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昭和末期の怪談

作者: 切身魚/Kirimisakana

この作品に出てくる人名や土地の名称は全てフィクションです。

 これは私が大学生の頃のお話、平成の始まるちょっと前のことです。

 美術系学科だったので、窯芸(ようげい)も実習がありました。陶芸じゃなくて窯でつくるもの全般だから、窯芸。そもそも土が陶土じゃなくて、粘土でしたからね。天井が高くて広い、窯芸室ってところに電気の焼き窯があって、火を入れたらだいたい3日は学生と先生で交替で見張りしなきゃいけなかった。そういう実習です。

 先生も変わり者が多くって、まあそれでも常識の根っ子のところは押さえてる方々でしたから。寮住まいの学生がちゃんと夜の外出外泊許可とったか、実家通いの学生も親に伝えたか、とかきちんと確認して、その上で、まあ、夜のあいだの見張りに暇な連中がゲームしてたり、酒をこっそり入れてても、目こぼししてくれるような先生でした。年度で初めての火入れなんかは、半分神事だからって、全学年参加の飲み会でしたしね。

 それで、私の体験した話はね、その窯芸の実習中の事なんです。


 世間では夏休みですけど、国公立大学で教育学部は忙しいですよ。夏期講習のあと、火入れした窯の見張りするぞーって、同学年の人全員と、一年下の留学生が一人。晩御飯がわりに、大きな鍋でラーメン作って、あほみたいにハムとベーコンいれて、流れるようにほぼ全員酒飲みだしちゃいまして。

 ほぼ全員、と言ったのは、私一人だけ素面でしたから。

 アルコール不耐で一滴も呑めないし、飲ませたらいけない、ってのが同学年にも上にも下にも知れ渡ってましたんで。


「酒飲めないなら何か面白い話しろー」


 ていうんで、じゃあ毎度バカバカしい噺でもひとつ、ってやると、もうその顔だけで面白い、って馬鹿笑いするくらい。私以外みんな酒が回ってテンション変になってた。

 そのテンションで、誰かが「肝試し行くぞ、良いところ知ってるんだ」、みたいなこと言い出して。

 同学年の何人かはもういびきかいてる深夜でした。

 場所がどこか、っていうのだけは秘密です。もうその場所も再開発とか入ってるでしょうし。大学自体、市の中心部から離れた郊外で、そこからさらに車で1時間半もかかるっていう所でした。

 起きてるメンバーのなかから、男子3人と女子2人が出かけることになって。

 ええ、女子2人のうち一人が私、もう一人がサトーちゃんっていう実家通いの同学年。あと、男子は同学年が2人。鹿児島出身で寮生、ノリが明るいワダ君と。地元で実家から通ってる、太目なんだけど筋肉質で、スポーツ全般得意っていうオマエなんで美術志望したの?っていつも言われるシキド君。あと、1学年したの中国からの留学生で、ツァイ君。サトーちゃんと付き合ってるんで、肝試しって面白そうだから行きたい、って。

 ワダ君が車だすから、運転よろしくって言うし、ツァイ君は(お坊ちゃんだった)ガソリン代は僕が払いますよ、って言うし。

 このメンバーが途中で全員眠りこけたらそこでUターンして帰ってやろう、とか思ったりしましたが。肝試し体験なんて、自分ひとりじゃあ絶対行かない、大学時代でもなきゃ絶対やらないだろうなっていう考えもあって、ハンドル握りました。

 結局、誰ひとり寝ずに、酔っ払いテンションのままでしたけど。私は道が分からない(ほぼ県境に近い別の市まで走った)ので、シキド君ナビに助けられながら着いたのが、ほぼ山の中の坂道登ったところにある、二棟のマンション。五階建てのが漢数字の二の形になっているところに、坂道から入ると駐車場があってっていう感じの。

 準備がいいというか、懐中電灯は持ってたんですよね……。私は私で、山の虫とかに刺されないよう、虫よけスプレーを全身に吹いて、長袖の日焼け止めパーカー着てました。男子なんか半裸、は言い過ぎですね、ワダ君はランニングシャツにバンダナと半ズボンみたいな恰好でした。シキド君やツァイ君はTシャツ。

 ツァイ君は一番背が高いからって理由で、懐中電灯持たされて先頭に立たされてた。

 嫌だ、っつってんのに、サトーちゃんがお願い!って無理強いしてね。

 手前棟見ると、立方体の端に階段があって。小さいながらエントランスホールみたいにコンクリ打ちの段状になったところの周囲に、鎖を渡してあります。錆の浮いた看板が吊るされてて、白い地に『立ち入り禁止』と書いてあったみたいですけど、錆の浮いた部分のほうが多い。そのくらい古びて、荒れた印象の場所でした。

