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第89話 壊れそうなリムジン

本日2話目です


「お帰りなさいませ、皇女陛下」


 執事然としたその風貌のエルフは、腰を折り曲げながら目の前を通り過ぎる美しい女性にそう言った。


 言葉を掛けられた皇女陛下と呼ばれた女性は、それを一瞥するのみで小さく頷くだけに留める。


 声を発して貰わなくとも、雰囲気で皇女陛下の様子が分かるその執事然としたエルフは、皇女陛下が玉座に座るまでその姿勢を維持する。


 そして玉座に座った皇女は、小さく息を吐きながら呟くように口を開く。


「どうにか間に合ったわ。少し情報が遅かったせいで、大変な事態になってしまう所だったのだけれど」


「間に合ってよう御座いました。ですが、宜しかったのですか?」


「何が、かしら?」


 頭を上げ、今は彫像のように真っすぐに立つその人物の言葉に、皇女陛下は眉をピクリと動かし、冷たい声でその真意を問うた。


 その言葉で一瞬で凍てつくような寒気を感じたが、さして臆する素振りも見せずに、男性とも女性ともとれる美しい風貌の執事然とした人物は、主に対して苦言を呈する。


「いえ、差し出がましいようですが、あまり他の人族に肩入れなされるのは……」


 それを受けて小さく笑った皇女は、少し自虐的にではあるがその言葉を肯定する。 


「ふふ。そうね、良くは無いわね。この宮殿すら見張られている現状を考えれば」


 だが、皇女は先ほど4名の冒険者を助けた。


 直接手を下す事はなかったが、自身が近寄るだけで鬼人オーガにとっては脅威でしかない。


 ゆえに大河達は助かったのではあるが、執事然とした男装麗人のエルフにとっては、今後起こりうる種族全体を襲う災禍を憂えずにはいられなかった。


「それだけの価値がおあり、という事でございますね?」


「ええ、価値という言葉は好きでは無いけれど、リューディア、貴方の言葉を借りれば、価値は大いに有るわ」


 リューディアと呼ばれたその執事然とした風貌のエルフ。

 宮殿内は男子禁制の為、この執事然としたエルフも性別的には女性である。


 そのエルフは、自身が言葉にした内容に対し瞬時に失言だったと悔いる。


「申し訳ございません……」


「良いのよ。種族の安寧を願う貴方の心は理解をしているし、そもそも貴方がヒュームを嫌っているのは知っているのだから」


「いえ……単に接点がないだけでございます」


「そう? ではそういう事にしておきましょう」


 それ以降、リューディアと呼ばれた男装執事の麗人は口を噤んだ。

 自身の全てを知られている皇女に対しては、何を言っても無駄であるから。


 そもそも、一介の執事でしかない自分が、エルフの頂点に立つ妖精皇女に対して何かを具申する事すら本来は憚られる。


 しかし皇女はそれを止める事は基本的に行わない。

 そして周囲にいる侍女達にも同じように口を開く事を許している。


 それは、皇女となり、既に長い年月を孤独と共に過ごし、感情が薄くなった今、少しでも以前のような豊かな感情を取り戻したいがために。


 そして、それはきっと叶うと。

 やっと巡り合えた、たった一人の勇者によって叶うと信じている。


「もう一度、昔のように笑える日が来るのが待ち遠しいわ……」


 そう口にした妖精皇女、フェアリス=フィル=ドゥ=アウレリアは薄く微笑んだ。


 今日、自身が行った事を知れば、彼は喜んでくれるだろうか?褒めてくれるだろうか?と少女のように思いながら。







 ”ベルテ”の町に到着し、そんなこんなで宿を決め、時間を合わせて全員で食事を摂っている最中の事だった。

 突然田所さんがとんでもない事を口走る。


「今日1日思ったんだが、高速馬車が欲しくなるなこれは」


「ぶふっ!」

「あ、あぶね!」


 辛うじて堪えたけれど、危うく田所さんの顔面にやたらと温いエールをぶっかけるところだった。


 見れば田所さんは逃げ出そうとするかのように身を捩って顔が引き攣っている。

 因みに絵梨奈さんは今日エールを1杯しか飲んでいない。温くて薄くて不味いそうだ。


 とはいえ、何故噴き出しそうになったかと言えば、高速馬車の値段をエミリアさんに聞いたことが有るから。


「値段って知ってます?」


「いや?いくらくらいだ?」


 やっぱ知らないんですね。

 だったら驚いてください!


