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メモ4  作者: ノットビーレディ
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森の中での戦い

必要なものを詰めたバックパックを背に洞窟から這い出て、日の光を浴びる。俺のいた洞窟は崖際にあるから、陽の光が木に遮られることなく燦燦と輝いている。




洞窟の外へ出てみると、あたりの様子は昨日とは、また少し変わっているようだった。


雪が若干溶けて、膝まであった雪はすねが埋まる程度に収まっているし、木に降り積もっていた雪は薄れ、風が吹くたびに青々とした葉が見え隠れしている。


「んー...」


何気なく伸びをして、新鮮な空気を吸う。


洞窟の中は、寒さは凌げるがジメジメとしていてどうにも息苦しかった。火を焚いたのが良くなかったのだろうか?一応換気はしていたし、問題ないはずだけど。


寝る場所が変わると良く眠れないと聞くけれど、その点に関しては問題なかった。まあ眠っている間に変な夢を見たせいで、寝た感じはあんまりしないんだけれども...逆に言えば、それは浅く眠っているとも言い換えられるんだけれどもね、でも疲れはとれたし、体は軽いから、別にいいだろう。


朝になって洞窟の奥を見たけれど、予想を裏切ることはなくそこには何もなかった。一時は、寝ている間に何かあったら、とか思っていたけれど、杞憂だったな。


洞窟の位置が分かるように入り口の近くの木に目印になる傷をつけると、いよいよ出発する。行き先は、東の遠くの方に見える大きな木。


なんでそれを目指すのかって?


実は、ある方法でシャングルファンが教えてくれたのだ。目覚めた時に、懐に入っていた黒い小包があっただろう、あれの中に入ったいた本に一枚の紙切れが挟まっていたんだ。




『ハベル君




 この本は君への選別の為に用意しておいたものだ。


 ここで生きていくための道しるべが書かれている、役に立ててくれ。




 いいかいハベル君、よく警戒したまえ。


 そこには君の命を脅かす、ありとあらゆる危険が潜んでいる。




 君がいつこの手紙を読むか分からないが、


 夢の日から数えてもチェックの開催までに残された時間はかなり少ない。


 およそ十五年ほどだ。




 手遅れにならないよう、急ぎたまえよ。




 ―追伸




 幸運を祈っている。


 私は君のことを陰ながら応援しているよ。




 最初は天と地を繋ぐ大樹ジェベンナルを目指しなさい。


 洞窟を出て東に見える一番目立つ木がそれだよ。




 そこには君が必要とする情報があるはずだ。




                            シャングルファン・ミモレット』




ありがたいのか、それともあの夢が現実であることが間違いないと、もはや認めざるを得ないのが、残念なのか。複雑だ。あいつが俺をあの場所へと呼んだ理由が、果たして俺に事情を話すためだったのか、俺の聞きたいことにこたえるためだったのか、なんにせよ、そんな都合の良い話はない。きっともっと利己的な理由で俺はここで目覚めたはず。


だが、夢の中でしかあっていない人物の書いた手紙が自分の懐にあるなんてのは、もう信じないほうがバカだろうな。いい加減、現実逃避しているのをやめようと思う。




そういう訳で、俺は行き先をあの大樹と決めて動くことを決めた。当分の目標はあそこに着くことだ。


だけど、あの大樹、遠近感がおかしくなるほどにデカい。雲を突き抜ける程に高く、周りの木が蟻んこのように見えてしまう程に太いので、案外近くにあるんじゃないかと錯覚してしまうが、間にある木々を見ると、大変な距離があることがよく分かる。目測だけでも数百キロは離れてそうだ。自動車も何もなく、徒歩で行かないといけないから、相当な時間を要することになるはず。しかも、手紙には命を脅かす危険がいくつもあると書いてあった。とすると、ただ歩いて行く、とはならない訳だ。それをふまえると、数か月くらい...あるいは一年くらいはかかると思っておいた方がいいだろう。


...ただし、それは通常の人間ならばの話だ。俺の体には、何らかの力が眠っていることが分かっている。道中でその力が目覚めてくれれば、移動速度も飛躍的に上がるかもしれない。だからと言って、これはあくまで願わくば、の話だ。あまり期待せず、やはり徒歩で行くと思っておこう。




さて、肝心の話に移ろうか。


どうやってあの大樹へと行くかだ。なんせ、いきなり大きな問題が出てきている。それは何かって?


