誰が為のクリスマス
白い雪が降り、街はカップルが行き交う。
お店も音楽もキラキラと輝き、どこもかしこもクリスマスだった。
サンタのコスプレをして、楽しそうに笑っているあのテレビの中のアナウンサーは先日プロ野球選手との結婚を発表していた。
ふと手に持っていたコンビニで340円のケーキと、酔うためだけの9%のアルコールに目をやる。
あれだけ軽蔑していたお父さんと同じように見たくない現実をアルコールで洗い流そうとしているのだ。
「はぁ…」
吐いたため息は白くなり、皮肉にも街を装飾する一部に成り下がった。
私はクリスマスが好きじゃない。
裕福ではなかった私の家にはサンタはやってこなかった。小学校、中学校と同級生がサンタさんにゲームをもらった、服を貰ったと話をしている中、何ももらえなかった自分は周りに合わせて嘘をつくことしか出来なかった。その嘘をつくたびギュッとなる心臓をどうにか抑えていた。
あとどれくらい、いい子でいればサンタさんはやってくるのかと幼いながらよく考えていたものだ。
それでも母は好きだった。貧しいながらにクリスマスツリーを飾りつけたり、ジャムとパンと生クリームでケーキを作ってくれたり、今思うとかなり無理して頑張っていたのだろう。
しかし、中学2年生のクリスマスイブに母は事故にあって死んだ。夜中まで仕事をして自分にプレゼントを買おうとしていたそうだ。プレゼントを買った帰り道、酔っ払ったカップルが乗った車に轢かれ死んだ。
サンタさんがクリスマスにくれた初めてくれたプレゼントは母の死、そして粉々になったゲーム機だった。
母が死んでから生活はさらに辛くなった。母が死んだことで一瞬まともになったと思われた父親は、慰謝料を酒とギャンブルにつぎ込み、一ヶ月後には前よりも酷いありさまだった。
高校に進学することを辞め、働くことにした。
しかし中卒、親の補助のない子供に社会は冷たかった。
奴隷同然に働かされ、手取りは15万ちょっと、13時に外車に乗ってやってくる社長に怒鳴られ、心も体もボロボロだった。
就職して5年が経ち、成人式があった。綺麗な格好をした同級生、お酒を飲み自分の境遇を話し出す。
みんな恋愛や親と上手くいかないと嘆く。共感などできるはずもない。私はまた話を合わせるため嘘をつく。不思議と心臓はもうギュッとしなかった。汚れてしまったのだろう。
酔っ払って赤くなり、辛さから目が少しきつくなっている。あの大嫌いな父親に似てきてしまった自分の顔をトイレの鏡越しに精一杯睨みつけて、笑顔を貼り付けて同級生の元へ帰った。
そんな成人式からもう8年。
仕事を3度変え、少しでも生活が豊かになるよう頑張った。しかし大きく変わることはなく、どうにか生活をしていた。
「う…うっ…」
家への帰り道に通る公園から泣き声が聞こえた。
一度、通りすぎたが気になって引き返して公園を見ると中学生くらいだろうか、女の子が1人でブランコに座り泣いていた。
これぐらいの歳の子が22時を回ろうとしている冬の公園で泣いているのはきっとただ事ではないだろう。
「どうしたの?」
あまり近づかないように遠くから話しかけた
ビクッとした後に1回こちらに視線を向けるとキッと睨みまた泣き始める。
私はその目は知っていた。成人式のトイレで自分がしていた目だ。父親の背中にいつも向けていた目だ。
近いものを感じてその子の横のブランコに座って、コンビニの袋から酒を出し飲む。
その子の方に顔を向けることなく、まっすぐ前を見てただ隣にいてやろうと思った。
500mlの半分ぐらい飲んだ時、泣き声が少し小さくなった。
「…おじさんなんでそこにいるの」
蚊のような小さい声で話しかけてきた
「俺がどこにいようと勝手だろ。家いるのあんまり好きじゃないんだ」
「…大人なのに変なの…でも私と一緒だ」
「一緒か…ケーキ食べたか?」
首を振っている。
袋に入ったケーキを取り出してその女の子にあげることにした。
「食べろよ、安いやつだけど。」
「おじさんのでしょ?いらないよ」
「間違って買ったんだよ。甘いの好きじゃないし」
「だったら返品すればいいじゃん」
「うるさいガキだな。あげるって言ってるんだから黙って貰っとけ、子供の頃しかわがまま言えないんだぞ」
「じゃあ貰ってあげるね」
そういうとケーキを受け取り、1口2口と嬉しそうに食べ始める。
食べ終わったのを見届けたあと少し話してみることにした。
「何歳なの」
「14」
「…中2か、こんな時間に家に帰らないで大丈夫なのか?」
「どうせ誰もいないし、」
「そっか、でも寒いから家に帰れよ。」
「わかったよ。サンタクロースのおじさん」
「…サンタのおじさんね」
こんなケーキでサンタになれたらお母さんはきっと死んでなかったんだろうな
そう言いたかったが、この子に言うのは違うだろう。
手を振って帰っていく女の子を見送ったあと空を見上げて、白い息が消えるのを数回見たあと家に帰った。
その日からたまに、その女の子に公園で会うようになった。
相変わらずサンタのおじさんなんて呼ばれているが、少しだけそれが嬉しいような気がした。どんな形でさえ必要とされていることが嬉しかったのだ。
