第93話 鍾乳洞
本日3話目です。
ご指摘がありましたので、以下の文を92話のプリシラの考察場面に挿入します。
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「では逆のケースですけど、ご領主様が強制的に移動をさせた線を考えますが、これもわたしとしては薄いと思います」
「なぜ?」
「まず、各家の前にある畑が一切踏み荒らされていないという事と、全ての家の鍵がかかっているという事」
「ああ、領主が強制的にというのであれば、必ず兵士が来る。兵士ならば畑など関係なしで踏み荒らすという事だね?」
「はい。無抵抗で全員が移動をさせられたとは思えないので、執政官が来たにせよ兵士は必ず同行していくと思います」
「そうだな。移動を強制させるなら兵は必ず連れて来るだろう」
「そして4つ目ではないとわたしが思う一番の理由は、今日の昼過ぎにわたし達がベルテの馬商に嵌められた、という事です」
「あ、そっか。既に強制移動をさせているなら、あたし達なんて放置でいいものね」
「そうです。あの時間帯に別のルートから強制移動をさせていた可能性も無くもないのですが、総合的にみれば低いと思います。無人の村を見られたくないといった理由も考えられなくもないのですが、それをしても結局は意味がありません。ずっと封鎖をしておく事なんて到底無理なので」
「なるほどね……」
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「あの山肌に見える大きな白い岩。あれが目印よ」
指を指しながらレイニーさんがそう言ったその先を見れば、確かに目印と言える程に大きな白い岩が、山頂に生えそろう木々の間にぽっかりと浮かんで見えた。
「まだもう少しかかりそうですね。何も障害がなければ後20分ってところかな」
「そうね、でもここから先は何本かに道が分かれているし、林の中に入るから方向だけは間違わないようにしなきゃかも。川も少し離れるわ」
この先に村とかは無い筈だけど、これまではかなり速く歩いて進んだので、この後も同じように進むことが出来れば予定よりも早く到着しそうだ。
しかも道は石畳で出来ているから非常に歩きやすい。
思ったよりもまだ日は十分な高さなので、このまま進めれば到着してからの捜索も出来るだろう。
「目標が既に分かってるんで大丈夫です。この解体新書とマップ機能を使えば迷う事は無いし」
地図部分を広げたままの解体新書を、指の裏でパンッと叩いて自信満々に告げた。
「そうなの?」
「はい」
それに、解体新書がなく、目の前から先が全て白地図だとしても、手前は既に地図として記録されているのだから、目標を見つつ地図に照らし合わせれば、方向が狂う事なんてない。
なのでマップを開きっぱなしにしたまま、迷うことも無く進んでいく。
「この硬い石畳は馬車用か?」
歩いていると、ふと田所さんがそう呟いた。
「そうじゃない? マジックポーチに普通の人は石なんて重いものを殆ど入れられないでしょ」
「そりゃそうか。石だもんな」
とはいえ俺は違う事を考えていた。
道が石畳じゃなければ、今すぐにでも村人がこの道を使ったかが分かったのにと。
「この辺りって魔獣は出るの?」
周囲を若干警戒しつつ、今度は絵梨奈さんが聞いて来た。
何か話をしつつ歩いて、どうにかしてレイニーさんの気を紛らわそうとしているらしい。
「ここの林は大丈夫よ。居ても人をあまり襲わない森狼や草食の森鹿くらいで、今まで危険な目に逢ったことはないわ」
確かに解体新書にもそう書いてある。
森鹿は、元世界の鹿よりも少し大きい草食魔獣で、肉は美味しくて肉の一部は生で食べられるくらいなんだそうだ。その部位が分からなきゃ生食は危険らしいけど。
けれど、もう一つの出現魔獣に関しては、ほんとうに?と首をかしげる。
「襲わない森狼?」
同じように、相馬さんも気になったようだ。
見ればレイニーさん以外全員が気になっているような表情を見せている。
その表情を見やって、そうでしょうねと言いつつも説明をしてくれるようだ。
