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第9話 救う女神

本日3話目です。

 通路を抜けて大きな扉を開ければ、そこは広いホールだった。


「ようこそ!冒険者ギルド、トレゼア支部へ!!」


「……っ!」


 なんとここにも女神が居た。

 思わずぼーっと受付のお姉さんを見やる。

 俺が余りにも見ていたからだろう。受付のお姉さんはきょとんと小首を傾げる。


「あの……どうされました?」

「あ、すみません。えっと、ここで冒険者登録が出来るって聞いたんですけど……」


 遠慮がちに、若干相手の顔色を伺うようにそう言ったのだけれど、受付の女の人は何も含むところも無いばかりか、更に笑顔を向けて、満面の笑みとともに両手を広げて歓迎の意を示す。


「転移者の方ですね?、もう一度言います。ようこそ、エル=グライムへ!」


 もう一度も何もない。最初の言葉とは全く違うじゃないのさ。

 なんて思いもしたけれど、突っ込みを入れられる筈もない。

 なので俺は普通に返事を返す。


「あ、はい。初めまして」

「私は冒険者ギルド、トレゼア支部のエミリア=ローゼです。よろしくお願いしますね」


 にっこりと微笑みながら、姿勢よく自己紹介をしてきた女性はエミリアさんという名前らしい。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 俺はぺこりと小さく頭をさげながら言った。


「ふふふ、緊張していらっしゃいます?」

「ええ、あ、いえ、緊張とは少し違うかも……」


 俺の言葉に疑問が湧いたのか、エミリアさんは再度コテンと首を傾ける。


「何か問題でも?……あ、いきなり連れてこられてしまって不安ですよね……すみません、気持ちも汲めず……」


 そう申し訳なさそうに頭をさげて来る。


 なんて良い人なんだ。


 恐らく何歳か年上だろうけれど、めちゃくちゃ美人でしかも見た目優しそうな受付のお姉さんの言葉に、俺は思わず涙が出てきそうになった。

 けれどそれをグッとこらえて口を開く。


「いえいえいえ!転移自体は嬉しいばかりなんでそれは平気です」


「やはりそうなんですか? 今までの方も全員が望んでいらしたそうですし」


「今回の25人はどうかは分からないですけど、今まではそうだったみたいですね」


 俺の言葉に対し、笑顔で相槌を打ってくれるエミリアさんに癒される。


「ふふふ、いづれにしても転移者さんが来てくださって、私達は嬉しく思って居ますよ。これからよろしくお願いしますね」


「あ、はい、お願いします」


 笑顔でそう言われてしまい、胸がドキドキと高鳴る。

 なんだろうかなんだろうか?

 先ほどまでの陰鬱な気分が随分と和らいだような気がするし。

 でも……きっと俺のステータスを見れば、この笑顔も終わりを告げるんだろうな。


「では登録を行いますので、お名前だけを教えてください」


 またもや落ち込んでしまいそうになったけれど、どうやら名前だけでいいらしい。その事にすこしホッとする。


「名前は……えっと、姓が先で名が後です?」

「いえ、こちらは名が前で、姓があれば後ですよ」


「じゃあ、名前は一眞カズマで、姓は司馬シバです」


「カズマ=シバさんで間違いありません?」

「はい」


「―――では登録を行いますので、このプレートの上に手を翳してください」


 何かを操作する素振りを見せたエミリアさんは、黒っぽい石板のような板の上に乗っている、皮の紐を通したドッグダッグのようなプレートに向け、手のひらを上にした状態で指し示した。


 その流れるような所作は、接客に慣れている証拠なんだろうなと。

 笑顔も絶やさないし、働く女性はなんだか素敵だ。

 そんな事を思いつつ、石板へと手のひらをペタリと引っ付けた。


「ふふ、翳していただくだけでよかったのですけれど、それでも大丈夫です」


「あ……」


「大丈夫ですよ? では登録しますね」


 微笑みながらそう口にし、隣にある黒いオーブへとエミリアさんが手を翳し、何か呪文のような言葉をつぶやいた。


「―――はい、登録は終了しました。では、これがシバさんの冒険者カードです。このカードは身分証の役割も果たしますから、町に出入りする場合はこのカードを提示してください。そうすればスムーズに入出できます」


 失くさないでくださいね?と言いつつ渡されたカードを見る。

 材質は分からないけれど、色はちょっとくすんだ10円玉のような色だ。

 カッパーランクからスタートだと言っていたから、もしかしたら銅で出来ているのだろうか?