何度か話していく中で彼女の家庭についてわかってきた。
どうやら両親ともいるらしいのだが酒癖が悪くよく物を投げあったり、殴り合いになったりで、とばっちりを受けるらしい。
親は彼女が産まれる前に1回警察に捕まっていたことがあるらしい。理由は知らないらしいがそのせいで対した仕事につくことができず、家は貧しいみたいだ。
彼女と公園で会うようになって10ヶ月たったある日、いつもと同じように公園行くと物陰から警察が近づいてくる。
「最近この辺りで女生徒に話しかけている男がいると通報がありました。あなたですよね?」
「え…いや。それは」
「話は署で聞きますね。」
「いや、だからそれは」
こちらの話を聞く気はないらしい。パトカーのサイレンがなる。
音に反応したのか近くの住民がこちらを見ている
「ロリコンだってよ」
「汚い身なり、死ねばいいのに」
「きっしょ」
罵詈雑言の嵐だ。こちらの背景なんかこれっぽちも知りもしないのに
野次馬はみんな、あの目をしていた。そうか味方はこの世界にいないんだった。少しずつ寒くなり始めた空を見上げていると詰め込まれるようにパトカーに乗せられる。
「もういっか…」
どこにいたって結局居場所がない自分は警察署に入ったところで誰も悲しまないし、困らないだろう。ただ彼女が心配だった。
パトカーから集まっている野次馬を見ると肩で息をしている彼女がこっちに向かってなにか叫んでいる
「サンタのおじさん!!!サンタのおじさん」
初めて聞くような大声で何度も自分を呼んでいた。
笑顔で手を振る。
悪いことをしていた気はしなかったが、自分みたいな身なり身分の30手前の男の言うことに耳を貸してくれる人などいないようで、弁護士でさえ「認めちゃった方が早く出れますよ」とのことだ。
どうでも良かったので認めることにした。
裁判に手錠をつけられ入場する、あの子の親も被害者として出廷するらしい。
どんな顔しているか見てやろうと入口に目をやるとガチャっとドアが開く。そしてあの子の親が入場する。
「…え?」
忘れもしない、その顔に絶句する。法廷には似合わないパジャマみたいなカッコで入ってきたそいつらは母を轢き殺したあのカップルだった。
「嘘だろ、お前らっ!!!」
「不規則発言やめてください」
裁判官が言う
「おー、怖い怖い。ロリコンは喋んなよ」
そいつらが言う
「お母さん轢き殺したの忘れてないからな!1度も忘れたことない!覚えてるか!てめぇらがクリスマスに俺にしたこと覚えてるかって言ってるんだよ」
制止する警官を押し返し、あいつらを殴ってやろうと身を乗り出す。しかしすぐに抑え込まれてしまう。
「休廷」
裁判はまた後日することになった。
彼女は自分の母を轢き殺したカップルの子供だったのだ。
そんな奴に10ヶ月も時間を費やしていたのだ。
全てが嫌になり、その後の裁判のことは何も覚えていない
執行猶予付きの判決で服役することは無かったが街に住むことも仕事も続けることも出来なくなり田舎に引っ越すことになった。
世界はどこまでも冷たい。そしてまたクリスマスがやってきた。
今日は向かう場所があった。バックの中にナイフを忍ばせ母のお墓に向かう。母のお墓はあの公園の近くにあった。
公園に近寄らないよう言われていたが母の命日ぐらいはいいだろう。
母の墓にケーキを供え、自分用のケーキを泣きながら食べた。
そしてナイフを出し、首に当てる。
呼吸を整え腕に力を入れる
「今そっちに行くからね」
「待って!!!!」
声のするほうを見るとあの子が手に袋をもって立っている。
「待ってサンタのおじさん…まだ待って」
「お前の親が俺にしたこと聞いたろ?俺はその子供を10ヶ月も面倒見てて、それで捕まって今度こそ全部無くしたんだ。もういいだろう生きていなくたって」
自分が何を言っているか分からない。この子が悪いわけじゃないのもわかっている。しかし言葉は止まらない
「一緒に食べよう。また一緒に食べよう…」
彼女は泣きながら袋からケーキを取り出す
彼女の家の状況でそのケーキを買うのは難しいだろう。きっと無理して買ったケーキだ。きっと幼いながらどうにか考えた罪滅ぼしだったのだろう。
「私来年高校に行けることになったの。おじさんが払った慰謝料で」
「…そうか」
「皮肉だけどおじさんのおかげで私は救われたの。きっと恩返しする。今度はおじさんを私が支える番なんだ。だから辛くても3年待ってて」
「うっ…う」
「あの時と反対じゃない…」
優しく抱きついてくる彼女の暖かさに泣くことしかできず、震えた手からナイフが落ちた。
3年後彼女は就職していた。どうやら大手の出版社に就職したらしい。
そして私はこの数奇な人生を自伝として小説を書くことになった。
「サンタのおじさん、もう原稿は出来上がりそう?」
「ああ、もうあと少しだ。なあ最後に主人公を幸せにしてあげたいんだ」
「どうして?若い彼女がいて出版の約束があって売れる保証はわたしがするよ、もう幸せじゃない?」
「でも少し足りないかも。結婚なんてどうだろう。良ければだけど」
「…いい案だね。気に入った。」
クリスマスの夜の事だった。