日常
目が覚めると筋繊維がブチブチに千切れたとんでもない痛さが無くなっていた。
「すごぉ…」
手をグーパーグーパーさせてみる。手の皮はちょっと痛いが絶好調である。
〔おはようございますマスター〕
「おはようマインド。3時間しか寝ていないのに最高の目覚めだ」
〔睡眠の効率化はかなり効果が実感しやすい様ですね〕
「手の皮の方が筋繊維よりも早く治りそうなもんだけど」
〔優先順位を付けたのです〕
オレは部屋を出てリビングへ行く。
「紗南さん帰ってきてないのか」
どうやら紗南さんは昨日から忙しいらしい。オレが昨日ちんぴら狩ったことともしかしたら関係しているのか?
〔ありえない話ではありませんが。チップの解析が行われている可能性も〕
「え?壊したじゃん」
〔はい。なので大して解析はできないかと〕
「ほーん、紗南さんの仕事って技術開発なんだよねー」
外を見つめてみる。快晴である。
「さあ頑張ろぉー」
〔テンション高いですね〕
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教室へ歩いていると後ろから最高の響きが聞こえてきた。
「おはよっかれん君」
んかれん君ッッッッッ!最高だッッッッッ。
「あーあー、かれん君?」
「あ、おはよう由端さん」
「今日から授業だね」
「そうだね、がんばろ」
由端さんがオレの手をジーッと見てくる。
「ええと、どうかしたの?」
「あっいや、その手袋今日も付けてるんだね。宗教上の都合、だったっけ?」
なんでオレそんなこと言ったんだ?自分が不思議だ。冷静でなかった、ということは無いのだが。
「あーいや、まあ無宗教なんだけど」
「え?そうなの?」
「あぁうん、オシャレでつけてたんだけどちょっと恥ずかしくて適当言っただけだよ」
「なにそれ」
笑いながら由端さんが答えた。
ガラガラっとドアを開け教室に入った。
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帰りのHRが終わった後田代に呼ばれた。
「…なんすか」
「あー昨日係決めしたんだよー。でもお前休んだからさー残った係がお前に決まったんだよー」
「成程、で何になったんですか」
「化学と数学Aと地理の教科係と整備委員」
「は?多く無いですか。皆はいくつやってるんですか?」
「1つか2つだー」
なんだこいつぶっ殺してやろうか。
「…じゃあ何で」
「嫌なら他の人と交渉して代わってもらえー、じゃあ俺忙しいからー」
そう言って田代は教室を出て行った。
〔雑な人間ですね〕
あいつのせいで由端さんと一緒に帰れなかったし、いつか財布スッてやる。
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「なんなの…これは」
与田野紗南は矢島海斗の近くにあったアタッシュケースの中身が何であるのか、調べていた。二つあるうち片方は超小型化されたAIであるとわかった。だがもう片方の方はわからない。ナノテクノロジーの中でもここまで精密に作られたものは他に無い。とてつもない技術ではあるが、こんな物見たことない。この技術が使えるようになれば技術が一気に3年は進むレベルだ。
「せめて壊れてなきゃね…」
どちらの機械も、踏まれて壊れていた。偶然壊れたわけではない。意図的に破壊をされている。
「もう無理よぉ〜ぉいぉいぉいぉいぉいぉいぉいぉいぉい」
「やかましい」
同僚の境が奇声を上げる。
「だってぇ用途すらわかんないもん〜。なんでこんな技術があるのに特許申請も出さないのよぉぉぉ」
「反射会組織の技術、だからでしょう。にしてもそろそろ限界。処理しなきゃいけない書類も溜まってるしね」
「そっちも嫌だよぉぉ」
これ程の技術で特許申請をしない、公になると困る…?
「ほんと何なのよ…」
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「ぴえぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
下校中、団地でオレは意味もなく叫んだ。
〔マスターはやはり少し狂っているのですね〕
「あるんだよ、たまに叫びたい時が。てかやはりってなんだよテメェ」
〔まともな人間は誘拐された翌日ここまで元気ではないかと〕
おっと人がいる。地球人だ。あれ…杉野か?
前にノル高校の制服を着ている地球人の少年が自販機を見つめていた。
〔その様ですね。彼はマスターと同じマンションに住んで居るのでは?〕
あのマンションって国営技術開発病院の寮みたいなやつなのかな。
「や、杉野」
声をかけると杉野は振り返った。
「ええと…宮之内?」
「イエェスあいあむ宮之内かれん。君は帰り?ここのマンション住んでるの?」
「あぁ…お前も…なのか?」
「あ、うん。そうだよ」
「…お前地球人なのか?」
オレの頭を見ながら言ってきた。
「うん。髪は染めてるんだよ」
「そうなのか…」
杉野は複雑そうな顔をした。まあそうだろう。自分は少し蔑視されているのに同じ立場の奴がそれを隠して普通の生活を送っているのだから。
「てかそこ住んでたんだな。なら明日一緒に学校行かないか?」
「は?…まあいいが…」
「じゃ、明日七時半にロビーで待ってるわ。また明日な。」
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部屋で横になりながら係の仕事をまとめた紙を眺めているとマインドが聞いてきた。
〔地球人だと明かしてよかったのですか?〕
「別に今は隠してない。杉野に対する反応見て分かったけどさ、今は皆あんまり気にしてなさそう。さすがは高偏差値学校だな、しょうもねぇいじめがない」
〔では何故彼と距離を詰めたのですか?〕
「友達欲しいから。由端さん昨日のうちに女子の友達作ってんだよ。そしたらおいらはぼっちさ」
〔気にするタイプですか?〕
「いや、あんまり。でもなんか欲しかったから。てかなんだよこれ」
整備委員と化学の教科係の相方に綾女と書かれていた。
「面倒くせぇぇあのツンデレ」
〔ツンデレ?嫌われているだけでは?〕
「グハッッッ!!」
吐血した。
「ぶ…ぶつかっただけでちょっと揉めた以外何もないじゃん…」
〔『揉めた』時のマスターの対応が悪かったのですよ〕
「お、お、お前その時居なかっただろうが!」
〔マスターの記憶は私の記憶でもあります〕
「見てろよ、絶対嫌われてねーし」
〔何を見せるつもりで?〕
「…お前は気にしなくていいんだよ!はい、リピートアフターミー。『いえすゆあはいねす!』」
〔…yes your majesty〕
「何故言い変える」
〔別になんでも〕