第90話 何故にこんなところで
本日3話目です
突然急停車した馬車から前方を見やると、土煙の間から薄っすらと見えたソレは、とても人には見えなかった。
「いや、あれは違う!」
緑色の肌をした人族なんて聞いた事が無い。
というか、肌の色が緑色というだけで、それが何者かは容易に想像がついた。
しかも何よりやたらと体が小さく子供程度でしかない。
「ゴブリンじゃないか!?」
田所さんも直ぐに気付いたらしい。
俺は田所さんを見やり、小さく頷く。
こうしちゃいられないと。
「ちょっと行って来ます!」
「俺も行く!」
「僕も行くよ」
「わたしも行きます!」
「あ、あ、あたしも!」
剣を握りしめて馬車から飛び降りれば、全員が同じように飛び降りた。
土煙が上がっている場所までおよそ200m程。
上から見下ろしているような感じだから案外見やすい。
俺は走りながら魔力を掴み、それを剣になじませる。
すると綺麗な淡く白い光がチタニウムブレイドを覆いつくす。
それを見た田所さんが一瞬ギョッとするけれど、今はそれどころじゃないからか何も言わず自身も走りながら剣を構える。
良かった。
余計な説明をせずに済む。
なので俺は遠慮なく必要な指示を飛ばす。
「魔法は一先ず様子見で、相馬さんは絵梨奈さんとプリシラをガードしてください。俺と田所さんだけでまずは突っ込みます」
盾を持って居る相馬さんはどうしても俺や田所さんよりも足が遅い。
ならばこの場合は後衛のプリシラ達をガードしてもらう方がいいだろう。
「おう!」「了解!」「任せてよ」「分かったわ」「はい!」
それぞれ同時に言葉を発したけれど、案外と誰が何を言葉にしたのか分かるもんだなと。
そして徐々に近づけば、戦いの状況も見えてくる。
30匹ってところか……多いな。
大した武器とかは無いし防具なんて木の盾と腰に巻いた布くらいだ。ただ、弓ゴブリンも居るからそこだけは注意か。
あと、襲われている人は……二人か?
走りながら、そんな感じで冷静に分析していると――。
……あれ?
どっかで見た事があるような無いような獣人と鎧が。
思わず記憶を辿ったけれど、俺の記憶にあるそんな二人なんて二人しかいない。
なんとも世界が狭いと嘆くところだけれど、今はそんな場合じゃない。
そして同じように気付いたのかプリシラが真っ先に口を開く。
「あの人!知ってます!」
「なに?……おあ!……名前忘れた!けど俺も知ってるぞ」
「あの人よ!ほらっ!あたしも名前忘れた!」
オリヴァーさんですよ。
そして知ってて当然ですよ。
南の森に行っていた時、いつも同じ馬車に乗っていたこっちの人のパーティーなんだから。
それプラス、ソロで狩りをしていた鎧のイケメンも。確かシルヴさんだった筈。
「なんでこんなところにいるんだ……」
「分からない……だが助けるのは変わらないだろ?」
「一眞、助けるわよ!」
「勿論。魔法職二人は弓ゴブリンを狙って。4体いる!」
「分かったわ」「はい!」
弓の数がちょっと多いから反撃を食らうだろうけど、それは相馬さんが防いでくれるだろう。
そう期待をしつつ、俺と田所さんは戦いの場に突っ込んだ。
「テキダ!アラテダ!」
「ギャギャ、カモガキタ!」
「オンナ、イル!オンナ、コレデゴヒキ!」
「ツイカ、オンナ!オカス!」
「チチ!チチスワセロ!チチ」
「キンパツオンナ、オレノダ!」
「オンナ、オレノコヲウム、ヨコセ!」
「オンナハラマセル!ギャギャ」
片言だけど、確かに何を言っているのか分かるんだな。