 そしてカードにはこちらの世界の文字だろう、本来ならば全く読めない文字が刻まれていた。

 けれど、何故か読める。

 名前とカッパーとトレゼア所属いう文字がはっきりと頭の中に入って来た。


「……何で読めるんだろう」


 カードを眺めながら、思わずボソッと呟いた。

 だがそんな独り言にも直ぐに返事を返してくれる。


「ステータスに”言語変換魔法”がありますよね?」

「ああ、そういう事ですか」


 先ほど疑問に思ったものが一つ解決した。

 どうやらパッシブで発動するようだ。


「はい。こうやって会話が問題なく成立出来ているのも、そのスキルのおかげです。試しに私の口元を見ていてください。口の動きが少し違いませんか?」


 そう言われてピンクのルージュをひいた、ぷっくりとした唇を見やる。


 やばい、嫌な事を本当に全部忘れてしまいそうだ。

 ぶっちゃけ目的を忘れてしまうくらいドキドキと胸が高鳴り、あからさまに視線を外しつつ、


「へ、へー……魔法って便利ですね……」


「はい。この世界には100以上の言語があります。ですからこの魔法が無ければ私達も大変なので助かっていますね。ただし、文字の記入をされるときは、帝国基準語を覚えて頂く必要が有ります。この国の文書でのやりとりは全て帝国基準語ですから」


「なるほど……」


「これで冒険者登録は無事終了ですが、レギオンには所属されて居ませんよね?」


 誰も後ろに居ない事を確認するかのように、俺の後ろの方に一瞬だけ目を向けた。

 天地とかだったらこの時点で、土方さんなりが世話をしてくれるのだろう。


「はい、ちょっと……いや、かなり恥ずかしいステータスだったんで、どこにも誘われませんでした。ハハハ……ハハ……」


「そうですか……あ、でも悲観しないで下さい。私は応援しますから。きっと、きっと頑張れば報われると思います。どんなステータスかは想像でしか分かりませんが、慎重に行動して最初を乗り切ればきっと上手くいきます。だから、最初は無理せずに、ですよ」


 エミリアさんはそう口にして、変わらずにっこりと笑顔を向けてくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 思わず目頭が熱くなる。

 やばい、本当に涙が出てきそうだ。

 でも、エミリアさんの想像の遥か下だと思うんですよ。転移者なのに加護すらないって想像できます?


「それで、初心者さんを対象とした無料の講習がありますけれど、受講されますか?」


 俺の思いなどお構いなしに、エミリアさんは話を進める。

 知らなければ当然かーと思いつつ話を合わせる。


「それってどんな?」


「初心者さんを対象にしたものなので、そこまで専門的なものではないですけれど、例えばモンスターの分布図であるとか、自分のステータスにあった装備の選び方や、初心者さん用のモンスターの強さであるとか行動パターンなどですね」


 自分のステータスにあった装備という言葉でズーンと沈んでしまいそうになったけれど、モンスターの強さや行動パターンは聞いておいて損はないだろう。


「あとは、本日は転移者さんが見えられるという事で、生活魔法の使い方や属性や属性魔法についても教えて貰えると思います」


 おお!

 もう一つの疑問もクリアできるのか。

 これは是非受けなければ。

 そう思い受講する事を口にしようとした時だった。


「じゃあ――」

「あー、やっぱ司馬は冒険者になるのかあ。くっくっく」


 後ろの方から嫌な声が聞こえた。

 出来れば一生聞きたくない声。


 チラッと視線を移せば、ニヨニヨ顔の諸星が立っていた。

 奴の後ろには、先ほどもいた寡黙なアサシン風の先輩転移者も。


「なあ、無視すんなよ!」


「別に……」


「お前本当に冒険者になるつもりか?その最弱脆弱貧弱ステータスでさ、ぷーーーくくくく。いやーーほんと俺がお前のステータスじゃなくて良かったわ。俺なら恥ずかしくて死ぬね。直ぐ死ぬね。あ、どうせ直ぐしんじゃうか」


