第95話 領主の目的
そしてその後は村長の独演会のような感じで、全く関係ない話も含めて一方的に話し続けた。
若干ウンザリしてしまったけれど、その中でも気になった事が幾つか。
ここ最近、ポエミ村の周辺だけではなく、シュミット男爵領内においてゴブリンが大量発生しているという事。
ゴブリンは、生まれて3か月もすれば成体になるくらいに成長が早いので、どれだけ狩っても追いつかないという事。
そのせいで冒険者ギルド、シュテット支部はほゞ飽和状態になっている。
まあ、これは依頼を受けた時に軽く聞いていたし先ほども聞いたので、特別真新しい情報ではなかったのだけれど、ゴブリンが大量発生しだした原因というか、きっかけと言うものがどうやら存在するらしい。あくまでも噂のレベルらしいけれど。
「でしたら、3カ月くらい前に村が何か所か消滅してからゴブリンが増えだしたって事です?」
思考を纏めるためかプリシラが村長に聞いた。
「そうだ。ディルクの情報だが、200人程度の村が二つ、一夜にして人だけ消えたらしい」
「ああ、それは間違いない」
村で唯一の戦闘員だからか、村長もディルクさんに気を遣っているようだ。
先ほどから彼の言葉にはきっちりと答えている。
そして聞いたプリシラは俯いて顎に手を当てて考え込む。
俺は俺で、彼女の考察をアシストしたいがために、無い知恵を絞って聞いてみる。
「消えたのって、もしかして移動をしろって言われたもう一方の村も含んでいます?」
「ああ、そうだ」
そう告げられて俺は一しきり考え、唇を噛む。
その情報を直ぐに確認する術がないもどかしさから。
要するに真偽を確かめる方法が限りなく少ない。
この世界は、情報伝達速度が異常に遅いし、正確な情報がもたらされない事もザラにある。
俺らが住んで居た地球は、嘘の情報も多かったけど、自分の力で正確な情報を瞬時に手に入れる事が出来た分、この世界とのギャップに戸惑う事ばかりだ。
そして今、村長やディルクさんから聞いた話でも、話の信ぴょう性に関して言えば、はっきり言って正確だと断定できるものは殆ど得られていない。
ディルクさんは恐らく情報屋から仕入れた情報によってだろうけど、どうしても鵜呑みに出来ない自分がいる。
本当に村は無くなったのかどうか……。
逃げ延びた人は何人かいるんじゃないのか?
無くなったとすれば本当に3カ月前なのか?
疑いだしたらキリが無い。
3か月か……あ、あれ?
俺は3カ月前からゴブリンが増えだしたという話に違和感を覚えた。
何故ならば、ゴブリンは成体になるのに3カ月くらいかかる。
だったら3か月前から増えだしたという話は、時間的に少しズレているんじゃ?
そう思ってプリシラに聞いてみる。
「プリシラ、ゴブリンが増えだしたって話、少し変じゃないか?ズレというか……」
「はい、それは直ぐに思いました。けれど、あまり重要では無い気がします。きっとそれよりも前に別の村が消えて無くなったんだと思いますから」
「ああ、なるほど」
単に情報が入って来ていないというだけか。
そして俺が思った想像をプリシラは既に纏めている。
「ただ、一つ気になる事はあります」
「それは?」
俺の問いに、プリシラは村長を向きつつ聞く。
「村人が消えた村ってポエミから近いんですか?」
「近いと言えば近いが、行こうと思えばベルテからしか路がないからな、この村からは直接は行けん。ああ、だが後ろにある山とは同じ麓だ」
ディルクさんは後ろの小高い山を振り向きながらそう言った。
この山と同じか……。
そう思っているとプリシラが何か聞きたい事があるような視線を送って来た。
そして俺はそれが何を意味しているのか、直ぐに分かってしまった。
「解体新書だよね?」
「はい。お願いします」
意図がわかり、解体新書を取り出して、地図ページを開いた。
この地図の良いところは、簡易的ではあるけれど等高線も引かれている所。
まるで地図会社の従業員でも転移して来たのかと思う程に素晴らしい出来。
そして俺が解体新書を出した為にディルクさんが目を丸くする。
が、邪魔をしないように思ったのか黙っている。
それでも気になるのかチラチラと視線を解体新書に送っているけど。
さて。
漸く俺の出番か?