しかも殆ど下ネタじゃないか。
というか、シルヴさんゴブリンに女扱いされてるし。
「これの事か……」
惨いなと思っていると田所さんが顔を顰める。
以前伊織ちゃんから聞いていた話を思い出したのだろう。
「最悪ですね。っと、遣ります!」
「おう!」
寸前に迫ったゴブリン。
俺らにはあまり興味はないかのようだが、眼前の邪魔は排除するとでも思っているのか、出来の悪い槍をこちらに突き出して来た。
が……。
なんてスロー過ぎるんだ。
こんなもの、ギガスボアに比べたら止まっているようにしか見えない。
そう思いつつ槍をあっさりと躱し、踏み込んで魔法剣を袈裟切りに払うと、何の抵抗も感じなかった。
「あ、あれ? 切った筈?だよな?」
そう口にした瞬間に、ゆっくりとゴブリンの上半身が斜めに滑り落ちて行った。しかも2体。縦に並んでいた後ろのゴブリンも含めて。
狙ったものだとはいえ、その光景に思わず目を見開く。
後ろにいたゴブリンは明らかにチタニウムブレイドの剣先が届かない位置だったのに、それでも綺麗に抵抗なく屠れた。
これが魔法剣か……。
確かに、慣れるまでは剣筋の先に味方が居たら一緒に切ってしまいそうだ。
そんな感想を持ちつつも視線を感じて隣を見やれば、田所さんは俺を見つつ、驚いた表情でゴブリンを切っていた。
「ちょっ!俺を見ないで良いから!前っ!前っ!」
「お、お、おう……」
思わず敬語を忘れてしまった。
でも、すっぱりと切れた2体のゴブリンを見やり、これなら行けると。
そして直ぐに次のゴブリンを探す暇もなく、2本の槍先が迫って来る。
それを身を捩って楽々躱し、今度は2体纏めて真横に一閃する。
抵抗はやはり全く無い。
背骨を切った筈なのに、まるで豆腐でも切ったかのような。
しかも今度も後ろにいたゴブリンを追加で1体屠る事が出来た。
そうなればもう此方の物だ。
くの字に折れ曲がりながら沈んでいく3体のゴブリンを眺める事すらせず、次々と手あたり次第に切り捨てていく。
一振りで数体ずつなんていう、間違いなくチートかと思える程の威力で。
遠くでは絵梨奈さんとプリシラが放った氷と風の魔法が弓ゴブリンを切り裂いている。
弓ゴブリンは俺らではなくプリシラ達を狙っているが、相馬さんがしっかりと盾でガードをしてくれているようだ。
「弓ゴブリンは居なくなったわ!」
そして絵梨奈さんが大きな声で知らせて来た。
どうやら無事に弓ゴブリンを処理出来たようだ。
「す、すまない」
見ればオリヴァーさんとシルヴさんは、今にも倒れそうな程に満身創痍だ。
けれど助けが来たと分かったのか、立っているのがやっとの状態でお礼を言って来る。
どうやら俺らだと気付いていないらしい。
だが、次の言葉で顔が青ざめる。
「め、メンバーが二人攫われた……」
「え?」
「何!?」
ちょっとまて!メンバーって、レイニーさんとマルタさんじゃないか!?
一瞬の内に震えが襲って来る。
見つけられなければ、その後の二人がどうなるかなど分かり切っているゆえに。
「どこに向けてだ!?」
およそ俺らしくない言葉遣いだけど、焦っているのだから気を遣っている余裕もない。
「東側の、森のなか、だ……」
「まだ、そう遠くには、行っていないと……」
そう口にした瞬間に、シルヴさんとオリヴァーさんは崩れ落ちた。
「田所さんこっち任せます!」
「分かった!」
もう残り数体だ。
俺は田所さんに任せ、一気に加速をして林の中に突っ込んだ。
そしてサーチのスキルを使えば――。
いた!
