始まりの決意
『君は、目覚めた後の世界についてどれだけ知っている?』
俺がうなずいたのを見て、男は少し考えた後に話しはじめる。
「なにも分かってないです。当然、あの場所に見覚えなんてないし。
目が覚めてからは、とにかく人に会うか、整備された道や町を探していましたから」
俺の返答を聞いた男は、またも少し考える素振りを見せた後、話を続ける。
『率直に言おう、お前がいた場所は地・球・で・は・な・い・。
お前が気絶している間に起きたあ・る・こ・と・のせいで、お前の乗っていたバスが、この世界...未籠の世界へと来たのだ』
「ち、地球って...その未籠の世界とか言うのは、なんなんですか?」
『一言でいうならば、神々の成れの果てである亡者『モストロ』の墓場だ。
お前のいた地球が宇宙の中にあるのに対し、これはその外とも言うべき場所にある世界だ』
いきなり話のスケールが大きいな。てっきり俺は凄くても隣の国がどうたら~ってくらいだと思っていたのに...
「...うーんと、まあよく分からないけど、とりあえず元々いた場所ではない、って思っとくよ」
というか、まず最初に教えてくれることがそれかよ。
『まあ、それでよい。それを分かっていたとして、お前がどうにかできる規模の話でもないしな』
「どうにかって?」
一体なんの話だ?
『もし元の世界に帰りたいのだというのなら、それは無理だという話だ。お前には世界を跨ぐ力はないからな』
...帰れない?
「なっ!?う、嘘...」
『嘘などではない。いずれ聞かれると思っていたんでな。後になって知るよりも、お前もその方が良かろう?」
...確かに嘘をつかれるよりは、遥かにマシではあるけれどあまりに残酷じゃないか。
「それなら、エマはどうなったの?」
一番聞きたかったことを聞く。もしかしたら居場所について聞けるかもしれない。
『安心せい、死んでいるならそれこそ先に言うわ。
その娘は、ここではないがお前と似たような経験をしている、と言っておこう』
しかし返ってきたのは期待していたような話ではなく、曖昧な調子の返答だった。
「うん?どうしてハッキリと教えてくれないの?」
『そう簡単な話でもないということだ。我輩とて知らんこともある、特にこ・れ・に関しては如何なる者であっても全容を知らん―――』
「...?」
『―――千年に一度の祭典にして世界の頂点が決められ、如何なる願いも叶えられる夢の舞台。
生きとし生ける全てのモノたちによる争い、その名も『チェック』
本題の話を始めるのに丁度いいし、ここらで言っておこう。
このチェックという大舞台の役者に、ハベル=ペルセウス・ぺネレウスよ、お前は選ばれたのだ』
「...は?」
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―――この男、自称悪魔のシャングルファンが言いたいことをまとめると、つまりはこういうことらしい。
チェックというものは、色んなゲームで争い、優劣をつける...とかなんとか。この世界の生態は大きく分けて五種類となっていて、そしてこのチェックは、それをそのまま五つのチームとして扱う。
自然を生きる生命体〈ハート〉、不滅の霊体〈ダイヤ〉、仙術を使う神物〈スペード〉、悪の心を持つ思念体〈クローバー〉、特異な者たち〈ジョーカー〉。さらにはその中で代表が選出されナイト、ポーン、ビショップ、キング、クイーン、ルーク〉という名で区別されるらしい。
そうして、それらが争い、最終的に優勝したチームには、千年間生態系の頂点となれる権利と、どんな願いでも叶えてもらえる権利が与えられるらしい。
そして、俺がこの話にどう関わってくるのかというと、さっきシャングルファンも言っていたが、その代表の一人に選ばれたのだ。
そういうの本人の意思とか関係ないんだろうか。何かの代表に選ばれた事なんて人生において一度もなかったけれど、こんなに嬉しくない代表選出は、この世のどこを探してもこれくらいだろう。自分でなりたいと努力したわけでも、頑張ったわけでもないのだから。
しかも、これに関しては俺が代表に選ばれるだけの話じゃない。エマや同じバスに乗っていた乗客たちも巻き込んでいる。もしも俺のように過酷な環境にいて、大変な思いをしていると思うと心苦しい。俺のせいで彼らをそんな目に遭わせてしまっているのだから。
だが、この代表選出は千年の間にきっかり六人だけされ、途中で変わったり、辞退することは出来ないという。つまり、今さら俺が何をしようと、何を言おうと、何も変わらないのだという。
どうして俺が選ばれたのか。そう聞くと、シャングルファンさんから選出基準を教えてもらえた。
どうやらちゃんとした基準をもとに選ばれているそうで、決して適当に選ばれているわけではないらしい。てっきり俺みたいな特別何か秀でた力も、超能力みたいな力も持たない奴を選ぶんだから、適当に選んでいるのかと思ったのだけれど。
基準の項目は六つで、英雄度、比類なき力、ゆるぎない心、並外れた資質、最高の叡智、究極なる美、このどれか一つを満たしたら選ばれる。
これは余談だが、基準の項目は一緒だが、他のチームと比べると同じ項目の選出者でも結構違ったりするらしい。例えば地球で一番の美女だったとしても、あちらでは美しいと感じられない、といった感じ。美しさの価値観が違うことによるものだろう。こういう感じで、実質三十種類の項目から選ばれるから、毎回、多種多様な代表が集うことになるらしい。
