとかどうする気なの!」
クリスティアン一人の放浪はなんの心配もしていなかったが、そこにうら若き乙女が同席するなら話は別だ。
リリスはオツキアイがわからない。わからないが、その先の結婚はわかる。
だって長男が結婚し、子供を得るまで一緒の屋敷に住んでいたのだ。結婚したあとの流れはなんとなくわかる。
だから当然のように子供の話もした。クリスティアンは大真面目に頷いた。
「乳母車を購入する」
「子供も連れて旅をする気だわこいつ!」
乳母車では何も解決しない。
リリスは思わず絶叫した。
「落ち着けリリス。これでもクリスティアンは考えているほうだ」
「そうなの!?」
「ちゃんと顔見せに来てくれて助かった」
それは最低限過ぎないだろうか。
しかしちょっと納得してしまったので、クリスティアンの奔放っぷりが察せられる。六男を知らないニコルがそれでいいのかという顔をしていたが、それでいいのだ。これがクリスティアン。
リリスが落ち着いたのを確認して、アントンは眼鏡の位置を直しながらクリスティアンを見た。
「だが二週間は少ないな。一ヶ月は王都でゆっくり過ごして、詳しい今後は夫婦で話し合うように」
「期間はともかく、そのつもりだけど…わあ、アントン兄さんがエイドリアン兄さんみたいなことを言っている」
「…私もつい最近言われたばかりだから。夫婦での話し合いは大事だよ」
「ええ。大事です」
力強く頷くニコルに、アントンは少々居心地が悪そうだ。一体何をしたの。
もしかしなくても同居と入籍が同時だった件だろうか。
リリスは詳しく知らないが、エイドリアンが領地へ立つ数日前まで、次男夫婦は何やらドタバタしていた。
ぽけっとしていたリリスは、同じくぽけっとした顔をしているカーラと目が合う。不思議そうな表情の彼女だが、神秘的な黄金の瞳がきらきらと、眩しそうな輝きを放っている。
うーん、美しい。
「…そうだわ! カーラさんのご家族は? 私たち、しっかり挨拶していないわ」
「んー、カーラはカーラだけだからそれはいいんだけどぉ…リスリスはカーラがおねえちゃんになっていいのぉ?」
「え? もちろんよ?」
思わぬ問いかけにびっくりして目が丸くなる。カーラの目もまんまるだ。
予想外というか今までにないタイプの人と出会ってびっくりしたが、クリスティアンの結婚に異論はない。
あるとしたらクリスティアンが新婚なのに旅を続けるということだが、それだってリリスよりカーラと話し合うべきことだ。文句は言うが、リリスに決定権はない。
「クリスが選んだ人なら大丈夫よ。クリスは何も言わずに行動することがあるけど、何も考えていないわけじゃないから」
ホワイトホース家一番の不思議ちゃんだが、会話が通じないわけではない。
わりと気難しい彼が嫁と決めたのだ。身内としてはそれだけでいい。
むしろカーラに、本当にクリスティアンでいいのかと問いたい。問題ないなら、是非仲良くして欲しい。
「仲良くしてくれると嬉しいわ。私に兄は五人もいるけれど、姉はまだ三人しかいないの!」
ちなみにそのうち二人はエイドリアンの嫁。そして次男の嫁のニコルである。めでたくそこに六男の嫁が追加されれば実姉含めて四人になる。
兄は五人いるのであと二人姉が増える予定だが、いつになるのかは不明だ。
(でもって、あわよくばスケッチさせてほしいわ!)
リリスは期待を込めてカーラをきらきらした目で見つめた。
金色の目を瞬かせたカーラは、キラキラ目を輝かせながら仲良くしてねと笑うリリスをみて…神秘的な美貌をくしゃりと歪めて、嬉しそうに笑った。
入籍と同居が同時だったアントン。ちゃんと嫁と話し合ってどちらもする予定ではありましたが、入籍は時期をずらす予定だったのに同時計算したので怒られています。誰に何を言われても自分の計算を押し通すことのあるアントン。これからしっかりニコルが叱っていきます。
計算尽くなのに行動力がありすぎて唐突な男アントンにいいね、評価をよろしくお願い致します。
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