10話
梔子の絵を描き終えてから一週間、梔子はパタリと和真の家にもアトリエにも来なくなった。
(ま、そんなもんか)
当の和真も最初の内はたいして気にしてはいなかったが、真っ白なキャンパスに向かって筆を取る度に、あの日の梔子の姿が脳裏に浮かび、手につかなかった。
「は〜?王子が最近なにしてるかって〜?そんなのなんで俺に聞くんだよ、お前の方が仲良い癖に」
首を傾げる悟史に和真は「別に仲良くはねーよ」と呟く。
「つか、俺に聞かないで本人に聞けよ、連絡先くらい知ってんだろ?」
「あ、」
「な?」
悟史の言葉に和真はハッとし、スマホを取り出したが、すぐに画面に滑らせていた指を止め、再び悟史を見た。
「あいつ、スマホ持ってねーんだった」
「はあ!?王子は原始人か!?え、じゃあお前らいつもアポなしで家とかアトリエとかに一緒に居たわけ?」
「一緒にって…違う、あいつの方から押し掛けて来てたんだよ」
「なんだそれ、すげーな。幼なじみラブコメみてー」
「何言ってんださっきから」
一人でケラケラと笑っている悟史を横目に、和真は溜息をつきながらふと外に目をやると、なにやら校舎の外に人集りが出来ていた。
(もしかして)
人集りの中心にいるであろう人物を想像し、和真はその場に自分の荷物も置き去りにして外へと走り出した。
そして群がる生徒達を掻き分けてやっとの思いで中心地へとたどり着くと、そこにいたのは和真が想定していた人物ではなかった。
「なに?」
空虚で大きな漆黒の瞳で突然人混みの中から飛び出してきた和真を見上げるのは梔子を付き人としている画家の空秋だった。
「そこどいて、さっきから進めなくて困ってるの」
「梔子、あいつは一緒じゃないんですか?」
「は?」
「アンタの付き人はいないのか?」
和真の不躾な質問に、空秋は激しく眉を歪めた後、思い出したかの様に口を開いた。
「ああ、あの子ならもう帰ったわよ」
「……帰った?」
「話はしてあげるから、とにかくこの人集りから抜けさせてくれない?私は客寄せパンダじゃないんだけど」
有名な画家の登場に盛り上がり、押し寄せてくる生徒達を心底不快そうに見ながら空秋は小さな白い手で和真の柄シャツを掴む。
こうされると和真の庇護欲がくすぐられてたまらない。
和真は小さな空秋を背負うと、自分のアトリエへと猛スピードで走った。