生体反応を辿ると、直ぐに少し離れた場所で女性らしき人が二人と、それを大勢で引きずっているゴブリンを見つけた。
二人とも意識を失っているのか、引き摺られるがままだ。
見ればやはりレイニーさんとマルタさんで、顔には無数の殴打痕が見て取れた。
「くっ……そが!」
知り合いが嬲られた事で、目の前が赤く染まるような感覚を覚え、怒りのオーラが噴出する。
地面を蹴り、更に加速をし、引っ張っているゴブリン4体を一度に屠る。
「グギャ!」
「ギギギ……」
そして、驚いている残りのゴブリンを、同じようにもう一度屠った。
「ゴビュ……」
「ギャ……」
相変わらず感触は感じないけれど、一度に屠った数は先ほどよりも多かった。
それはゴブリンが密集していたからか、それとも怒りで魔力が暴走しかけたからなのか。
こうして初ゴブリン退治は、予定とは全く違うタイミングで終わった。
辛うじて最悪な結末になる事無く。
◇
「ふぅー……終わったぁ……疲れた」
戦いに疲れたというよりも精神的に疲れた。
二人を抱えて森の中から外に出た俺は、アドレナリンを噴き出し過ぎた反動からか、どっと疲労が襲ってきて草の上にペタンと尻餅をついた。
今は絵梨奈さんとプリシラがレイニーさんたちを看ている。
俺ら男は最悪の状態だった場合を想定してお任せだ。
なので俺はそちら側に背を向けて、一先ずは戦闘の結果を見てみる事に。
「さて、ゴブリンやオークを倒せばギルドカードに自動でカウントされるって話だけど、どういう風になってるのかな」
亜人を倒した場合にその証拠となるものを持っていく。例えば耳だとか牙だとか。
本来ならばそうなのだろうけれど、この世界ではそうではないようで、討伐をしたら討伐をした数をその時にパーティーを組んでいた人数で割った数値が、ギルドカードに自動で割り振られるらしい。
余計な汚いものを持ち歩く必要もないので有難いのだけれど、じゃあ魔獣を倒した時も自動でカウントしてくれと思うところだ。
何か出来ない理由があるんだろうけれど。
魔法的な何かとか、不正管理が難しくなるからとか。
そう思いつつギルドカードを胸から取り出して、”ギルドカードオープン”と唱える。
何気にステータスは頻繁に開くけれど、ギルドカードの中身を見る機会は殆どない。
それは見ても代わり映えしなかったからだけど。勿論今までは。
「ギルドカード、オープン。……お、ゴブリン討伐数が8になってる。ってことは40体以上いたって事だな」
ステータス画面よりも、かなり簡素なギルドカードの画面を見やりながらそう呟いていると、
「全部で56体だった」
「あら、結構居ましたね」
「俺らが来る前に15体くらいは倒したみたいだしな」
周囲を確認し終わった田所さんが俺の所に来てそう言った。
「ああ、なるほど。だから討伐数は8なんですね」
「そうだな」
そして少し遅れて相馬さんも来て口を開く。
相馬さんの顔を見れば、どうしようかと困ったような表情に見える。
何かあったのだろうか?
「参ったよ。どうやら馬車のおじさん、逃げてしまったらしい」
「は?……うええええ!?」
「ま、まじかよ……」
後ろの方を見やってみても確かに何も誰もいない。
見えるのは地面に生える青々とした草と綺麗な青い空だけ。
「ってことはこの先は歩きか……」
もしかしたら丘の向こうまで避難しているのかとも思ったけれど、たった今相馬さんが走って丘まで行って確認したのだから、やっぱり逃げちゃったんだろう。
戦闘時間なんてほんの10分程度なのに。
「酷いですね……」
「ありえないって」
「びっくりだよね。ハハハ……ハァ」
相馬さんじゃないけれど、乾いた笑いと溜息しか漏れない。
というか、この世界ではそれが普通なのだろうか?
確かに俺らは冒険者の恰好をしているけれど、俺らが強いかどうかなんておじさんには分からない訳で、そうなれば自分の命は自分で守らなければならないとなれば、やっぱり逃げるのも仕方がないのか?
何となくもんもんと納得できないでいると、
「こっちは大丈夫よ。まだ気絶をしているけれど、手遅れにはなっていないわ。ポーションも飲ませたし、一眞から貰った解毒薬も一応飲ませておいたわ」
レイニーさんとマルタさんの手当をお願いした絵梨奈さんからの言葉だけれど、手遅れになっていないという言葉に安堵する。
ゴブリンやオークを相手に手遅れという意味は、つまりは犯されたかどうかだから。
「よかった……」
二人の装備は盛大に破壊されているけれど、脱がされていた訳でもないし、直ぐに分かったのだろう。
「じゃあ次はオリヴァーさん達か」
そう口にしつつ、オリヴァーさんとシルヴさんの所へ行く。
二人にも解毒薬と白ポーションは飲ませてある。
因みに呼吸が止まっていた訳では無いので、マウストゥーマウスなんていう恐ろしい出来事は起こっていない。
「あ、意識を取り戻したようだね」
致命傷とかでは無かったので、目覚めるのは早いだろうなと思ったけれど、その通り早く目覚めてくれた。
二人は最後の辺りまで意識を手放さなかったけれど、毒を塗った矢じりに傷つけられ、痺れる体で戦っていたからか、助けてもらった事は分かっていても、最後まで俺らだと分からなかったようだ。
それが証拠に、俺達が目の前に現れると、幽霊でも見ているのかと言ったような表情を二人とも見せた。
足はちゃんとありますよ?