「ええ、本来は襲うけれど、ここの森は人を襲う必要が無いくらい他の餌が多いのよ。森鹿の他にも、ツクツクとかプレイリーラットとかね」
ツクツクとはカピパラみたいな形をしていて、プレイリーラットはイタチのような形をしているらしい。
どちらもファブルたんに毛が生えたような強さらしく、しかも草食魔獣なので森狼にとっては格好の餌だ。
「あぁ、なるほど」
「餌が多けりゃ、わざわざ武器を使って抵抗して来る人族よりも、逃げるだけの草食魔獣を追い掛けた方が良いって分かってんだろうな」
「案外賢いから。狼って」
ただ、そんな魔獣しか居ない森だからこそ、ゴブリンが湧きやすいという事でもある。
強い魔獣にしてみれば、ゴブリンなんて良い餌でしかないから。
そんな風に会話をしながら歩いている内に、段々と道幅が狭くなってきた。
とは言っても道は石畳のままだし、単に雑木がやたらと枝葉を伸ばしているだけのようにも思えるけれど。
その後もなるべくレイニーさんが思い詰めないように、当たり障りのない話をしながら林の中を小走りで進んで行った。
そして村から歩く事1時間弱。
「たぶん、もうじきよ」
そうレイニーさんが口にした直後、林を突き抜けた俺たちは、眩しいくらいの白い景色に思わず目を閉じた。
「ま、まぶしっ!」
「真っ白ですね……」
直前までの林の中が少し薄暗かったのも影響しただろうけれど、ゆっくりと開けた目に映った景色は、そこが石切り場だと直ぐに分かるくらい、白い山肌が剥き出しになって綺麗に切り取られた跡が残って居た。
近くには崩れて廃墟となった木造の建物がそれなりにあり、かつて石切りをする労働者が寝泊まりした場所なんだろうなと想像できた。
そして、耳を澄ませば遠くから激しい水音が聞こえてくる。
「あっちだな」
「そうですね」
俺とプリシラが先頭を歩くように進み、ほんの数分歩けば――
滝のように噴き出す水と、その直ぐ傍には硬く通路を閉ざした鉄格子が見えた。
「あった……」
「ありました!」
「当たったのね……」
閉ざされているけれど、入り口は確かにあった。
けれど、ここに本当に避難をしているかは分からない。
そうであって欲しいけれど。
「とりあえず行ってみましょう」
「そうだね」
逸る気持ちを押さえつつ進むけど、それでも自然と小走りになる。
そして、何に遠慮をしているのか、誰に遠慮をしているのか、見ればみんな競歩のような走り方になっていた。
それだけ平静を保っていられないんだろう。
かく言う俺もそれは同じで、不格好な走り方を見ても全く笑えなかった。
そして一番最初に鉄格子に辿り着いたレイニーさんが、鉄格子を石で思いっきり叩きながら叫ぶ。
「皆! いるの!? いるなら返事をして!!」
隣で激流が噴き出す様に流れているのだから、声なんて搔き消されてしまう。
それがわかったからか、レイニーさんは泣きそうな顔を見せた。
そして俺は俺でサーチ+のスキルでマップを確認したが、奥に成体反応はなかった。
いるとすればもっと奥か。
だが、レイニーさんは既に居るものとしか考えていないみたいだ。
「聞こえてないかも……」
今にも泣きそうな声を聞くと、胸が締め付けられる思いだ。
すると、スッとレイニーさんの傍までオリヴァーさんは歩み寄る。
「俺が代わりに叫んでみる。皆、済まないが少し下がってちょっと耳を塞いどいてくれ。出来れば耳に指を突っ込んだ方が良い」
レイニーさんの肩に手をやってそう言うと、振り向いた彼女の顔はちょっとどころでは無いくらい引き攣っていた。
見ればマルタさんも若干引き攣っていて、直ぐに耳と目を思いっきり塞いだ。
……目!?
「良いか?いくぞ」
目なんて閉じる必要あるのか?
そう思いながら耳に指を突っ込んで塞ぐと、それを確認したオリヴァーさんは、前を向いて大きく息を吸い込んだ。
そして――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!誰かあああああああああああああ、いるかあああああああああああああああああああ!!!」
ちょっ!!おいいいいい!!