...あの大樹、崖を跨いだ向こう側にあるのだ。ここには人が住んでいない、となると当然、人工物はないわけで、崖を渡るための橋なんかない。つまりは、何が問題なのかというと、向こうに渡る方法がないのだ。


となると、まずは渡るための方法を探さないといけない。


幸い、ここらは昨日よりも雪の量が減っているし、日差しがあるから森の中も比較的見通しも良くなった。だから、向こうに繋がる道を探すために森の中を散策をするのも一つの手である。


後は、何かあるだろうか?


...川に落ちる?いや、普通に落ちただけでも死ぬだろうし、仮に川に落ちて死ななくても、崖の下に流れる川は見たこともないくらいの激流だ。陸に上がれずに、どこかに流されてしまうだろう。却下だ。


...カタパルトでも作ってみる?アホか、自分でいっといてなんだが、アホか。崖の間は優に五十メートルはあるんだぞ。それに、そんな大層なカタパルトを作る技術も、時間も、材料もない。仮に作れたとしても、向こうの地面に勢いよく落ちて大怪我するに違いない。却下だ。


...それなら、バスに戻って救助隊が来るのを待つ?一番無いね。ここは、残念だけど地球じゃないのが分かっている。あんな木は世界中どこを探してもないだろうし、夢の中の人物が手紙を渡してくることもないし、雪の中で目覚めることも...いや、それはもしかしたらあり得るのかもしれないか。


だが、それが期待できないのは明白だ。救助隊どころか、人と会うことすらできないだろう。いや、もしかしたらここにも人が存在するのかもしれないが、しばらく会うことはないと思う。ならば、救助隊を待つだなんて、餓死するまで何もせずじっと待つみたいなものだ。ならば、少しの可能性に賭けて、移動する方が得策なはずだ。やはり、森の中を探してみよう。それが一番良さそうだ。そういう訳で、俺は洞窟を出発した。




出発してから、数十分経過した。


雪が浅くなったとは言ったが、格好が登山用でもハイキング用でもない服の上に、単純に雪道に不慣れだからか簡単に体力が取られるのに変わりはなかった。寒いことにも変わりはないし、かじかんで思い通りに体が動かないのも、精神的にもつらいところだ。


一人でいる時間が長いと、悶々と考ることも多くなってくる。特に、道中なにも変化のない森の中を延々と歩いているのも、それに拍車をかけているんだろう。


ふと浮かぶのは、やはりエマの顔だ。そして思い出すたびに、胸が締め付けられる。なぜってシャングルファン曰く、彼女も俺と似たような目に遭っているといっていたから。いつも強気だけど、本当は脆く弱いあいつが、雪山に一人でいるってことだろう。そんなのきっと困り果てているだろうし、もしかしたらすすり泣いているかもしれない。なにより、それでも今すぐに助けに行くことのできない自分に腹が立つ。


チェックとかいうもののために、彼女を一人にさせてしまった。だから、今の俺がすべきことは一刻も早くチェックを終わらせること。それができれば絶対に彼女を、エマを助けられるはずだ。


そんな形で決意の様なモノができた頃、いつのまにか森の中は昨日よりもさらに濃い霧に包まれてしまっていた。近くにある木も、ハッキリと見えないくらいの濃さだ。


「ついていないな」と独りごちるも、歩みを止めることはせずにそのまま先に進む。




それからまたしばらく歩いた後だった。濃い霧に包まれた場所から、霧が少し晴れた場所に出る。やっと、鬱陶しい霧から解放され、意気揚々とそこを歩こうと思ったら、その中央にのそのそと歩く人影らしきものを見かけて、思わず声をかけようとしたが、すんでのところで言葉を飲み込み、咄嗟に態勢を低くして、木の陰に隠れる。


というのも、見た瞬間に直感で危険を感じた、目が合ったような気がしたのだ。


視界の中に収めた時を境に、体中にずっと怖気が走り、皮膚がぴりつく感覚に襲われているのだ。


その判断は、結果的に正しかった。


「...どういうことだ?」


俺が言葉を飲み込んだ理由は、他にもある。例えばその容姿だ。別に、不細工だとか、デブだとか、そういうわけじゃない。なら何が変なのか。遠くからでもわかるほどに、着ているものが既に服と呼んでいいのかわからない程にボロボロだったのだ。まるで何十年と、服を着続けているかのような印象だ。その上、普通に生活していれば、そんな事にはならないような感じで服はずたずたに破れ、辛うじて服の形を保てているようなものなのだ。


その時点で一瞬逃げるという考えも頭に浮かんだが、目覚めてから初めて舞い降りた人との出会いをみすみす見逃す事は出来なかった。少なくともそれだけであの人を避けて行くような判断はできない。