「助かって良かったです。俺の事分かります?」
「あ、ああ……一瞬夢でも見たのかと思ったが……」
「あ、有難う。もう駄目かと思った……本当に助かったよ。でもどうして君たちはここに?」
それは俺も同じ疑問なんですけどね。
「俺らはこの先のポエミって村で起こってるゴブリン騒動の依頼を受けて来たんですよ」
「「……え?」」
俺が目的を告げた直後、何故だかわからないが二人に微妙過ぎる空気が流れた。
なんだ?
俺変な事言ったか?
そう思いつつ、その理由を聞く事に。
「ち、ちょっと詳しく話をしましょうか」
「あ、ああ、そうだな。いや、その前にお礼を言わせてくれ。助かった、有難う。レイニーとマルタも無事のようだし、本当に感謝する」
未だ目覚めていない二人だけれど、それでも安堵の表情で見やり、俺達に向き直して大きく頭を下げて来た。
体力は回復したようだけれど、二人ともどう見ても表情に覇気が無い。
「いえいえ、助けられて良かったです。じゃあまずこれを飲んで」
表情を見て、そう言いつつ万能薬を渡す。
最初からそうすれば良かったと思ったけど、頭が回らなかったんだよ。
「これは……」
「貰ってください。困った時はお互い様ですよ」
「わかった。有難く頂くとするよ」
「ああ、俺もそうする。実際有難い」
遠慮がちにだけれど俺から万能薬を受け取り二人は飲んでくれた。
すると見る見るうちに顔色が元に戻る。
それを確認した俺は、オリヴァーさんが何故ここに居るのかを聞いてみる。
「俺らはさっき言った通りですけど、オリヴァーさん達はなんでここに居るのかを聞かせてください」
「ああ、実はな――」
聞けば納得した。
未だに意識を失っているレイニーさんの故郷がポエミ村らしく、彼女は家族からの便りで村の窮状を知ったそうだ。
冒険者ギルドに依頼をしてもなかなか動いてくれないとかで、冒険者になったレイニーさんに助けて欲しいと書いてよこした。
「それでレイニーの奴は最初何も言わなかったんだが、様子が変だったから、俺らがしつこく聞いて漸く聞き出したんだ。それでマルタと相談して直ぐに出かけようってなった」
「その時に私も丁度聞いていてね。それなら私も手伝うと申し入れした」
なるほど、そういう事か。
とはいえ……。
「でも皆さんまだ銅ですよね?」
「ああ、もうじきクラスアップするが、まだ銅だ」
無茶だよ。
気持ちは分かるけど、ギルドから禁止されているのには訳があるのに。
そりゃ10体くらいならどうとでもなるだろうけど、ゴブリンが人を襲う時は30体くらいは当たり前だって聞くし、そうなれば弱い障壁はあっという間に削られて毒を大抵食らう。
俺の気持ちが顔に出ていたのだろう。オリヴァーさんは俯き加減で口を開く。
「言いたい事は分る。でもな、レイニーの寂しそうな表情を見たらどうしても助けてやりたくてな」
その気持ちもわかるけど……。
一言俺らに言ってくれていれば。って、宿とか全然知らなかった。
「一応私が青銅だったからね、大丈夫かとも思ったのだけれど、考えが甘かった」
イケメン剣士さんは青銅だったのか。
それなら行けると思うかもなあ。装備も結構よさげだし。
「恥ずかしい事だが、突然無数のゴブリンの群が迫って来て、体が直ぐに動かなかった。集団戦はウッドヴォルフで慣れているつもりだったんだが……」
想像以上の数に襲われて、軽いパニック状態に陥ったって事か。弓ゴブリンもいたしなあ。
項垂れているオリヴァーさんを見やりながら、俺も後追い参加じゃなければ、きっと焦ってしまっていただろうなと。
でも俺はちょっと腑に落ちない事を思い出した。
以前に聞いたレイニーさんの話だけれど。
「一つ質問ですけど、レイニーさんって家を飛び出して来たって前に言ってませんでした?」
