煮詰まった思考 1
とある家の中に居た住人のお話
その家は、扉が開いていた。
“どうぞお入りください”
と、扉には書いてあった。
小綺麗でお店のような外観。
近くを通りかかったので覗いてみることにした。
外観の小綺麗さとは打って変わって、家の中は窓が閉めきられているようで仄暗い。
一歩足を踏み入れた瞬間、鼻を突く臭気が私を襲った。
それに加えて、皮膚にまとわりつくようなじめじめとした熱気。
息苦しさを感じる。
ここの住人は無事だろうか。
私は奥へと歩を進めた。
臭気と熱気はどんどん強くなっていく。
突き当たりの部屋、ゆらゆらとゆらめく炎に照らし出された住人が見えた。
「こ…こんにちは」
挨拶をしたが返答は無かった。
近付いて見てみると、住人はぐつぐつと沸騰している大鍋…人間も入りそうなほど大きい鍋のそばに立っていた。
ボートのオールみたいな大きなしゃもじを持って。
臭気と熱気はその大鍋から発生していたが、住人は何も感じていないようだった。
住人はにっこりと笑い、何の前置きもなく
『この思考、随分煮込んでいるの』
と、言った。
その行為を “誉めてもらいたい” ような声色だ。
「ええと…どのくらいですか?」
私はとりあえず誉めどころを探す為に質問をしてみた。
『10年以上かしら』
「え!?」
『色々と足したらあふれてきて、鍋をどんどん大きくしたのよ』
と、住人は誇らしげに言った。
質問者は無意識に “回答例” を予測しているが、予測を絶する(越えるではない)回答があった場合、根本的な事から理解をする為に “素朴な疑問” のような質問になっていくのだと思う。
「ええと…それは…、元々どんな思考だったのですか?」
と質問をしてみた。
『?』
住人は虚を突かれたみたいだった。