「一番安い高速馬車でも2億ゴルドを越えるらしいです」

「エ゛ッ……」

「ふぇ!?」

 

 プリシラと田所さんが目ん玉をひん剥いた。

 田所さんは、また億超えかよとでも言いたげな目だ。


 プリシラはプリシラで、から揚げを思いっきり口に頬張って、相変わらずリスのように両頬を膨らませつつ驚く表情は、何時見ても笑えてきそうだ。


 だがまだ驚くのは早いですよ。


「それで曳く動物も、ユニコーンとかじゃないと無理なんだってエミリアさんは言ってました」


「何ッ……だと……」


「そ、それでそのユニコーンっていくらくらい?」


 絵梨奈さんも流石に気になるようだ。

 それでも何となく答えが予想できているのか、口の端がヒクついている。

 その期待に応えますよ!


「最低でもこれまた2億ゴルドらしいです。二頭曳きが標準だから4億ゴルドですよね」


「「「…………」」」


 全員の目が点になった。


 そうでしょうそうでしょう?俺も聞いた時に目が点になったし。


 因みにエミリアさんちの高速馬車は馬車だけで3億以上し、ユニコーンも1体4億近くするとか。あの馬車は車体だけでブガッティ・シロンよりも高額なんだなと目をひん剥いたもんだ。


 しかもエミリアさんちにはそれ以上の乗り物があるらしいし。空を飛べるグリフォンとか。


「なので普通の豪商とか冒険者や貴族じゃあとても乗れないらしいですよ」


「ろ、6億ゴルドとかどうやったら溜まるんだ?」


「た、宝くじって売ってないかな?」


 相馬さんって、もしかして夢を追い掛ける人ですか?


「宝くじがあるかは分からないですけど、レベルを上げてもっと価値のある魔獣を狩れば……いつかは……む、無理かも」


 言っていて段々と自分で疑問に思えて来た。


 というのも、魔獣の肉は魔獣の格が上がれば買取価格も上がるなどという都合のいい話は基本的に無い。


 そりゃそうでしょうよ。だって食べる客がお金を出せなきゃ買う商人や料理人も居なくなるわけで。そうなりゃ値段は必然的に下がる。


 貴族とか一部の上流階級の人とか相手なら、高級食材として流通させられるかもだけど、それは希少性があるから初めて成り立つわけで。


 神戸牛がアメリカ牛のように大量に出回ってしまえば、神戸牛の価値は確実に下がるのと同じ理屈。希少で美味しいから価値があるのであって、美味しくても希少でも何でもなければ安くなって当然だ。