「ああ、よく覚えているな」
「その通り、飛び出して来たわ……」
意外そうな表情でオリヴァーさんがそう言った時、少し離れた場所からレイニーさんの声が聞こえた。
どうやら丁度今目が覚めたらしい。
パタパタとプリシラが駆け寄り、大丈夫ですか?と声を掛ければ直ぐに大丈夫ありがとうと頭を下げ、それから俺や相馬さん達に向けて頭を下げた後、先ほどの言葉の続きを口にする。
「飛び出して来たのは確かなんだけど、毎月家にはお金を送っていたの。そうしないと妹や弟達が売られてしまうから。……わたしだけ自由に生きていい訳が無いし、わたしが自由に生きた結果で妹や弟達が辛い目に逢うなんてと思って」
そっか……。
この人も優しいんだな。
もしかしたら負い目みたいなものなのかもしれないけれど、それでも妹や弟達を気遣って仕送りを実際にしてたんだから、優しいのは間違いない。
そう思うと、段々この人の事を好ましく思えて来た。
「両親にわたしの常宿は教えて無かったけれど、送られて来た受取り確認の通知と一緒に手紙が届いてね、それで村が危ないって分かったの」
「納得しました。それで、どうします?」
「一応、村に行ってみるわ。防具が壊れちゃったから戦えないけど……」
流石にレイニーさんに俺が使っていた皮鎧を渡してもブカブカで着られないだろうし、そもそもレイニーさんだけじゃなくって他の3人も防具はボロボロだ。
「わかりました、じゃあとりあえず一緒に行きましょう。いいですよね?皆」
「はい、一緒に行きましょう」
「ああ、勿論だ」
「当然よ」
「僕もそれに賛成だけど、でもどうする?馬車はもうないよ?」
「ああ、そうか」
逃げやがったんだった。
今度見たら文句言ってやろう。
そう思っていたら、レイニーさんが不思議そうな表情をみせつつ口を開く。
「でも、何故あなたたちがここに?」
そうか、そう言えばレイニーさんは聞いて居なかったな。
そう思いつつ、オリヴァーさんに説明したよりも詳しく説明をした。
その間レイニーさんの表情は驚きを通りこして、驚愕の色に染まったままだったけど。
「そ、そうなんだ……わざわざこんな遠くまでありがとう。……それに、この様子を見れば凄く心強いわ」
そう言いつつ周囲に散らばっているゴブリンの死骸を見やった。
俺も改めて見てみるけれど、辺り一面が血の海でゴブリンの死骸が無数に散らばってしまっていて中々にカオスだ。
ツーンと鼻を刺激する鉄臭い匂いも漂っているし。
「まあ、オリヴァーさん達が倒した分も含んでますけどね」
「いや、俺らは10そこそこしか倒せてない」
「それでも後追い参加は楽ですよ。近くに寄るまで敵の意識が向いてこないんですから」
俺がそう本音で言うと、シルヴさんが違うと首を振る。
「一応私も冒険者だから、君達とのレベルの差や使っている装備の差くらいは分る。きっと最初から君達だけで戦ったとしても、さして困難な状況には陥っていないよ」
普段は鎧の中に入れている長い金髪を風になびかせながら彼はそう言った。
クリーンの魔法を使うのを忘れて居るのか、顔中がゴブリンの返り血で汚れているけれど、それを差し引いてもイケメン過ぎる。イケメンというか……憂いを帯びた今の表情は、女性だと言われても全く違和感がない。
思わずドキッとしてしまった自分にげんなりしたけれど。
俺は断じてノーマルだ!
なので全く関係ない話に持っていく。
「ち、因みにこの依頼を見つけたのは田所さんですよ」
「そうなの? 本当に有難う」
レイニーさんが田所さんを感謝の視線で見つめた。
すると、見つめられた田所さんは瞬時に顔を赤くしつつ、居心地が悪そうに口を開く。
「お、おい……よ、余計な事を……」
あのー、レイニーさんってヒュームですよ?