まるで最大音量の拡声器を耳元で使われたのかと。
それはもう凄い声量……というか爆音が辺り一面に響き渡り、地面は震えるわ鉄格子は変な音を共鳴させるわ、挙句の果てには滝のように流れ落ちる水の方向が若干変わった。
「嘘だろ……」
思わず目を疑ったけど、耳を塞いでこれだから、まともに聞いたらきっと凶器だな。
なんか、耳の奥でキンキン音が鳴り響いているし、脳どころか体中の水分が揺れたような気がする。
というか、目を瞑った理由が分かった。……眼球が痛い。
「酷い目にあったわ……」
「なんなんだ今の声量は……」
「爆音だね……」
「参ったよ、オリヴァー殿……」
見れば皆目を白黒させてフラフラしている。
シルヴさんもフラフラしている所をみるに、ごく近い人しか知らなかったのだろう。
「ラウドってモンスターのヘイトを上げるスキルがあるだろ? それの応用だ。とは言っても獣人の一部しか出来ないが」
「というか、声を出したオリヴァーさんは平気なんです?」
「平気だな。少し鼓膜が震えるくらいだ」
音波が拡散する方角の問題なんだろうか?
でもそれなら後ろにいる俺らに影響はないような……。
よく分からないけれど、平気だというならまあいいか。
「レ、レイニー!!」
そう思っていると、奥の方からレイニーさんの名前を呼ぶ声が聞こえた。
中は暗い為に姿は見えないけれど、中からだと俺らが見えたんだろう。
「お父さん?」
「来てくれたのか! 待ってろ、直ぐ開ける。村長、お願いします」
「ほ、本当に大丈夫か?」
「大丈夫です! 娘が来てくれた」
「いや……奴らの手の者かもしれんぞ?」
「言ったじゃないですか! 妻が手紙を送ったと!」
「いや、駄目だ! 村を捨てたお前の娘なぞ信用できるか!」
「そんな……」
なんだ?
手の者って?
っていうかその言い方は無いだろ。
「どういう事です?」
「……」
俺が問いかけても返事は返らない。
それもそうか。
危険を感じて隠れているんだから、警戒をして当然だ。
ここで怪しい者じゃありません!なんて言っても意味がないだろうし。
しかしさっきの発言はイラつくな。
村を出て行ったら裏切り者とか、どれだけ閉鎖的なんだと。
レイニーさんはすっかり落ち込んでしまっているし。
「わたし達は、この村の依頼を受けてトレゼアから今日来た冒険者です。こんな場所にいるのはきっとゴブリン関係で何か理由が有るからだと思いますけど、話をしなければ何も解決できません!」
「そうは言っても……証拠が」
プリシラが必死の形相で説得を試みたけれど、全く効果がない。
証拠何て何も有る訳がないし。
あるとすれば依頼書くらいだけれど、だからって依頼書を見せて効果あるか?実の娘がいる事が分かっていても開けて貰えないのに?
それでも一応依頼書を出してみる事にし、マジックポーチから魔法紙を取り出した。
「これがギルドの依頼書です。これなら証拠になると思うんですけど」
鉄格子越しに依頼書を翳すと、奥の方からライトの生活魔法が灯り、依頼書を照らす。
……んが。
「こ、この依頼書だって偽造出来るだろう!」
ほうらやっぱり。
予想道理の答えが返ってきてげんなりする。
「……できませんよ」
「そんな事信じられるか!」
これ以上どうしろって言うんだ? このクソ村長は。
思わず心の中で暴言を吐き、どうにもならない思いで天を仰いだ。
「くそ……」
「何を言ってんだこのおっさん……」
見ればオリヴァーさんと田所さんの額には青筋が立っていた。
その気持ちは分かる。けどほんとどうするよ?