―――息を潜めて、近づいてくるその人を観察する。


...そいつが近づけば近づく程その様子がハッキリと分かるようになり、同時に臭ってくる嫌な臭い...鼻につくようなような嫌な臭いが強くなっていく。


もはや二十メートルとない距離にいるが、向こうはまだ俺の存在に気が付いていない。そしてそこまできて、やっとそいつの全体像が見えるようになった...見えるようになってしまった。


「――――ッッツ!」


―――声にならない声を出しつつ、慌てて顔を引っ込める。




一瞬見えたのは、とてもおぞましい姿をした何か...俺が今まで見たものの何よりも恐ろしい姿だった。頭に目、鼻、耳がない代わりに顔面に裂けるように大きな口が二つ。頭部は禿げていたのだが、所々に禿げるのを通り越した部分があり、なんと頭蓋のようなものが見えていた。


首の肉は付け根から千切れたようになくなり、細い筋と骨だけが体と頭をつないでいて脊髄は諸見えになっており、骨盤あたりまで皮膚も肉もついていない。


そして羊に似た足が生えていて、それで自然に二足歩行をしている。手には盾と...多分、採掘に使うようなピッケルを持っていた。


(なんなんだ、あれ...)


あれが、シャングルファンの言っていた命を脅かす危険なんだろうか?うん、そうに違いない。何の根拠もないが、確信に近い。


さっき見た姿が目に焼き付いている。今まで見たどの生物とも似つかない姿...強いて言うなら映画に出てくるゾンビなんかが一番近い気がする。


「...」


やつは、いまだこちらに向かってきている。とりあえず、関わらないほうがいいのは間違いない。じっとしていればバレないだろう...バレないでほしい。目や耳がなかったんだし、じっとしていれば、バレないはずだ。きっと大丈夫。


だが、どうしてだろう。どうにも不安が拭いきれない。あいつがどこかに去るまで、息を潜めてやり過ごす。それでいいはず。


やはり相手が何なのか、どんな特徴を持った生き物なのか分からないからだろうか。




どれくらい経っただろうか。


身を隠してから実際には一分と経っていないのだろうが、一時間くらいに感じてしまう。


未だに奴の気配は感じる。というかこの強烈なにおいのおかげで、どこにいるのか分かる。今は、丁度俺の木の裏に差し掛かったあたりだ。このまま行けば、問題ない。


そうなれば俺のこの予感も、ただの思い過ごしってわけだ。


だが、しばらく経っても臭いは消えない。もしかして立ち止まっていたりするのか?


やめてほしい、さっさとどっかに行ってほしいってのに...でも、もしかしたらにおいが残っているだけって可能性も...


「...」


俺は思い切って一度、木の陰から顔を出してみると、そこには奴の姿はなかった。


本当にどこかへ行ってしまったのか?


木の陰に隠れたまま、耳を澄ます。


先程まで小さく聞こえていた雪を踏みしめる足音も聞こえない。本当にいなくなってしまったみだいだ。


俺は、勝手に災難が過ぎ去ったと安堵してしまい、そのせいで一刻も早くこの場から離れたくて、木の陰から体を出してしまった。


しかし、そこに待っていたのは、大きな口を吊り上げ笑う怪物であり、そいつが凶器を振り上げていた。


「――――ッッッツ!!!!」


咄嗟の判断で横に転がり、間一髪で何とか回避に成功する。


態勢を立て直し、奴の方に目を向けると俺に攻撃が当たらなかったにも関わらず愉快そうな表情を顔面に張り付けていた。凶器は俺のいた場所の木に深々と突き刺さり、今にも木が折れて倒れそうな程。ふと目の端にだらんと垂れた袖が見えて、右腕の部分の服が裂けて腕にも薄い線がついていることに気づく。


本当に、間一髪のところだったみたいだ。あと少しでも反応が遅れていたら俺の腕は斬り落とされていたかもしれない。そう思うと、たちまち恐怖が全身を襲い、硬直してしまう。


「...」


奴と目が合う。俺と奴との距離は一メートルくらいだろうか?


逃げる?いや、追い付かれて背中からバッサリ斬られたらおしまいだ。常に最悪を考えて動くべき―――




ブゥゥッッッンンン!!!




