断捨離
正月過ぎ。
雪の降る晩だった。
その日も酷く冷え込んでいた。
体の芯まで堪える寒さに震えながら、僕は母の説教を受けていた。
「いい加減、足の踏み場もない程のこの荷物を、外の物置に放り込んで、部屋と物置の掃除をしなさい!」
「めんどい」
寝転がって答える僕。
実家に子供部屋を構えていると衣食住が楽だ
その実利の反面、親からの干渉と説教が煩わしいが。
今日の文句は、僕が部屋と物置の掃除してないことだった。
死ぬわけではないから別にこのままで良いと思うが。
「そう言って大晦日も掃除しなかったでしよう!」
「良いじゃない。死ぬ訳じゃないし」
「その挙げ句が、この汚部屋状態なんですけど!」
「へいへい」
「自分の部屋と物置ぐらい掃除も兼ねて整理整頓しなさい!」
「へーへー」
ヒラヒラと手を振る。
「私が片付ても良いね?」
「いや」
「私に任せたら全部捨てるからね?」
「いやだ」
「じゃあ自分で掃除しなさい」
「面倒くさい」
「良いから早く片付けなさい!」
「はいはい」
やる気のない声を出す僕。
めんどいわ。
本当に。
「掃除しないならもう家には入れないよ」
「……」
ふん。
口ではともかく、僕を追い出すなんて出来ないくせに。
「最低でも要らないものだけは捨てなさい」
「……」
「いい断捨離の機会よ」
「……」
ああ。
煩い。
「断捨離よ! 分かったっ!」
「へ~~い」
「断捨離出来なかったら、あんたが帰ってきても家の中には入れないよ」
「はいはい」
そう言いながら結局僕は何もしなかった。
めんどいので。
それから数日後。
仕事が終わり帰宅した時のことだ。
僕の部屋の荷物が全部、家の外に放り出されていた。
「凍結した道路を苦労してバイクで帰ってきたのに……」
凍結した道路まで、荷物が溢れでているとまでは言えない総量だが。
それでもかなりの量の荷物が外に出されてる。
これは……部屋に置いてた殆の荷物では?
何で?
そして玄関には張り紙が貼ってある。
『今日中に外の荷物を全部、物置に収納しないと家の中には入れません』
と書いて有った。
……。
「マジかよ」
項垂れそうになりました。
空を見上げれば雪が降っている。
チラチラと。
チラチラと。
「この雪の中で?」
物置を見る。
但し物置の代用として使っている簡易プレハブ住宅だが。
なお此れは僕が自腹で買ったプレハブだ。
荷物が部屋に収まらないので買ってきたんだ。
3・9坪のプレハブだ。
中古だから安く買えた。
庭付きの平屋の自宅。
その庭に親に無断で買ってきて置いたプレハブの物置。
それでも十万したが。
整理整頓して売るか捨てるかしたほうが安くつくいたが仕方ない。
というか折角収集したコレクションを捨てられるか。
チラリと家を見る。
談笑してる。
両親が。
テレビを見ながら。
ヌクヌクと。
「無視かよ」
インターホンを鳴らす。
ピンポーンと。
駄目だ出ない。
ダンダン。
ダンダン。
玄関を叩く。
返事がない。
道路に出て空を見上げようとする。
ツルッ!