プリシラも地図を覗き込んでいるけど、出番を譲ってくれるみたいだ。
視線が、どうぞどうぞと言っている気がする。
「その村の名前って、セアトって名前の村です?」
地図を見ながら中りをつけて聞いた。
とはいえこの村から近く、尚且つベルテからしか行けない村となると一つしかない。
そして直線距離でみれば確かに近い。大体20キロくらい。
何故お互いの村を行き来できる道を作らないのかと不思議に思うくらい近い。
「そ、そうだ。というかそれは何だ?」
ディルクさんが聞きたいのを我慢していたのに、村長はあっさりと聞いて来た。
「これです?これは転移者が作った解体新書です。モンスターの情報や帝国の地図が割と詳しく載っているんですよね」
「そ、そんなものがあるのか……」
「便利ですよ。お高いですけど。とまあそれは良いとして……」
地図に記されているセアトという村は既にこの世に存在しない。
一夜にして人が居なくなった村。
状況的にはこのポエミ村に近いけれど、すでに3か月も経過している事を思えば、もう生きて居る人は……いや……。
どうしてもゴブリンが頭から離れない。
それはここ最近急激にゴブリンが増えて来たという話を聞いてからだけど。
ポエミの村から近いという事は、恐らくその村もカルスト台地の上にあったのだろう。
同じように川があり、ここと同じように鍾乳洞があって、そこに逃げ込んでいるという線も無くはないだろうけど、3カ月は長すぎる。
行って確認するにもここからだと森を抜けるか、二日かけて街道を移動するかしかないのがもどかしい。
俺が思考に耽っていたからか、プリシラが言葉を繋げる。
「やっぱりちょっと変ですね。……わたしが疑問に思っているのは、何故セアト村とポエミ村の住民に移動を強制しようとするのか、です。村同士の距離自体は近く、そして二つとも先に村はないみたいですし」
「理由はあるんだろうな」
「はい、間違いなくあると思います。そして有るとすれば、水か土地か……」
そう言ってプリシラは洞窟の上に聳える山を見上げた。
「この山か……」
木々に覆われ、所々白い石灰岩が剥き出しになった大きな山を見上げながら、もしかしてこの山が関係しているんじゃないのか?とプリシラはそう言った。
でも、じゃあ何だ?
そう考え始めた時、再度プリシラが口を開く。
「その村ってゴブリンに襲われたんですか?」
「残念だが、そこまでは分からんな」
少し申し訳なさそうにディルクさんが眉根を歪めた。
「あ、確認のためなのでそんな顔をしないで下さい」
村から基本出ない人たちばかりだから、情報といえばディルクさん頼みだし。
そのディルクさんも人伝でしかないんだから、仕方がないと言えば仕方がない。
だけど、状況を鑑みればゴブリンに襲われたと思って間違いはないだろう。
そしてディルクさんも同じく。
「だが、ゴブリンに滅ぼされた可能性は高いと俺は思っている」
「そうでしょうね」
「同感です」
「ま、そうだろうな」
久々に田所さんが相槌を打った。
とはいえずっと顔だけは発言者の方を常に向いていたのだけれど。
でも、じゃあ何で?
仮に、ここの領主がゴブリンを操っているとすると、分からない部分が多い。
村を滅ぼしてゴブリンを増やしているとして、何故この村とセアト村に移動を命じたのか。
命じる前に何も言わず襲わせれば済む話だったのでは?と。
物事は全て段取りよく進んでいくなんて事は無いから、どこかで修正が掛かったのかもしれないけれど……。
そしてもう一つ。
プリシラが言うように移動を命じた理由も気になる。
この山に理由があるのか、ポエミとセアトの土地に村があったら困るのか。
そしてそれらの事は村長も凡そ思っていた事のようで。
「本来は、小さな村が一つ二つ無くなるのなんざそんなに珍しい話じゃないんだが、村が置かれた立場やディルクの話を聞いてセアト村と繋がりはあるんじゃないかとね……何となくは思っていた」
そう言いながら村長も後ろの山を見上げた。
「そうですよね」
同じ山の麓か。
それも距離的に見れば近い。
石灰岩でできたこの大きな山に、秘密があるんだろうという事は話を聞いて分かっているし、口には出さないけれど、ここに居る全員がそう思っているのは間違いない。
でもじゃあどんな秘密が?