という大きい音と、強烈な風圧と共に奴の凶器が迫ってくる。いつの間にか奴は木から凶器を引っこ抜いて、こちらに近づいてきていたのだ。


俺は急いでしゃがみ、頭の上を通り過ぎる凶器をすれすれで避ける。


「はぁ...はぁ...(―――何を考えてるんだ。こいつの前で悠長に作戦を考えてる暇なんてないだろう)」


特に激しい運動はしていないはずなのに、妙に息が荒れている。心臓が飛び出そうになるほど鳴っている。


また間一髪で避けれたが、今度も避けられる自信はない。奴の攻撃が見えたわけじゃない、本当によけられたのは偶々なんだ。横に転がったらたまたま回避できただけ。しゃがんだらよけられただけ。


奴は、また木に刺さってしまったピッケルを抜こうとしていている。


こんな時はどうすればいい...正直、逃げれる気はしない。こちらから攻撃しようにも武器になるようなモノは何一つ持ち合わせていない。


もっと合理的な方法を考えないと―――


「―――違うな。」


そうじゃない。そんな弱気でどうする。ビビるな、ポジティブに考えろ。


ここでは、こんなすぐにこんな怪物と出くわすんだ。いま逃げ切れたとしても、この先、絶対に限界がくる。俺は、ここで生きるためには、こいつを倒すべきだ。


もっとシンプルに考えろ。


俺は難しく考えて動くことに向いていない。どうせ考えてもろくな事にはならない。


立ち向かって無理だった時に、その時にやっと逃げればいい。あいつは不気味だけれど、体は骨ばかりで脆そうだし、案外殴ってみたら何とかなるかもしれない。今は、それくらいの考えでいいんだ。


「上等だ。いずれ戦うんなら、逃げないで戦ってやるよ」


俺の体の震えは、いつの間にか止まった。ありがたいことに俺の体も、どうやら戦うことに前向きなようだ。


「グルァッ!」


そうこうしているうちに奴はピッケルを引き抜くことに成功し、そのいやらしい笑みを浮かべた顔をこちらに向ける。上の口も、下の口も、笑った隙間から見える歯は血肉で汚れた汚らしいもの。一体、どれだけの命を奪ってきたんだろう。


「くそっ...どっちにしろ戦うんなら、さっきの間に攻撃しておけばよかったな」


終わったことを嘆いていても始まらない。分かっている、今のはちょっとした愚痴だ。


「―――よし。」


まずは相手の動きを理解する。


俺は喧嘩はしたことないし、勿論武道を嗜んでもいない。精々授業で習った剣道や柔道くらいが関の山だ。


であれば無闇に突っ込んでいっても勝てる可能性は低い。


そうして、あいつにどうにかして隙を作らせて殴る。幸い、よく見て注意いていれば凶器を避けることは出来る。


二度避けれたんだ、もう一度避けれないはずないだろう。


「...ま、強気になれば避けれるような気がしてきただけなんだけど」


近くにあった先のとがった枝の破片をつかむ。


「―――無いよりましだろ?」




しかしそれから行われたものは、戦闘と呼ぶにはいささか不格好といえる戦いだった。


というのにはもちろん訳がある。まず戦いはじめだが、いざ戦うと決めても奴のピッケルが思いのほか迫力があり及び腰でいたんだけど、横に振り縦に振りと単調な攻撃しかしてこないのが分かって、そこからだんだんとパターンをつかみ始めて、今はもう作業といってもいい状態だ。


そして、ここが俺にとって戦いやすく、あいつにとって戦いにくいという点。この森のいたる所に生えている木のおかげで奴がピッケルを振り下ろせば近くにあった木に刺さり、俺はその隙に奴の頭や足を適当に刺しピッケルが木から抜ければ距離を取る。といったようなヒットアンドアウェイ戦法を簡単にできる。


これが俺でも奴相手に場を有利に進められる有効な作戦。でも、この作戦が通じるのは、奴は小回りが利かないのか、とてもじゃないが俊敏とかそういったものには縁がないおかげ。おかげで俺も余裕をもって立ち回れる。


それに奴は俺に攻撃されても呻いたり、叫んだりといった反応がない。


...まるで痛みを感じていないかのように。


幾ら戦況を有利に進めていても相手にダメージが通っていないんじゃ意味がない。


奴を見ているとあまりにも反応が無さ過ぎて不安になってくる。


...できれば効いていないんじゃなくて相当痛みに鈍感な奴だと信じたい。


「...いつまでやればいいんだよ羊野郎」


いくら刺しても、全く効いている気がしない。奴の体には傷がついているのに、奴の動きは止まる気配がない。


もういっそのこと一度逃げてみようかな。こんなにとろい動きなんだから、上手く逃げれそうだし。


「...グゥォォ」


なんて考えが頭を過り、何度目か分からないが再び奴の体を刺した所で、羊野郎からこれまでと違う反応が返ってくる。低く呻いているようにも聞こえるし、もしや少しは攻撃が効いていたんだろうか?