 頼むから抉るのはやめてくれ……。

 思わず眉間に皺が寄る。


「お前には関係ないだろ」

「関係ない関係ない。ぷくくくく……笑える。あー笑える」


 勝手に笑ってろ。


 そして諸星は徐に顔を近づけたかと思えば――


「関係なかねーんだよ。お前がいつ死ぬか賭けが始まったからな、せいぜい俺の為に早く死んでくれよな、なあ!無様に死んでくれよお!魔獣に潰されてぷちいいいいってさああ!」


 聞こえるか聞こえないかの小声であり得ない言葉を口にした。そして段々と興奮して来たのか、最後はもう目の前で大声を張り上げる程に。


 こいつ……。

 思わず拳を握りしめて睨んでしまった。


「ん?なに?やるの?俺とやるのか?そのヘボステータスでさ?加護も無しに?」


 俺の態度が気に入らなかったのか、アホの諸星はいきなりシャドーボクシングを始めた。

 空気を切り裂く音だけが俺の耳に聞こえる。


 ウソだろ……拳が見えないってどういう事だよ……。


 諸星の簡単な動作によって、いみじくもこの世界の理不尽さを知った。思っていた以上に俺と諸星とは能力に差があるのだと。


 見れば後ろに立っている寡黙な先輩転移者は、我関せずのようだった。

 多分こんなトラブルなんて日常茶飯事なのだろう。

 個人のトラブルは個人で処理しろってスタンスかもしれないし。


 助けはないか……当たり前だな。


「ふぅー……何でもない、俺が悪かった」


「お?なあんだよ、あっさり謝っちゃってよぉ、つまんねえ奴だな相変わらず。あーつまんねえつまんねえ。しょっぺーしょんべん野郎が!」


 傾けた顔を俺の鼻先まで近づけ、威嚇するように睨みつける諸星。

 まるでチンピラだな。

 悔しいけれどビビってしまうじゃないか。


「あー、諸星君、そろそろいいか?」

「あ、すんません!」


 それでも流石に目に余ったのか、寡黙な先輩転移者が小さく肩を叩いて冒険者登録を促した。

 それに対し、へこへこと頭を下げて従う諸星も大概だなとは思ったけれど、それよりもこの冒険者ギルド内の空気が最悪だ。


 冒険者ギルド内にはそれなりの人が居る。

 転移者はまだ殆ど来ていないし昼時だからか混雑というわけではないけど、それでもそれなりの人は居る。


 そんな人たちにすら、俺のステータスが稀に見る低数値なんだと大勢の冒険者に知られたわけだ。しかも転移者初の加護無し。


 まあ、遅かれ早かれ知られてしまうのだからどうでもいいか。

 でもさっきまで優しい笑顔を向けてくれていた、エミリアさんがどう思ったのかだけは気になる。

 なので俺は顔を上げる事ができなかった。両こぶしを握り締めながらも。


 すると――


「悔しいのならば、見返してやりましょう」


 先ほどまでと変わらない、優しい声が聞こえた。

 いや、少し彼女の声が震えているように思える。


 声を聞き、恐る恐る顔を上げて見れば、エミリアさんがスッと顔を近づけて来た。

 そして小声で言う。


「たまにいらっしゃいます。何か勘違いをしていらっしゃる方は」


 何を言っているのだろうか?

 ステータスと加護が全てじゃないのか?


 きょとんとした表情で俺は彼女を見やるけれど、エミリアさんは更に言葉を続ける。


「シバさんはスタート地点が少し後ろに過ぎません。大切なのは死なない為のあらゆる準備と、戦う為にどれだけの覚悟を決められるか。冒険者とはその二つがとても大切なんです」


 父の受け売りですけどね?と小さく舌を出して、おどけるようにそう呟いた。

 思わず俺の心臓の鼓動が早鐘を打つ。

 別に、惚れたとかではなく、何て言えば良いのだろうか?