獣人さんじゃないですよ?
そう思ったら当然のように絵梨奈さんが突っ込む。
「何で顔を赤くしてるのか分からないけど」
「う、うるさいぞ絵梨奈」
「ははは、まあ、実際は旅と野営とゴブリン狩りが同時に出来るからって安易に引き受けただけなんですけどね」
「ぶっちゃけちゃったね司馬君……」
苦笑いを浮かべる相馬さんがそう言ったけど、嘘をつくような事でもない。
「あはは。でもまあ、結果は受けて良かったなって」
「そうですね」
俺の味方プリシラたんが大きく同意してくれた。
同意をしてくれたところで、移動をする前準備を始める事に。
「さて、とりあえずはゴブリンの死骸を処理しときましょう」
「そうだね。このままにしておくと魔獣が出るらしいから」
「じゃああたしが処理すればいい? あ、一眞も火魔法を使えたわね」
「ですです。でも俺だとINTが弱いんで骨とかは残るかもだから、処理は絵梨奈さんにお願いしていいです?」
絵梨奈さんは火と風の魔法を扱えるし、INTも俺なんかよりよほど高い。
「勿論いいわよ。じゃあ、さっさと集めましょ」
何てこともない風に絵梨奈さんがそう言った。
いや、何て事ない訳ないでしょ?ゴブリンの死骸ですよ?女性の敵ですよ?
そう思いつつ女性は手を付けないで良いと言う。
「絵梨奈さんとプリシラは良いですよ。あと、レイニーさんもね」
「どうして?」
「どうしてです?」
すると当の女性から疑問の声があがった。
何故だ。
「ゴブリンを触るのって嫌じゃないです?」
「あー、そういうのはもう慣れたわ。冒険者の死体も何度も見たし、処理もしてあげたし、それに比べれば平気よ。それに、クリーンの生活魔法もあるしね」
そう言えばそんな話を聞いたな。
風魔法で無理やり穴を掘って、そこに遺体を入れて燃やして埋めたとか。
「俺ってその経験無いんですよね……」
「運がいいね、司馬君……」
「全くだ」
確かにその通りだろう。
「わたしも平気ですよ」
「同じく。子供のころから魔獣の処理は手伝わされていたしね」
ケロッとした表情を見せつつ二人とも口にした。
どちらの世界の女性も、お強かったようで。
気を遣った俺は何だったのか。なんだか余計な気を遣うなと言われた気がした。
その後、ゴブリンを集めている最中にマルタさんも目を覚まし、人見知りをする性格ながらも精一杯にお礼を口にしてくれて、助かって良かったなと再度思いつつ、全てのゴブリンを一まとめにし、それを絵梨奈さんがファイアピラーで燃やした。埋める必要がないから楽でいいわーとか言いながら。
それでも56体ものゴブリンの死骸がピラー1発で消滅するわけもなく、結局5発撃って漸く燃やしつくす事に成功したけれど。
因みに俺も1発撃ってみたのだけれど、恥ずかしいくらいに威力が全く違った。
例えれば焚火とキャンプファイヤーくらいの差。
絵梨奈さんのレベルは25で、素のINTもプリシラとほぼ同じの160なのだから差があって当然だ。
……悔しくなんて無いですよ?
「さてっと、皆回復したようだし行きましょう。歩きだけど」
全ての作業が終わり、気を取り直して渡して居なかった万能薬をレイニーさんとマルタさんに無理やり渡して皆にそう言った。
骨も残らず綺麗に焼滅したから問題ないだろう。
「もうポエミまで歩いても2時間もかからないわ」
ってことは10km弱か。
それなら余裕だ。
「では、出発!」
「「はい!」」
お、マルタさんとプリシラの声がハモった。
因みにマルタさんの声もプリシラと同じくとても可愛らしい。顔も前髪で隠すなんてもったいないくらいに可愛らしいし。
とはいえ、そんな風に思いながらも俺は別の事も考えていた。
行き成りとんでもない出来事に遭遇したけれど、これがこの世界の当たり前なんだろうなと思いながらも、もしかしてこれは今回の依頼のほんの序章に過ぎないのではないか?と。
そう予感めいた何かを感じていたりもした。
嫌な予感というか、荒れそうな予感を。