6話
梔子をモデルにした作品は、丸2日で完成した。
あんなに筆がのらなかったのに、描き始めてしまえばあっという間だった。
「ごめん、水貰える?」
仕上げの段階で梔子に声をかけられ、「ああ、すまん今持ってくる」と梔子の顔を見ると、いつも微笑みを浮かべている梔子の表情は"無"そのものだった。
「……具合でも悪いのか…?」
梔子の無表情に驚いた和真がミネラルウォーターの入ったペットボトルを渡しながら梔子の顔を覗き込むと、梔子はまずペットボトルの水を飲み干して首を横に振った。
「ちょっと喉が渇いただけだから大丈夫。だけど、流石に10時間近く座りっぱなしは僕もキツいかな、少し陽の光を浴びて来ても良いかな?」
「ああ、それは構わないけど…水、もう一本いる?」
500mlのペットボトルの水をあっという間に飲み干してしまった梔子に、和真は無意識に梔子の額に手を当てた。
「水は欲しいな。けど、別に熱はないよ?ほんとに疲れただけだから」
「そうか」
そうして梔子は和真からペットボトルの水を受け取ると、庭へと出ていった。
アトリエからは庭に植えられた植物たちが一望できる。
和真は閉め切っていたアトリエの窓を開け、再びキャンパスの前に座った。
すると木漏れ日に照らされた梔子が心地よさそうに陽の光を浴びている姿が丁度見えた。
地毛だという梔子の白い髪がキラキラと輝き、髪と同じ色の長いまつ毛が揺れていた。
その様子はまるで窓枠を額に見立てれば、儚さを帯びた美しい青年の絵のように見えた。
和真はまさに目の前の光景に目を奪われ、全ての意識が吸収されていくのを感じた。
そうして気が付いた時には、さっきまで作品として仕上げようとしていた目の前のキャンパスを床に置き、新しいキャンパスに筆を走らせていた。