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君に描いて欲しいんじゃないんだ、君にしか描けないんだ。
「僕を描いてくれないかな」
大学の広い裏庭で沢山の学生達が自分の作品を広げている中で、ただベンチに寝転がっていただけの和真は、急に上から顔を覗き込まれ、一瞬声が出せなかった。
「え、誰?」
深いクマが刻まれた目を擦り、和真が起き上がると、声をかけてきた男はにっこりと微笑んだ。
「僕は梔子。絵画専攻してる。よろしく」
「クチナシ……?」
穏やかに微笑む男子生徒のその名前に、和真はどこか聞き覚えがあり、思い出そうと首を傾げた。
そして記憶の糸をあともう少しで掴めるというところで、男子生徒の更に後ろから冷たい少女の声がした。
「梔子、いい加減にして。個展に遅れるでしょ」
「ああ、空秋さんごめん、今行くよ」
20歳そこそこのまだ幼さの残る少女を振り返ると、梔子は立ち去りながらニコニコと和真に向かって手を振り、「それじゃあ、来週のこの時間に君のアトリエに行くからよろしく」と言って少女と共に歩き去ってしまった。
(いや……なんで俺だよ……)