「肉は期待できないんで、装備や魔道具の素材になる部位を持つ魔獣を狩れば、そこそこお金は溜まる気がします」


「やっぱりそうよね」


「トレゼア近辺だったら、それなりの数を狩れる肉だと北西の森の北側にいるゴルゴン牛が一番たかいくらいらしいですから」


 確か、一頭あたり金貨2枚くらいだった筈。


「ああ、あの肉ってかなり美味いからな。肉には綺麗なサシが入っていて柔らかいし、それでいて油は全くしつこくない」


 味の話では無いんですが。

 確かに言っている通りですけどね。


「売ればワイルドボアの3倍近くの値段がするそうですよ? 大きさが同じくらいでも草食魔獣だし。…………リンクするけど」


「うぐっ、り、リンクは問題だな……」


「ですね……」


 リンクと聞いて田所さんさんとプリシラの顔が引き攣った。

 しかもリンクは並のリンクじゃないらしいし。

 50頭くらいで群れを作って移動をしているらしく、1頭を攻撃すればその群全部が一斉に反撃して来るそうだ。


 討伐推奨レベルは50らしいけど、間違ってリンクさせてしまえば、とてもではないがレベル50の10人パーティーでも倒せないんだとか。


 しかも群れには種族覚醒したボスも居る可能性があるわけで。そうなればレベル70くらいの冒険者が複数居ても無理になると聞かされれば、一体どうやって倒すの?と。


「あとは、ギガスボアを重点的に狩るって手もあるみたいですけどね」


 実際にそういうパーティーは居るとエミリアさんから聞いた。


 ギガスボアの事を思い出すとお尻の穴がキュッと萎まってくるけど、まあ話をするだけなら平気だ。

 でもそれを知らない絵梨奈さん達は、少し心配そうに聞いてくる。


「ぎ、ギガスボアの話をしても大丈夫なの?」


「大丈夫ですよ。強さを知っているからちょっとブルっちゃいますけど、それだけです」


「そっか、司馬君は強いね……」


「鈍感なだけですよ」


 しみじみと相馬さんがそう言ったけれど、本当に鈍感なだけだと俺は思う。だってギガスボアよりも、カエルの方がトラウマになっているくらいだし。


「その鈍感さが羨ましいな」


「あら?蓮司もいい加減鈍感だと思うわよ?」


「ん?そんな筈は……え?マジでか?」


 周りの空気を察してか、途端に困惑の表情を田所さんが浮かべた。

 まあ、確かに田所さんも鈍感だ。小鳩亭の獣人ウエイトレスさんが好意を持って居るのを当の本人は気付いていないし。


「ほら、気付いていないんだから鈍感なのよ」


「うぐっ……いや、まあ、そうだと俺も薄々は思ってる」


「「あははは」」


 田所さんの表情がおかしくて俺と相馬さんがどっと沸いた。

 笑われた田所さんは少し不貞腐れてしまったけれど。


「けど、ギガスボアってそんなに数はいないでしょ?」


「いないみたいですね。それに専門で狩っているパーティーが何組かいるから結構狩場はカオスらしいですよ。かち合っちゃって、ギガスボアそっちのけで相手をけん制したり、ギガスボアを別の場所まで引っ張ったり、途中で奪ったり」


「それって、おい、うへぇ……まるでゲームのボス狩りみたいじゃないか」


「それね……」


 心底嫌そうな表情を田所さんと絵梨奈さんは見せたけれど、まさしくそうなんだろうなと。


 だってギガスボアの買い取り値段は、その大きさから金貨3枚が最低ラインで、高額な個体だと金貨6枚くらいにはなるらしいし。


 しかもレベル50くらいならソロでも余裕で倒せるというし、そんな魔獣を数体倒すだけでパーティーが一か月は遊んで暮らせるとなれば……。


「見たくないものを見てしまいそうね」


「人の欲深さかな?」


「そう、それ。あー嫌だ!」


 過去に何かしらの経験があるのか、絵梨奈さんがブルっと体を震わせた。


 震える体にたゆんっと揺れるおっぱいを見つつ、何があったんだろうか?と思っていると、徐に田所さんが別の話を始める。


 別の話というか、場所というか。


「海が近けりゃなあ……」


「森から行き成り海ですか?」


「突然ね……」


 田所さんが遠い目をしながらそう呟いて、プリシラと絵梨奈さんが突っ込んだけれど、確かに海が近ければ水棲魔獣も沢山捕れるらしい。


 中にはとんでもない強さの水棲魔獣も居るらしいけど、それ以外なら、強力な風魔法だと1発で済むし、範囲の風魔法なんて使えたらそれこそ入れ食い状態なんだとか。


「マグロみたいな……っていうかマグロそのまんまの魔獣……っていうか魔魚も居るみたいですよ。名前は確か……ああ、あった、ブラックフィン・ツナ。別名クロマグロ。らしいです」