「危なっ!」
道路が凍結してるのを忘れてた。
空を見上げれば雪が降っている。
去年も同じ所で滑ったな。
チラチラと。
チラチラと。
「くそ」
スマホで自宅に電話をかける。
誰も出ない。
「マジかよ」
僕はなるべく収集物を捨てないで済むよう、工夫しながら積み上げるよう整理を始めた。
寒い。
寒い。
三十分後。
ようやくプレハブ作りの物置に、四分の一荷物が収まった。
寒い。
寒い。
今日はこれぐらいで良いだろう。
インターホンを鳴らす。
ピンポーン。
駄目だ。
ダンダン。
ダンダン。
玄関を叩く。
返事がない。
「おいおい」
スマホで自宅に電話をかける。
先程同様に誰も電話に出ない。
「マジかよ」
空を見上げれば雪が降っている。
チラチラと。
チラチラと。
この程度の整理ではまだ駄目ということか。
クソ。
僕はなるべく収集物を捨てないで済むようにまた整理を再開した。
寒い。
寒い。
更に三十分後。
ようやくプレハブの物置に半分収まった。
「まじキツイ」
雪が酷い。
本当に酷い。
悪寒がし始めた。
ダンダン。
ダンダン。
玄関を叩く。
返事がない。
スマホで自宅に電話をかける。
やはり先程同様に誰も電話に出ない。
「出てよ……」
ため息が出た。
まさかと思うけど……。
全部終わるまで家の中には入れないと?
雪の量が増えている気がする。
僕はなるべく収集物を捨てないで済むように整理を再開した。
寒い。
寒い。
更に三十分後。
ようやく収集物の半分位が収納出来た。
今度こそ。
今度こそ良いだろう。
ダンダン。
ダンダン。
玄関を叩く。
「もう入れてくれよ! お母さん!」
ピンポーンとインターホンを鳴らす。
仕方ない。
ダンダン。
ダンダン。
玄関を叩いた。
返事がない。
空を見上げれば雪が舞っている。
チラチラと。
チラチラと。
「死ぬ……本当に死ぬ」
スマホで自宅に電話をかける。
無常にも、先程同様に誰も電話に出ない。
「……頼む……もう家に入れてくれよ……」
泣きそうになった。
僕はなるべく捨てないで済むように倉庫への搬入を再開した。
寒い。
寒い。
更に三十分後。
ようやくプレハブの物置に大半の荷物が収納出来た。
空を見上げた。
雪が降っている。
チラチラと。
チラチラと。
はあ~~と息を手に当てる。
「もう限界だ」
ピンポーンと玄関のインターホンを鳴らす。
ダンダン。
ダンダン。
玄関を叩く。
駄目かよ。
「くそ!近所に相談して一晩泊めてもらおう!」
近所の家のインターホンを鳴らす。
駄目だ。
出ない。
何で?
ダンダン。
ダンダン。
駄目だ。
何でだ?
何でだ?
もう良い。
他の近所の家庭に頼ろう。
別の家のインターホンを鳴らす。
当然先程とは違う別の家のインターホンを。
駄目だ。
出ない。
ダンダン。
ダンダン。
駄目だ。
別の所は?
更に別の家のインターホンを鳴らす。
駄目だ。
出ない。
ダンダン。
ダンダン。
駄目だ。
三十分後。
駄目だ。
全部駄目だ。
近隣は全部だめだった。
何でだ?
何で何だ?
混乱する僕。
そんな時に母の言葉を思い出した。
『いい! 断捨離よ!』
『断捨離よ! 分かったっ!』
『断捨離出来なかったら、あんた家に入れないよ』
悪寒がした。
酷い悪寒が。
まさか。
まさか。
まさか。
まさか。
まさか。
まさか。
まさか。
マサカ。
断・捨・離。
僕を。
捨てる気か?
僕を。
僕自身を断捨離する気か?
「くそ」
実家に戻り玄関を叩くが、やはり誰も出ない。
なら明日お母さんに理由を問いただすっ!
今日は民宿に泊まって明日……。
不味い。
道路が完全に凍結してる。
バイクはでは無理だ。
近くのネットカフェ……遠い。
駅の待合室……遠い。
コンビニまで歩いて理由を説明すれば泊めてもらえるかな?
ザッ。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
滑らないように歩く。
雪が酷い。
雪が。
雪が酷い。
雪が。
雪が。
雪が。
雪が酷く積もってる。
一面の銀世界。
コンビニはどこだ?
コ・ン・ビ・ニ・ㇵ・ド・コ・ダ?