様子を見ていると、奴はさっきまでやみくもに振り回していた攻撃の手を止め、完全に動きを止め、こちらの動きを窺うかのようにしている。


...まるで最初に目があった時と同じような態勢。


(...どう動くんだ?)




―――そう思った瞬間、背中に凄まじい衝撃を感じたと同時に意識が一瞬飛ぶような感覚に陥る。


「ぅぐっ」


猛烈な勢いで空を飛ばされ、その勢いのままに地面へと落ち、雪がクッションになってしばらく滑ったあと動きが止まる。


「くぅぅ...な、なんだ。」


あまりに唐突な出来事に目の前が白黒する。何とか体を起こして、恐らく落下したであろう跡を見る。


落ちた痕跡がある場所が十メートルくらい離れた場所にあり、間には滑った跡がついている。落下の衝撃を雪が緩和してくれたおかげで、体は少し痺れているが、満足に動けそうだ。


それより、一体何が起こったんだ?


突然、背中に強烈な衝撃を感じたと思ったら、次の瞬間にはここに落ちてた。なにが起きたのかは見れなかった。


ただ状況的に考えたら、誰が飛ばしたのかは分かる。どうやったのかは知らないが、きっとあの羊野郎だ。


改めて周りをみて、羊野郎がいないことを確認し安堵すると、ふたたび視線をあたりに移して、どんな場所に来たのか確認する。


(どれくらい、飛ばされたんだろうか?)


この場所は霧も晴れていて周りが良く見えており、さっきまでのうっそうと木が茂っている光景は影も形もない。この森に、こんなだだっ広い場所があるなんて思いもしなかった。あるのは木が一本もない平地に、いくつかの巨大な岩だけ。


少し離れたあたりに取り囲むように木がみえて、後ろの方には崖が見える。俺が見たことのある崖と同じものだろうか?


「もしかしたら俺が進んだ崖際の反対側に進んだ所って可能性もあるのか?」


いやいや、だとしたら俺が怪我ひとつなく無事なのはおかしいか。そうなると、俺の全く知らない場所ってことになるな。


着地地点には雪がクッションになってくれたからよかった、ただ問題なのはそれだけじゃない。むしろ、それだけ飛ばされるような攻撃をくらった部分が無事な訳はないはず...


「...くっ」


一瞬背中に痛みが走る。当然だ、もし吹き飛ばされたのだとしたら、直接衝撃の当たった背中が無事なはずがない。


むしろ少し痛むだけで普通に動ける程度に済んでいるのが奇跡みたいなものだ。


「...なるほどな。」


背中を触ってみてようやく分かった。どうやら背中のバックパックがクッションになってくれていたらしい。おかげで中にあったパンやらなにやらぐちゃぐちゃに飛び散っている。


いやそれにしたってこの程度で済むわけがないんだけど...まあ、大事に至らなかったのはありがたいし気にすることでもない...のか?


「...うん?」


バックパックの中身を見ていると、総菜パンで汚れた黒い小包が出てくる。包みをほどいてみると、一冊の本が何も変わらない姿で入っていた。あれだけの衝撃をくらったのにどこかが破れたりすることも、変形したりもしていない。


これは確か、シャングルファンがくれたものだったはず。


「この本が、守ってくれたみたいだな」


そういうことだろう、でなきゃこの本も他のモノと同じようにグチャグチャになったりしているはずなんだから。


いやでも、この本そんな固いものだったっけな?前に触った時は普通の本だった気がするんだけどな...


トンットンッ


思わず、本を指で軽くたたいてみる。


「あれ?」


しかし、感触は普通の本そのものだった。前に触った時と同じで、強烈な衝撃を防いでくれるような雰囲気はない。なら衝撃から護ってくれたのは、これじゃなかったとか?


いや、でもこれ以外にバックパックの中で無事なモノなんかない。


どういう理屈?ていうか、そもそもこの本は、身を守るためのモノではないだろうに。




―――ドンッ!という効果音と共に羊足の奴が空から降ってきて着地を決める。


考えるのはこれでおしまいだ。と言わんばかりに、一番の問題がやってきてしまう。あのまま俺を見失ってくれれば良かったんだが、そううまくはいかないか。


「そりゃ、そうだよな。」


今ので確信する。俺をここまで吹き飛ばしたのは奴で間違いない。どうやってやったのかもおおよその検討がついた。


あの羊足がものすごい脚力を持っているんだろう。


今の登場の仕方を見ればわかる。陸上選手もびっくりの跳躍力だ、見た限り最低でも数十メートルはある所から降ってくるのが見えた。


(...どんな脚力だよ)


なんて考えながら身構えていると、奴は何を思ったのかこちらには近寄らずに奴の近場にあった奴よりもでかい岩の隣に立ったかと思うと―――




―――ズドォンッ!!!