石灰岩はセメントの材料で、その技術がこの世界に無ければこの山は宝の山になってしまうけれど、別にこの世界にセメントが無いわけでは無いし、トレゼアの外郭なんてしっかりとした分厚いコンクリート製だ。
尤も、今のコンクリート技術は転移者の一人が持ち込んだものだというけれど、それでも昔からセメントは有ったと聞いたし……。
となると山、山、やま……岩……石……鉱石くらいか?
「俺から一つ質問ですけど、この辺りの山から最近になって鉱石が出たって話はあります? 例えば魔鉱石とか……」
魔鉱石は魔素を多量に含んだ鉱石で、魔素が濃い場所で出来やすい鉱石。
魔法で武器や防具を製造する場合、必ず材料に含めなければならないものだけれど、魔素が濃い場所ということはモンスターも多いのだから、簡単に採掘できるような鉱石ではないらしい。
それでも過去に魔素が濃く、現在は魔素が薄くなっている場所も有るにはあるので、現在、装備の製造で使用されている魔鉱石は、その殆どがそういった場所から採掘されるものだとガニエさんが言っていた。まあ、トレゼアは、周囲に3つある迷宮内で大量に採れるらしいけれど。
というか、そんな話を俺に聞かせてどうするんだ?とその時は思ったけれど。
「そんな話は聞かないな。誰か聞いた事は有るか?」
「いえ、ありません」
「俺もない」
出てきている村の人皆が首を横に振りながら口々にそう言った。
「ミスリルやアダマンタイトもです?」
「全く出ないな」
「この辺で出た話は聞いた事が無い」
そもそもミスリルは、エル=アウレリア皇国というエルフだけが住む国でしか採掘されない鉱石らしいから無いだろうなとは思ったけれど。
因みにこれもガニエさんから教えて貰った。
「じゃあコンクリートか? でもなあ……」
自分で言って疑問に思ったのか、田所さんは腕組みをしつつ首を傾げた。
「コンクリは既にある技術だから、今更この山から石灰岩を採る必要は無いんじゃないですか?」
「そうよね。枯渇しているならまだしも、結構あるみたいだもの」
鉱石ではないとなると、後は何だ?
言い伝えみたいなものとか……。
「この山とか地域に昔からの言い伝えみたいなものってありません?」
「俺は知らんが、どうだ?」
「言い伝えと言えるものは無いぞ」
だめか。
皆が皆腕組みをして頭を捻りながら考えるけれど答えは出ない。
とはいえ今は理由を知るより優先しなきゃならない事が有る。
理由も大事だけれど、問題の解決が先だろう。
散々俺らが質問しておいてなんだけど、悪びれずにさっさと別の話に移る。
「じゃあ一先ず理由は置いといて、別の質問ですけど、セアト村が無くなった時に大々的に何か動きは無かったんですか? 冒険者ギルドなり帝国なり」
「すまんが分からない」
「ですよね……」
まあ、結局どれもこれも今考えても仕方がないか。
今は強引にでも情報は正確だとして考える他無いだろう。
とはいえ依頼料が高額だからといって虚偽の申告をしたというけど、一体いくらだったのだろうか?
「あともう一つ聞きたいんですけど、依頼料っていくら払ったんです?」
その質問は押してはならないスイッチだったのか、村長の雰囲気ががらりと変わった。
そして憮然とした態度で金額を口にする。
「……金貨5枚だ」
え?
「ふぇ?」
「は?」
「え?」
「なんだって?」
「うそでしょ?」
なんだそれ?
流石に聞き逃せなかったようで、プリシラ以下全員が反応し、そして口をポカーンと開けたまま固まってしまった。
ついでにと言っていいのか、ディルクさんも固まった。