コンビニは……。
バイクの音が家の外から聞こえた。
「母さん」
「違うわ。家じゃなくお向かいさんよ」
テレビを見ながら妻が答える。
こたつに入りながら。
インターホンが鳴った。
玄関の。
居間から玄関に繋がる襖を開ける。
居間から見える玄関に人影はない
「母さん」
「故障よ。 インターホンの」
ダンダン。
ダンダン。
玄関を叩く音がする。
人影も気配もないのに。
「誰かが家の玄関を叩いてるんじゃないか?」
「違うわ。唯の風の音よ」
「でも」
「風の音なのよっ!」
ヒステリックに喚く妻。
今まで気がつかなっかが妻は震えていた。
暖房の効いた部屋で。
ストーブに炬燵。
汗ばむほどの室温で保たれた部屋で。
震えていた。
スマホが鳴っていた。
妻のスマホが。
「お母さん……スマホが鳴っている」
「出て」
妻は震えていた。
「でも」
「怖いのよ」
妻は怯えていた。
怯えて。
震えていた。
ブルブルと。
ブルブルと。
「この電話は死んだ息子からよ……きっと」
「違うよ」
蒼白を通り越した顔の色だ。
酷く怯えている。
「此の時期に私のスマホに三年前から、必ず掛かってくるの」
「今度こそ違うよ」
妻を宥めるように言う夫。
「今度もよ、あの子は私のこと恨んでるもの」
「そんな」
「家から締め出した私を恨んでるもの」
「違う」
妻の怯えた様子に困り果てる夫。
オカルトなど信じていない夫も流石に信じるしか無い状況だ。
「あれは事故だ」
「でも」
「凍結した道路に足を滑らせたのは、あの子の責任だ」
「でも」
下唇を噛む妻。
「誰がなんと言おうが事故だ」
「……そうね」
「それに漸く明日には引っ越せるんだ。 今日だけまでの辛抱だ」
「そうね」
「せめてこの時期だけでも何処か住める場所を借りれれば良かったんだが……」
「あれ以来、何がしらの理由で何処も借りられなかんだから、今更悔やんでも仕方がないわ」
『今日まで』という私の言葉に、妻は落ち着きを取り戻した。
だからなのかスマホの着信を妻が取ろうとした。
その瞬間だ。
嫌な予感がした。
「すまない」
「え」
無理やりスマホを奪う夫。
「友人から折り返し電話を貰う時間だった」
「え?」
「だから此れは私への電話だ」
「でも私のスマホに……」
「いや俺のスマホに繋がらない時は、君の携帯電話にかけるように教えていたんだ」
「そう」
どこかホッとした様な妻。
発信元は……。
嫌な汗が出た。
嫌な汗が。
妻に気が付かれてはいけない。
気が付いたら今度こそ倒れるだろう。
妻はメカ音痴だから通話履歴は見ないはずだ。
それに自分からは電話をかけれなくなっている。
登録されている息子の電話場号を見たくなくて。でも消せなくて……。
だから大丈夫。
そう。
思っていた……。
電話が鳴り初めた。
携帯ではなく固定電話の。
我が家の固定電話がだ。
それと同時に悲鳴が有った。
悲鳴が。
固定電話に登録表示されている名前を見た妻の。
不味い。
固定電話の表示のことを忘れていた・
妻は悲鳴を上げて気絶した。
それと同時に近隣の玄関を叩く音がする。
ダンダン。
ダンダン。
ダンダン。
ダンダン。
ダンダン。
ダンダン。
ダンダン。
ダンダンと。
それと同時に誰かが近所のインターホンの音が鳴らした。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーンと。
気味が悪くなり全員引っ越した近隣の人間の家を。
電気に゙水道等のライフラインの止まった家を。
近隣の鳴らないはずのインターホンの音が何故かここまで聞こえる。
しかも誰かが時間差無く同時に。
それを聞きながら夫は今更ながら震えた。
酷い悪寒に襲われて。
恐怖からくる悪寒で震えた。
限界集落と化していたこの地区に最後まで残っていた夫婦は翌日慌てて引っ越した。
恐怖のあまり。そして限界集落は無人集落となった。