というけたたましい音を空間に鳴り響かせ、岩を足で蹴り粉々に破壊した。そして、そのままこちらに向き直り、またあのいやらしい笑みを浮かべたのだ。


「威嚇のつもりなのか知らないが、そんなことしなくてもこっちは十分ビビってるっての」


あの野郎、あんなもの隠してたのかよ、最高に嫌な奴だな。そんな考えとは裏腹に、俺は恐怖で顔が引きつり、同時に体の芯から震えてしまっている。今度は武者震いなんかじゃない。きっと俺の生存本能が警鐘を鳴らしているんだ。


「...」


あんなのどうしろっていうんだよ。あんな蹴りくらったらひとたまりもない。それに蹴り飛ばされた時も今の岩を蹴った瞬間も奴の動きが見えなかった。


...次に攻撃されたら俺は避けれない、そういうことになる。


だが、まだ奴とは少し距離がある。心許ない距離ではあるが、奴が俺を殺そうと動き出す前に、何か方法を考え―――


「―――ッうグッッ」


そう思ったのも束の間、次の瞬間には、もう一度意識が飛んでいた。


目を開いていたのに、目の前で奴が消えたと思ったらとてつもない衝撃を真正面からくらっていた。きりもみしながら飛んで行き、落ちた場所からさらに滑って後ろの岩に体をぶつけて止まる。


「...っ」


激痛で、飛んでいた意識が戻る。体に感じる違和感を辿って目を下に向けると、右腕が変な方向に曲がっていた。アドレナリンが出ていないのか、凄まじく痛い。どう見たって折れているだろう。しかし、これは狙ってやった事だ。咄嗟に手を前に組んでガードしてなければ、この衝撃がもろに上半身に当たって、アバラが潰れて、最悪、心臓すらつぶれていたかもしれない。


今の攻撃を防いだ代償はそれだけじゃない。


...俺の体が完全にすくみ上ってしまっている。動きたい気持ちはある。どうにか生き残りたい気持ちが、確かにまだある。だが、気持ちはどうとでも言いつくろえるが、体がもう言うことを聞いてくれなくなってしまった。


足は怪我していないはずなのに、動いてくれないのだ。


それでも必死の思いで首だけを起こし、周りを確認する。ようやく自分がどこにいるのか把握する。どうやら俺は打ち上げられて、岩場の上に来ていたようだった。


下を見ると、丁度真下に奴がいて自分で蹴ったのに俺がどこにいるか見失っていて、あたりをキョロキョロと見渡している。


「はぁ、く...うぅ」


今の俺はむち打ちのような状態だ、おまけに右腕は使い物にならないし、体も言うことを聞かない。


ここから俺はどうすればいいんだ。何をやっても勝ち目なんてありそうにない。ていうか、始めから勝ち目なんてなかったんだ。今だってあたりを見渡したって岩しかないし、この状況を逆転できるようなものは何もない―――


(...あれ、岩.?)


今、俺がいるのはあいつの真上で、背中を預けている巨大な岩も当然奴の上だ。使えるんじゃないか?あいつの上に上手く落とせれば奴を殺せるはずだ。さすがのあいつも全身を潰されれば、死ぬはずだ。


もしこれが上手くいかなければ、俺の悪運も尽きるだろう、きっと次は必ず殺される...俺は死ぬ運命だった事になる。それは、それだけは嫌だ。絶対に。


俺は俺の家族のようにはならない。俺だけでも生き残るってあの日...誓ったんだ。




―――生きる。生き残ってやる。




エマだって、まだ救えていないんだ。


その考えが頭の中を満たし、それに応えるように、さっきまで微塵も動こうとしなかった体が嘘のように動いてくれる。


タイミングは俺が奴の上にいる今しかない、やれる条件は完璧にそろってる。


奴が先に気づいて避けられるか、岩の方が先に落ちて奴を潰すのか。


「当たって砕けろだ」


岩に集中力を注ぎ込み全筋肉に力を入れる。


「―――くぅっ...ぜんっぜん...動かねぇ...」


しかし結局、精々一ミリくらいは動かすのが関の山だった。それもそうだ。肝心のことを忘れていた。そもそも縦横二メートル以上はある巨大な岩を一人で動かせられるわけもなかった。