さて、話を戻すけれど、この六つの項目はそれぞれナイト、ポーン、ビショップ、キング、クイーン、ルークにあてられている。
そうなると気になるのは俺の何がその基準を満たしたのか。結論から言うと、俺が選ばれた基準は『並外れた資質』だった。まあ、他を考えたら一番有り得そうな項目...でもないな、俺にそんな大層な資質が眠っているとは思えない。
なんて思っていると、目の前の悪魔(もうここまで来たら自称はいらない)が目を細めてこういうのだ『お前には大いなる力が眠っている。でなければ代表に選ばれまい』と。ハッキリと言い切るものだから、誰かと勘違いしてるんじゃない?という言葉は飲み込んでしまった。
とはいえ釈然としないのも確かだ。なぜか男は、ありがたがれみたいな態度でいるし、納得できそうもないまま、シャングルファンのチェックの説明は終わった。
『―――お前はどうして自分が雪山にいたか知りたかっただろう。
答えてやる。お前の中に眠れる資質と、過酷な環境の雪山において一人で生活する。ここまでくれば分かるだろう。
お前の力を覚醒させるために、お前はあの雪山に送られたのだ』
話の終わり、シャングルファンは一度話を区切ると、また話を始めた。
そしてようやく、俺がなぜ雪山で目覚めたのかを知ることができた。だがそれは、想像していたものとは違い、理由を知っても気持ちは沈んだままだった。
「それはつまり、俺はあの雪山で、あるかも分からない力を目覚めさせなくちゃいけないってことなの?」
『お前にどういう資質があるのかは知らない。
だが資質の項目で選別者として選ばれたものは例外なく強力で特別な力を持っている。
君の体に眠る力も、きっと他の誰とも違った力だからこそ選別者となったのだろう。
決してあるかも分からない力などではない』
「そんなことを言われても、どうしたらいいのさ?」
『まずは生きろ。
あそこは普通の人間ならば三日と生きられん場所だからな、近い内にお前の力も目覚め始めるはずだ。
それができなければ死ぬだけの話だ』
「そんな...」
『...もう時間だ、じきに日が昇る時間になる。
次に会うとなれば、チェック開催の時だろう。それまで死ぬ気でもがき、理不尽に抗うことだ。
そうすれば、いつかお前の大事な女と出会うこともあるだろう』
大事な女?それってエマの事―――
「え、ちょっ、まっ―――」
しかし、俺の言葉は届くことなく、瞬きの間に奇妙な男のいた部屋は消えてしまった。あまりにも一方的な終わり方だった。
―――翌朝。いつの間にかまた意識が途切れており、気が付けば朝になっていて、目の前の景色は洞窟へと戻っていた。
「...眩しい」
体を起こし穴から差し込む朝日で、まどろみから目を覚ますと、横にあった燃え尽きた薪を見て、昨日の雪山で目覚めたあれは夢なんかではなく、自分が雪山の中にいると再認識する。
大きく伸びをした後にバックパックから取り出した総菜パンとペットボトルにあった水を焚火で沸かしてお湯にし、腹に入れる。
カラカラに乾いた喉を潤し、昨日見た夢を踏まえて俺の身に起こったことについて改めて考える。
昨晩の夢を抜きにして考えると最初に思い付いたのは、やはり観光バスに事故が起きて、それで乗客は遭難したものの救助隊に助けられたか、近辺に民家を見つけて助かった、というパターン。
俺が置いて行かれている事については見つけ出せなかったか...あるいは見捨てられたか。
その場には彼女がいたはずだし、そういう考え方はあまりしたくはないから、ここは見つけられなかったということにしておく。
次に、過激な組織による誘拐である場合。
このパターンであれば、どこか外国に飛ばされたとか、実は今この瞬間も睡眠薬とかで眠らされているだけで夢の中だとか。
映画の見過ぎだろうか?
...いや昨晩の夢の方が突飛な話だし、こっちの方がまだ現実味のある話だろう。むしろあの悪魔の話を、心のどこかで本当だと信じている自分に驚いている。でも信じてしまいそうになる理由も分かる、あの空間は酷く現実味があった。意識ははっきりしていて受け答えも出来ていたし、少なくとも俺の意思に従って体は動いていた。
何か良くないことが起こる前兆なのだろうか?少なくとも、あの悪魔の言う通りならば、この雪山にいる以上ろくな目に遭わないだろう。
自分の事を悪魔だという奇妙な格好の奇怪な誘拐犯だとして、あの男が言っていた話を鵜呑みにする気はないが、嘘を言っている感じでもなかった。
何が現実で、何が非現実なのか分からない。
おかしな話もされた。あの時は色んな考えが頭の中を巡り、とりあえず機嫌を損ねないためにも話を合わせたが、あれは誘拐犯の中で決められた設定なのか、それとも事実なのか。
今目の前にある土も雪も木も火もパンも水も全てが偽物で本当はそこにありもしない幻なのかもしれない。
でもすぐに分かることだ。それらを全部ひっくるめたとしても、俺が今、息をしているこの空間が現実であるのは間違いないのだから。
確かめるようにペットボトルを握り直し、改めて水を口の中に含む。
「うん。間違いない、ここは現実だ。」
いつまでこの状況が続くか見当もつかない。
だが、改めて思ったのは今できることをやるしかないということ。いつか、この世界を抜ければエマに会えるのかもしれない。
それが今の俺の生きる希望だ。しかし、それを信じてしまうと、あの悪魔の話が全て本当であると認めてしまうようなもの。だけど、もし彼女が生きているならば、喜んで信じよう。どんな苦境でも、どんな過酷な環境でも乗り越えてみせるさ。
朝食を食べ終え、日記をしまう。
「―――行くか」