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月の人

作者: 恋音ちひろ
掲載日:2020/10/08

 時計の針は、深夜二時を指そうとしている。

 私は、窓際に腰掛けた。

 窓を開けると、少し肌寒い風が吹き込んだ。

 さすがに寒く感じた私は、ゆっくりと立ち上がり真冬のパジャマを羽織る。

 月の美しい夜。


 太陽は、何となく苦手だ。

 朝起きて日の光を浴びることが良い目覚めに繋がると、どこかで聞いたことがある。

 でも、私は太陽を見るとげんなりしてしまう。

 いつからだろう、思春期が過ぎた頃からかもしれない。

 小学生の頃は活発でよく外で遊んでいたから、太陽が好きだった。

 夏にひまわりが太陽に向かって背伸びしてるのを見るのが好きだった。


 でもそれは昔の話。


 心が落ち着かない夜は、こうして月光浴をする。お気に入りの誕生石であるアクアマリンのネックレスとともに。


 日中は負けん気が強く、キャリアウーマンとして男性と肩を並べて働く私にとって、この時間は何よりの癒しだ。


 ここ最近は連日のように月光浴をしている。


 こんな夜に、理想の男性像を思い描くことがある。

 背は私より高くて、色白で端正な顔立ちをした…まるであの俳優さんのような。

 性格は、のんびりマイペース。

 私とは正反対の月のような人…ミステリアスさと高貴さ、穏やかさを兼ね備えたような…そんなイメージ。




 それから数日後のこと。

 私は会社の先輩に連れられて、居酒屋に入った。

 カウンター席で、男女二人。

 いつも通り先輩の愚痴を聞き流す。

 めんどくさいなと思いつつビールを飲み干した時、先輩の方から何かガラスが割れる音が聞こえた。

 ふと見ると、先輩の三つ隣の席にひとりで座っていた男の人がジョッキを落としたようで、しまったという顔をしていた。


 その時、私の中で何かもやもやした感情が湧き上がってきた。

 先輩が立ち上がって、割れたジョッキから流れ出たビールを拭いている中、私はその様子をぼんやりと眺めているだけだった。

 いや、正確にはジョッキを落とした男性を見つめていのかもしれない。


 その男性は、どことなく数日前に思い浮かべた男性のようだった。


 いつの間にか、その男性は先輩と仲良くなり、隣の席に座ることとなった。

 しかし、私は何も話せないでいた。

 ただ、先輩とその男性―名前は渉というらしい―の会話を聞いているだけだった。


「ねえねえ、お姉さんは社会人何年目?」

 その男性は、突然私に声をかけてきた。

 急に話しかけられて、驚きを隠せない。

「三年目…ですけど」

 どうにもぎこちなくなる。

「じゃあ、二十五くらいかな?」

 なんてね、と少し笑いながら。

 すかさず先輩が答える。

「こいつ、二十三なんですよ」

「え、若い」

「渉さん、何歳なんですか?」


 結局先輩と男性の二人の会話になる。


「僕、二十七ですよ。本当もう社会人ってすぐ歳取っちゃって困りますよね」

「え、俺の方が上だ。三十二なんすよね」


 こんな感じの会話が続き、時刻は二十三時半。

 さすがに終電ということもあり、解散。

 先輩と渉さんはLINEを交換し、また飲みましょうと言っていた。


 三人とも電車なので駅まで一緒に歩いたが、私と渉さんは上り、先輩だけ下りだ。

 気まずさを持ち合わせつつ、隣に座る。

「また、三人で飲みましょうよ」

 口を開いたのは、またもや渉さんだった。

「あ、でもあんまり話してくれなかったから、二人でもいいかも。…って初対面で二人で飲むの誘うとかまずいか。」

 隣を見ると、うつむき加減で、呟くように言っているのが分かって、思わずクスっと笑ってしまった。

「何がおかしいんですか」

 渉さんが、ちょっとむくれた感じで言う。

「何でもないですよ。二人で、いいですね」

「じゃあ、LINE交換してもいいですか?」

「はい」


 真正面の窓から見える月が穏やかな表情に変わった頃。

 私は渉さんに別れを告げ、電車を降りた。


 家に着いて、寝る支度を済ませたら、今晩もまた、月光浴。

 でも、いつもとはちょっと違う。


 遠くにあって、手が届かないものではなく、そっと心の中に入り込んでくるようなもの。

 そんな対象として、月を見上げる。

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