「...」


そして、ついに運も俺を見放したようだった。


もう一度奴の様子を確認しようと下を覗くと岩を押す音に反応していたのか、奴はこちらを見ていたのだ。


そして、その顔面の二つの口に憎たらしい笑みを浮かべ、ゆっくりと足を振り上げるのが見えた。奴の先には、俺の乗った岩がある。きっとこの岩を砕いて、俺を落としケリをつけようとしているのだろう。


「...お、わり...なのか?」


手の打ちようのない状況の中で、なぜだか動きがゆっくりになって見える。やつが遅く動いている訳じゃないだろう、どういう訳かやつが振り下ろす足が止まっているかのように、遅く見えるのだ。


「うぉっ!」


遅くなった動きに困っていると、バックパックの中に入れておいたはずの本が、いつの間にか目の前にあった。だが、俺が出したわけではない、そもそもこの何もかもが遅く動く空間で俺がそんな事できるわけがない。なにより、どういう訳か宙・に・浮・い・て・い・る・。


『この本が汝の道しるべとなり、生きる扶けとなる。


 汝、求めよ。さすれば死境を切り抜ける力与えられん』


俺が考えていると、本に文字が綴られていた。


「...生きる、扶け?」


短く書かれた文章を最後まで読むと、なんとなく意味が分かった。どうやらシャングルファンの贈り物は、ただのまっさらな本なんかではなく、こういう状況を見越してのモノだったようだ。それなら、奴の蹴りから俺を守ってくれた事にも納得がいく。


「...って、そんな話はいいんだ、今は時間が無い。恐らく今のこの時間が遅くなっている空間もこの本の力だ。いつまで持つのか分からないし、早く何とかしなくちゃ」


って言っても、どうすればいいんだ?


求めよ、って書いてあるし、とりあえずここは下にいる羊野郎を倒せるだけの力を与えてください、とお願いすればいいんだろうか。


「...」


しばらく何の反応もなく、少し不安になっていると、本の文章に変化があった。


『剣を手にせし者よ


 一撃必殺の意思を持ちたまへ、さすれば如何なるものをも斬る赤刀となるだろう。


 数多の刃の意思を思いたまへ、さすれば如何なる斬り合いをも制す黒刀となるだろう。




 外套を纏う者よ 


 死角を持ちたまへ、さすれば一刻一度のみ如何なる衝撃も弾く衣となろう』


そして、文章を最後まで読むと、開かれたところが眩く光り、その中から二本の刀と一着のマントが出てくる。


「...答えて、くれたのか?」


いや、疑う余地はないだろう。俺の願いに、答えてくれたのだ。


出てきた刀は、どちらの鞘もガラはなく、真っ黒に塗られている。刀を手に取り、その刀身を見るために抜く。片方は極めて薄く、闇夜のような黒色の刀。片方は、厚く固く、そして極めて重い燃えるような深紅の刀。本の文章に書いてあった黒刀と赤刀で間違いないだろう。


刀を鞘にしまい、マントを見る。つまり、このガラの無い真っ黒いマントは、本に書かれていた外套に違いない。ずっしりとしていて重く、また手触りはよく、手の平をするりと抜けていくような滑らかな生地。


俺は、すぐさま外套を羽織り、刀を外套と背中の間に上手く引っかけて携える。これらの使い方は、なんでかさっきの難解なはずの文章を読んだら理解できた。最初は意味が分からないと思っていたはずなのに、いつの間にやら頭の中でしっかりと理解していた。


「ふぅー...」


俺は、歯を食いしばり最後の力を振り絞り立ち上がる。この状況をきり抜ければ、俺は生きられる。俺がエマを助けるんだ、こんなところでくたばっていいわけがないだろう。




―――ドオォォォォッッッ!!!!!




俺が立ちあがると時間の流れが戻り、その瞬間けたたましい爆音とともに土台となっていた岩場にひびが入る。


相変わらずの凄まじい威力で、岩場はほとんど倒壊した。俺は何とか受け身を取り、瓦礫の上に立つ、そこから岩場にできた大きな亀裂の隙間に奴の表情が見えた。


まだ弄ぶつもりなのか?