「まじかぁああ!」


「ほんとにそのままなのね……ブルーとブラックの差はあるけど」


 解体新書を見ながらそう言えば、呆れたように絵梨奈さんがそう言った。 


「大きさは凄いですけどね。全長5mを超えるとか。あ、因みに寿司も行けるそうです」


「うおいっ! それ! トロ! 大トロかああああ!」


 何時も割とクールな田所さんが人が変わったかのように途端に興奮しだした。

 分からなくもないけど。


「他にも美味しそうな魔魚は沢山いるみたいですね。金目鯛みたいなのや、ノドグロみたいなのとか、あ、伊勢エビやカニみたいなのもいるみたいですね。どれも大きさはエグいですけど」


「ぱ、パラダイスだ……」


 どうやら田所さんは魚介類が大好物のようだ。

 どこか遠くを見ているようで、涎を垂らさんばかりだ。


「海のお魚はわたしも食べてみたいです」


「プリシラの故郷って海から遠い?」


「はい、わたしの村はかなり内陸ですから、海は遠いですね。なので食べた事ありません」


「それはあ! 絶対に食べた方がいいぞお!」


 目を血走らせた田所さんがプリシラに覆いかぶさるように力説した。


 かなりプリシラは腰が、というか上半身が後ろに倒れたけれど。顔を背けながら両手でガードしつつ。

 田所さん嫌がられてますよー?


「はいはい、蓮司は少し落ち着きなさい。プリシラちゃんが困ってるわ」


「い、いえ、アハハ……」


「す、すまん……」


「でも良いわよね、もうお寿司なんて食べられないって思っていたからちょっと楽しみ」


「たださ、そんな大物を海で狩るには結構な準備がいるんじゃないかな?」


「そうですね。いると思います」


 狩るには恐らく大きな船が必要になるし、条件は当然厳しいだろうけれど、それでもプリシラたんと絵梨奈さんに風魔法で大量に気絶させてもらって、俺はプカプカ浮いている水棲魔獣をタモで掬う。考えただけでも楽しそうだ。クロマグロは大きすぎてタモで掬えないけど。