 荒れ果てたって言っても、虫の声はうるさいし、何より酔っ払い同級生と下級生がぎゃーぎゃー煩いのなんの。鎖がサンダルに引っ掛かった、といってはサトーちゃんが鎖に説教始めるし。

 私は呆れてましたけど。でも肝試しだし、面白いっちゃあ面白いよな、素面なの自分ひとりだから何でもきちんと観察しておこう、と最後尾をついていきます。

 5階建ての階段だけを、皆でぞろぞろ登っていってしばらくですから、3階か4階の途中あたりでしたかね。先頭にいたツァイ君が、


「ちょっとちょっと、見てみて」


 って皆を呼ぶんで、踊り場で集まってみた。

 ツァイ君の指さす先は、もう一方の棟で、そこも同じような位置に階段があるんですが。そこの階段のあたりに、ピカッと白い光が見えて、それは別に消えたわけじゃなく、何人かのひとの手や袖口が動いてて、前を横切るひとの服のシルエットとかが、光をチラチラ遮りながら、階段を上へと登ってるのですよ。

 それを見たワダ君が、


「あー……向こうにも居ったんかー、肝試し。」


 と、すーごいテンションさがった感じで言うんです。

 そりゃそうでしょう。馬鹿だろお前、って言われるのが面白いからこんな所まできて肝試しやってる。蛮勇というか、愚行というか、まあ「他人がやらないこと」をする自分が格好いい。そういうお年頃でした、私含めてね。

 誰も居ない所で冒険できる自分カッコイーをしてたら、先客発見ですもの。

 ここで「それでもいーじゃん」って言うのが普段のテンションだったサトーちゃんまで、


「なんかねー」


 って素面っぽく、溜息までついてしまって、「も、帰ろうか」とか言い出す始末。

 階段登っただけだというのに、全員、騒ぐ気分じゃなくなってしまって、ぞろぞろと車に戻ってきた。かなりの距離を運転してきて、大変だったんですが、私もまたハンドル握って。


 軽自動車に5人乗りとか、絶対警察に見つかりませんように!


 と思いながら、大学まで戻ったころには、もう夜がしらじらしてくる時間でしたね。

 後部座席で3人寝てるし!って文句言うと、助手席のシキド君まで船漕ぎながら生返事したのには、カチンと来たもんです。



 だから、きちんと観察しちゃったことは、誰にも言ってません。

 あそこは一本道から出入りする駐車場でした。アスファルトがひび割れて、草がぼうぼうだった駐車場には、私たちの車以外何も停まって無かったこと。

 向こうの棟の光の中に、浮かび上がった服が、このクソ暑いのに、ファーつきのコートの袖口だったり、ボタンをきちんと止めたダブルの背広だったこと。この九州の蒸し暑ーい夏にあり得ないでしょ?

 アレが何できちんと見えちゃったかな……ですよね、本当。

 直感というか、よくある怪談で、「この内容を他人に話したら」系じゃないか、って思ったので、当時の同級生にも、他学年にもこのことは言ってません。

 卒業後は疎遠になっちゃいましたし、まあ無事でいるんじゃないでしょうか。

 サトーちゃんはなんとかホールっていう私立美術館の学芸員になったし。

 ワダ君は鹿児島で教職とったし。

 シキド君は1年留年して、退学して、専門学校に入りなおしで美容師になったんだったかな。

 ツァイ君はサトーちゃん卒業で別れた後、行方不明ですけど。あの頃は留学生受け入れもいい加減でしたからね。

 私はその頃、前の会社でシステムエンジニアしてて、実家に「ツァイ君が連絡とってきてないか?」って電話があって、初めて行方不明の話を知りましたよ。

 つまり、私が見たものの事は、誰も何も知らないから、みんな無事。まあ留学生の彼だって、怪奇現象っていうより、どっちかっていうと黒社会系のほうがあり得るんじゃないですか。


 え、私は大丈夫なのかって、いやーどうなんでしょうね、もう時効だと思いますけど。何日かして私が出勤してこなかったら、この話思い出してください。

 なーんてね。

職場でちょっとそれはあり得ないですね、とツッコミたくなるような怪談を耳にしまして(築10年以下の建物にブラウニーは居ないンだよッ)(その居室で死んだ利用者も居ないし恨みとかそういうの無いから)。

お前等ほんとにビビらしたろか、と思って書きました。

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