逢魔が時
ある夏の日、なんだかよく分からないままに、道に迷ってしまった。
いくら車を走らせても、1車線の山道が続くだけだった。
幸い道は舗装されていたが、ガードレールもなく、ところどころ落石が転がっていた。
道の両側の急斜面にあるのは針葉樹の人工林だったから、少なくとも人の手が入っているのは確からしく、そしてそれとアスファルトの路面が、まだここが人間の世界だという事を感じさせてくれていた。
深い林の向こうの空はまだ日没の直前で、辛うじて明るかったけれど、道は光を遮られ、暗かった。
私は車のヘッドライトを点灯させた。うねうねと曲がりくねった道の両脇の林に、怪しい陰が浮かび上がった。
ラジオは付けていたが、雑音ばかりで何も聞き取れなかった。
カーナビは狂って、道のないところを現在地として表示していた。
どこまで行っても、山道が続くだけだった。
どういうことなのだろう。別に九州山地の奥深くに入ったわけでもない。郊外のあたりを走っているはずなのに、人の気配が感じられない山道を延々と走っていた。
そのうち、日没の時間となったらしい。山の中に夕闇が降り始め、ただ、空だけが残照を見せて輝いていた。<
その時、ようやく一軒の民家に行き当たった。
山の中にしては場違いな洋館で、少なくとも廃屋ではなさそうだった。
私は生垣の門の前に車を停めて、玄関に向かった。
少なくとも、幹線道路への道順を教えてもらえるだろうと思ったのだ。
けれど、呼び鈴を押しても、返事はなかった。中で人が動く気配もなかった。
私は、庭に回りこんだ。庭は手入れが行き届いていた。軒下に置かれたクーラーの室外機が回っていた。そして、厚いカーテンの閉ざされた窓の向こうからは、延長戦に入った高校野球だろうか、それともプロ野球だろうか、野球の実況放送が聞こえてきた。
窓に向かって、「ごめんください」と声を張り上げた。
しかし、やはり人の気配はしなかった。
私はあきらめて、車に戻り、山道をさらに先に進んだ。
すると、3分もしないくらい短いうちに、あっけなく幹線道路に出た。
山道と幹線道路との角に、コンビニがあった。
私はホッとするとともに、疲れが急に出てきた。車を駐車場に停め、よく冷えたコーラを買った。
コーラを飲みながら、車に戻らず、幹線道路に向かった。
山道の入口まで来て、私はコーラを生唾とともに飲み込んだ。
私が確かに走ってきた山道は、そこにはなかったのだ。