 そう、この人は俺の味方なんだなと。


 単純かもしれないけれど、そう思ったとしても仕方がないくらいに打ちひしがれて居たのは確かだった。


「死なない為に綿密に計画を立て、慎重に行動し、欲をかかない。逃げる時は迷わず逃げる勇気も必要です」


 そうエミリアさんは冒険者としての心得を説いた。

 だけど俺は……。


「でも、えっと……俺のステータスってオール10なんですけど……レベルも5だし。それに、か、加護も……無いし」


 恥ずかしいが恥のついでだとばかりに、俺は躊躇しつつもステータスを暴露した。

 けれど、その数値を聞いても尚、エミリアさんは表情を全く変えない。


「それでも大丈夫です。加護をお持ちでない冒険者の方も大勢いますし、ステータスに関しても、失礼ですけれど、私が想像した通りの数値です」


「そう、ですか……ですよねハハハ」


 まあ、俺の態度とか言動を聞けば大体わかるだろうな。

 しかも諸星のアホの言葉で決定的だろう。

 そんなアホの諸星は、離れたところでギャーギャー騒ぎながら受付をしているけど。


 金貨1枚は少ないから100万枚くらい寄越せとか、聖剣くらい支給しろよとか無茶苦茶言っていやがる。


 アホか……あんま迷惑かけるなよ。

 受付のお姉さんの顔が引き攣ってるじゃないか。


 俺の視線に気づいたエミリアさんは、同じようにちらりと諸星の方を見やり、少しため息を吐いたあと、俺を真っすぐに見やりながら、話を続ける。


「シバさんの表情や態度、それからあちらで受付をされている方の言動で、それくらいかな?とは想像できました。ですが、その上で大丈夫だと言って居るんですよ?」


 恐る恐る彼女の目を見る。


「そうなんです?加護が無くても?」


「はい、大丈夫です。ですから初心者さんへの講習会は参加なさってくださいね」


「あ、勿論そうします。でも、どうして?」


 本当に、どうしてだろうか。


「え?」


「いや、凄く親身になってくれるから、なんでかなと……」


 諸星の言ではないけど、こんなしょっぱい俺なんて親身になる必要はないと思う。


 今は転移者が来たという事もあってか、カウンターには大勢のギルド員が立っているからか、一人に対して列が出来上がるような事態ではないけれど、それでも同じように受付をしている他の転移者をみても、ここまで親身になってくれているようには思えなかったから。


 そんなエミリアさんは、少し考えるような仕草をしつつ、


「んー、これが私のスタイル。ですね」


「スタイル?」


「はい。私の知る限り、この世界はシバさんがいらした世界よりも過酷で、残酷で、死が隣り合わせです。朝元気よく依頼を受けて出発なさった冒険者さんが、魔獣に襲われて帰ってこないなんて日常茶飯事です。特に初心者さんは加減が分からずに、無茶をしがちですし」


 そう口にしたエミリアさんは、悲しそうに少し目を伏せた。


「そう……聞いていますし、そう思います」


「ですから、そういった方が私の助言で少しでも少なくなれば良いなと」


「なるほど……」


 そういう事か。

 うん、納得だ。


「あと……」


「?」


 まだ理由があるのだろうか?


「何となくですけど、シバさんには親身になっておけって、直感が働いたのかもしれませんよ?ふふふ」


 そう悪戯っぽく笑った笑顔は、とても素敵だった。



 その後ももっと話をしたかったのだけれど、段々と冒険者ギルドに転移者を含めた人が増えて来たところで、エミリアさんの笑顔に別れを告げた。


 そしてどうやらエミリアさんは俺の担当になったらしい。

 そもそも冒険者にはそれぞれ一人ずつ専任担当が付くらしく――勿論エミリアさんは俺だけの担当員なんて事はないが――冒険者として生きて行くサポートをしてくれるらしい。


 特に俺達のような転移者は、この世界の事など殆ど分からないのだから純粋にありがたい話ではあるし、それが美人で優しいエミリアさんともなれば願ったり叶ったりだ。


 カウンターを離れる際「何かあったら遠慮をせずに相談をしてくださいね?勝手に死んでしまうなんて許しませんよ?」と言われたからには有り難く相談させてもらおう。


 決してやましい気持ちは……全く無いとは言い切れないけれど、それよりも死なないために。


 その後、この後行われる初心者講習会までの時間つぶしの為に、冒険者ギルドの隅にある長椅子へと腰掛けた。気配を極力消しつつ。

 今はもう早く宿屋へ行って、布団にもぐりたい心境を押しとどめながら。


 そして、そんな俺を何人かがジッと見つめていた事には気付かなかった。



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