そう思いながら、古く錆がところどころ浮いている鉄格子を見やる。
太さは3センチ弱か。……この鉄格子、魔法剣でぶった切れないかな? ぶった切れそうにも思えるんだけど……。
そう思い始めた時だった。
スッと鉄格子の近くまで近寄ったプリシラが、無表情で中にいる村長に告げる。
「仕方がないです。あと10数える内に鉄格子を開けてください。そうして貰えなければ、ここに居るカズマさんが鉄格子を剣で切断します」
え?……うええええええ!?
「「ちょ、ちょっとまて!」」
思わず発した言葉が、奥に居る村長らしき声と綺麗にハモった。
◇
結果。
素直に扉を開けてくれた。
いや、素直かどうかは微妙な所だけれど、とりあえずは開けてくれた。
俗にいう脅しという奴で。
恐ろしい女の娘だよ、プリシラたんは。
澄ました表情で何でもない事の様に、妹弟達との再会を喜び両親と話をしているレイニーさんを見やっている。
そして相馬さん達転移者組は、三人とも悪い顔を見せていた。
ほんとに切っちゃえば良かったのにとか思っていそうだ。
かたやシルヴさんやオリヴァーさん達は、未だにプリシラを驚きの表情で見やっているけれど。
プリシラたんのような大人しそうで可愛らしい女の子が、強硬手段に出ようとするなんて思いもよらなかったのだろう。
「すみません、カズマさんを悪者にしてしまいました」
「ん? ああ、それは全く気にしなくて良いよ。いい加減イラついていたし、俺もぶった切ろうかなーなんて思ってた所だったから。それにさ、プリシラが魔法を使うと奥に居た人を傷つける可能性もあったしね」
「はい、そう思って咄嗟に言ってしまいました」
俺の顔を見ながら申し訳なさそうな表情を見せた。
気にしなくていいのに。
「気にしない気にしない。むしろファインプレーだ」
そう言いつつ彼女の桃色の髪をよしよしと撫でた。
すると、しょぼくれた表情と嬉しそうな表情の狭間で揺れ動くような、変な顔を見せる。
「あぅぅ……」
「それに、そんな顔をしたら折角の可愛い顔が台無しだ」
「ふぇ!?」
「おっほ!」
変な声が後ろから聞こえた。
誰かと思えば田所さんだった。
そして不意打ちのように食らってしまったプリシラは、ぴょんっと飛び跳ねて瞬時に頬が真っ赤に染まる。
ちょっと効果が有り過ぎたか。
しょぼくれた顔を元に戻してほしくて口にした言葉だけど、まあ、お世辞でも何でもないので別に俺は気にしない。そういう事をちゃんと言えるように成りたいと何時も思っているし。
そう心のなかで自己弁護をしていると、絵梨奈さんが二ヨ顔を向けて来た。
「やるわね、一眞ってば」
「そうですか?」
「出来ればあたしにも言って欲しいけど、あたしってガサツだしね」
何を言っているんだ?この人は。もしかしてエールの飲みっぷりを言っているのか?
だとするなら大間違いだ。
美人でスタイルも良いいくせに、気軽に話しかけられる近所のお姉さん的な雰囲気を何時も作ってくれている絵梨奈さんが、ガサツだなんて。
「え?そうでもないですよ? 絵梨奈さんも綺麗だし、魅力的ですよ?美人なのに親しみやすい所とか良いと思います」
「んあっ!?」
今度は絵梨奈さんが驚いた顔のままフリーズした。
そして段々と頬が赤くなる。
俺もそうだけど、褒められると嬉しい反面恥ずかしいもんだよな、うん。
「やるね、司馬君」
何故か褒められた。
相馬さんは別に悪い顔を向けてきていない。
「ははは、まあ、ツンデレはキャラじゃないですから。っと、一応説明は終わったみたいですね」
鍾乳洞の入り口を見れば、村長らしき男性と、レイニーさんの家族がこちらを見ていた。未だに村長は機嫌が悪そうだけれど、そんな事は知った事ではない。ぶっちゃけ俺も機嫌が悪い。
とはいえ。
さて、どんな話が聞けるのか。
俺達に処理できるような内容なら良いんだけどな。
そんな風に思いながら、俺は入り口へと歩を進めた。




