3話
『いっただっきまぁ〜〜す!!』
「…………」
元気よく声を上げて手を合わせ、慌ただしくスプーンを握って、和真の作ったカレーを頬張る双子の姉弟。
いつもの心安らぐ風景の中に、いつもこの家に存在するはずの無い人物の姿が。
「いただきまーす♪」
にこにこと微笑みながら、隣に座る2人の小さな双子を見つめ、白い手でスプーンを握っているのは、先日和真のアトリエを訪れた梔子だった。
彼はあの日から毎日こうして和真の家を訪れている。
それだけでなく、今までキャンパス内で全くと言っていいほど出くわすことがなかったのに、あの日からやけに顔を合わせるようになった。
「………お前…付き人の仕事は?課題は?毎日俺ん家来てるけど…。いくら押し掛けられても俺は描かないぞ」
「はははっ、まあ気長に待つよ。ちなみに僕の課題は空秋さんの付き人業により消化されてるから大丈夫だよ」
「消化?」
「免除ってこと。それに僕自身の絵も売れてるしね」
「流石、お偉い画家さんは庶民とは待遇が違うな」
自分も口にカレーを頬張りながら、あしらうように言う和真。
この時、和真はこの後準備しなければならないであろう作品のことを漠然と考えていた。
作品というのは、所謂ゴーストとしての作品で、今朝方、作成依頼が届いていた。
作品の作成依頼は、大抵モチーフやイメージ、タイトル、課題など、細かいオーダーが記載されていることが多いが、今回の依頼には一切そういったものがなかった。
(自由に描いて良いって…今更大丈夫なのか?)
作品には共通点を持たせ、絵を通して鑑賞者にメッセージを伝える。
その"癖"を感じさせることによってコレクターの購買意欲を擽るのだそうだ。
故に、作風の大きな変化には新規のファン層には受けるが、昔馴染みのコレクターには受けが悪いことが多い。
(海外への出品か?それとも本当に大幅な路線変更を?)
和真がぼーっと考えていると、ふと双子の笑い声が聞こえ、我に返った。
「おにーちゃんのカレー、にんじんいっぱいだね〜!」
「ん?」
妹の美紗に言われ、自分が食べているカレーの皿を見ると、確かにゴロゴロとにんじんだけがヤケに多く入っている。
(俺こんなにニンジンよそったか?)
和真は内心で首を傾げながら向かいに座る梔子の方の皿を見る。
すると、梔子の方のカレーには全くと言っていいほど具材が一つも入っていなかった。
「………のせたな?」
じっとりと疑いの視線を送る和真に、梔子は「ん?なにが?」と笑顔で恍ける。
そんな梔子に和真は深いため息をつくと、自分の皿に乗ったニンジンをむしゅむしゃと食べ始めた。
「まぁ、嫌いなら無理に食わなくても良いけど」
「優しいんだね」
「優しいんじゃねーよ、嫌いなもん無理して食わせる手間をお前に注ぐほど、俺はお前に優しくねーってこと」
「なるほどね」
和真の言葉に、梔子は微笑むと、次は自分の皿のから肉をスプーンで掬い上げ、子供達二人へ交互に配っていく。
『わぁ〜い!お肉〜♪』
喜ぶ双子の一方で、和真は眉を寄せる。
「少しは食えよ、お前身長の割に体薄いんだから」
「ふふ、優しいね」
「優しくねーよ」
梔子はぶっきらぼうに言う和真を、少しの間見つめた後、皿に残ったカレーを見下ろし、戸惑った様子でおずおずと口に運んだ。
和真は、梔子のそんな様子が気になって横目で観察していたが、梔子はすぐにいつもの笑顔に戻り「美味しね」と双子と笑いあっていた。