聞くまでもない、こちらを向いている奴の顔にはニヤァっと吊り上がった口が張り付いているんだから。


『...ユカイ、ユカイ』


それまで気持ちの悪い笑みを浮かべてばかりいた口元が動き、岩場の崩れている音で声は掻き消されたが、そういったような気がした。


感覚は冴えているはずなのに、瞼が重くなってくる。せっかく奴に一泡吹かせられる力を手に入れたというのに、体の力が抜けていくような感覚。


もう時間が無い、次が最後だ。この機会を逃せば、俺の逆転の目は潰える。そうなれば待ち受けるのは、死。


もう、迷わない。この一振りで、この戦いを終わらせてやる。




「............」


『............』




「ふんっっっ!!!!!」


『グルゥルゥゥゥラァァッ!!!!!』




息を止め、体の全神経を研ぎ澄ます。


すると、さっきまでは全く見えなかった、やつの足から繰り出される神速の蹴りが目で追えるほどに遅くなって見えてくる。


頭の位置に飛んできている蹴りを予測して躱し、上体をひねって天を向くと、その動きに合わせて背中の黒い刀の柄を握る。


「―――っ!」


やつの蹴りが頭上を通り過ぎるのを見て、俺は手に力を入れ、一気に抜き、入れ替わりざまに刀を振り抜く。


刀身は、まるで紙を裂くようにして奴の足を真っ二つにする。


俺は背中の鞘を抜き取り腰に携えて、すぐさま刀を鞘に納めると、目の前で足を斬られて動きが止まっていた奴の首めがけて、刀をもう一度振り抜いた。


「やっ...たっ」


離れていても分かりそうなほどに巨大な血だまりをつくり、その中心に奴の頭が落ちている。


既に動き出す様子はなく、完全に死んでいるようだ。


夢でも幻でもなく倒れているのは、俺ではなく羊足の怪物だ。


「...勝った...のか。」


嘘のようだが、あの状況から...倒したのだ。勝ったのだ。


恐らく油断もあったのだろう、当たり前だが人はそう急に強くなったりしない。圧倒的に弱者だったやつが、急に足を斬り落としてくるなんて想像できるはずもないだろうし。


「はぁ...死ぬかと思った...」


俺はその場にへたり込んで、ため息をつく。今もまだ心臓はバクバクしているし、体は火照ったように熱い。


相変わらず右腕は折れているし、今になって左腕にも違和感が出てきている上に、痺れにめまい、耳鳴りもする。


まさに満身創痍という状態。生きていることが奇跡だろうに、それでも歩くくらいはできるほどには無事ですんでいる...無事ではないか。


後ろを向くと奴の蹴りでできた割れ目が見える。よく見れば奴が蹴りを出した時にいた地面に、小さいクレーターができている、きっと蹴りの衝撃でできたものだろう。


「改めて、よく生きてたな、俺。」


再び、首だけになった頭を見る。やはりというか、なんというか、改めてよく見ると正直気持ち悪い外見をしている。


俺が正常な状態であったならこれほど間近で見たとあっては、その瞬間に吐いていたに違いない。


だが今はそれも気にならない。そんなこと気にする余裕がない、といった方が正しいか。


「...こいつの他にもいるのか?」


もしそうなら今、出くわすのはマズい。正直息をするのすら苦しいし、今のままでは逃げる事もままならないだろう。




―――ぐちゃり




奇妙な音がしたと思ったら突然、奴の体が蠢きだす。その蠢きは収まるどころかどんどんと勢いを増して行く。


「な、なんだ...?」


辺りを警戒しながら、奴から目は離さず後ろに下がる。その間も、蠢きはどんどんと膨張し大きくなっていく。


「―――うっ」


それに気を取られ足元にある瓦礫に躓き、しりもちをついてしまう。


視線を蠢きに向けると、奴だったものはとうとう落ちているどんな岩よりも大きくなっていた。


「くそっ...なんなんだよ!」


すぐに逃げておくべきだった。


その瞬間、今度は唐突にうごめきが止まり




―――そのまま爆発を起こした。




まばゆい光が空間を埋め尽くし、視力を奪う程の凄まじいまでの光量に目を腕で覆い、その場に伏せる。


「...うん?」


しかしながらあれだけ光っていたのにもかかわらず、爆発の衝撃は、いつまでたってもやってこない。


...いつまでたっても何にも起こらないので、恐る恐る目を開けると目の前には、さっきよりも色味の薄い血だまりの上に紫の稲妻が走る球体が浮いていた。その代わりに、そこにあったはずの奴の死体は消えている。


「な、なにがどうなって...」


またしてもあたりに静寂が訪れる。


さっきのこともあったので、しばらく様子を見ていたけれど、もう爆発が起きる気配はない。今度は何も起きなそうなので、意を決して球体の方に近づいてみる。


そんなことして、また爆発したりしたら嫌だけど、どうしても気になる。あれがなんなのか近くで見てみたい。




俺は、その奇妙な紫の球体に、妙に惹かれてしまった。

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