「でも、いつか皆で海方面に行ってみるのもいいかもですね。絵梨奈さんもプリシラも風魔法を使えるんだし」


「はい!!いいですね!」


「うん、それは良いわね。何時行く?」

「明日か!?」


「気が早いですよ……二人とも……」

「ほんとうにね、ハハハ」


 絵梨奈さんと田所さんの言葉に思わず苦笑いが浮かんだ。

 それでも少しも悪びれていなかったけど。

 まあ、悪くはないけどね、でもまずは今回の依頼を完了させましょう。


 そして、ピクニック行く?みたいな言い方は困惑するからやめましょう。

 そしてそして依頼そっちのけで行こうとする田所さんは反省してください。


 そんな感じで”ベルテ”の夜は更けていった。





「今日は司馬君が最後だったな」

「ほんとにね」

「おはようございますカズマさん」


 寝心地の悪いベッドから起き上がり、何時もの朝の準備をして大欠伸をしながら宿の食堂へ行けば、既に全員が待っていた。

 その光景を見やって一瞬で目が覚める。


「えっと、俺ってもしかして時間を間違えました?」


「大丈夫だよ。今日は蓮司が早く起きて来ただけなんだ」


「ああ、なるほど」


 内心ほっとしつつプリシラの横に座ると、ウエイトレスが水を持ってくる。

 この宿はビュッフェ形式ではなく、食券を渡して決められた朝食を持って来てもらう方法。


 どっちが良いかなんて比べるべくもないだろうけれど、出来れば美味しい朝食なら良いなと。昨日の晩御飯も味が薄かったし。


 結果。


 やっぱり可もなく不可もなく。


 小鳩亭で出される料理の味に、ちょっとばかし舌が慣れ過ぎているような気がする。

 普段食べていた美味しい食事の有難みが感じられて良いと言えば良いんだけど。


 それにしても相変わらず硬いな、この世界のパンは。

 誰かモチモチしたパンを流行らせてくれないかな。

 などと思いつつ今日一番最初にすることを聞く。


「馬商に行けばいいんです?」


 相馬さんを見ながらそう言うと、頷きながら、


「うん。昨日の内にこっそり予約を入れておいた」


 いつの間に行ったのか、全く気付かなかった。


「流石、元営業マンですね」


「こういう事をさせると尚樹は上手よね」


「いやあ、雑用と段取りは営業職の基本だからね、身についちゃってるだけだよ。ただ、質は僕もいまいち理解できていないから、そこだけはもう暫く容赦して欲しいかな」


 宿を見渡しながら少し顔を顰めている。

 きっとここの宿の事を言っているのだろう。

 自分の中でいまいち納得が出来ていないのかもしれない。


「それはもう、この宿でも十分です」


「そう言ってくれるとありがたいよ。でもね、やっぱり皆には快適に旅をして欲しいからさ」


「尚樹は深く考えすぎよ。初めて来た場所だし、この世界の事もまだ分かってない事が沢山あるんだから、もっと大きく構えなきゃ」


「そうだよ、俺みたいにね」


 そう言いつつ田所さんが踏ん反り返れば、当然のように絵梨奈さんに突っ込まれる。


「蓮司は大きく構えすぎだと思うわ」


「ははは。まあ、もう行きましょう」


「そうですね」


 いつまでも話は尽きないと思い、強引に移動を促した俺は、笑いながらもさっさと宿を出る事にした。


 本当に仲が良い三人組だ。俺とプリシラも仲がいいけど。





「これがリムジンか……」


 田所さんが小さな声で呟いた。


 ”ベルテ”の町で無事馬車をチャーターし、昼過ぎにはポエミの村に到着するだろうと思っていたのだけれど、どうやらそれは叶わぬ願いだったようだ。


 現在は北に向かって進んでいるのだけれど、まず、チャーターした馬車がやたらとボロっちい。


 道が悪いせいもあるけれど、ギシギシ煩くて堪らないどころか分解してしまうんじゃないか?と思える程にボロっちい。


 曳くのは走竜だったけれど、この走竜がどうも……。

 見た感じあまり御者のいう事を聞いていないような。


 急に速度を上げて見たり、そうかと思えば何かに気を取られているのか急にゆっくり走って見たり。それこそ歩いた方が早いんじゃないか?と思うくらいだった。

 それでも御者のおじさんはおじさんで、全く気にもしない風だし。


 しかも走竜は馬とは違い、1日走っても休憩要らずと言われるくらいの体力を持って居るはずなのに、何故か1時間ごとに休憩を入れている。おもにおじさん用とも言える程に、タバコらしきものをプカプカと御者席に座って燻らせる始末。


 つまりは非常に遅い。

 そして値段はリムジン級の銀貨5枚。


 空いていた馬車と御者がこれしか選択肢が無かったとはいえ、流石に酷い。

 ふざけるなと叫びたくなる思いをぐっと堪えて到着時刻の変更を告げる。


「昼の3時頃に着けば良い感じですね……」


「僕もまさかこんなハズレを引くとは……」


「他に選択肢が無かったんだから仕方がないですよ」


 一応御者のおじさんに気を遣って小さな声でしゃべっているけれど、きっと聞こえているに違いない。


 それでもマイペースなおじさんにウンザリしつつ会話を続けていると、なだらかな丘を越えたあたりで、なんだか前方が騒がしい事に気付く。


「なんだ?」


「なんでしょうね」


 田所さんと俺が馬車から身を乗り出して前方を確認したけれど、土煙が上がっているだけで良く見えない。


 すると御者のおじさんが行き成り馬車を止めた。それはもう急ブレーキをかけるくらいに。


「ちょっと!おじさん!」

「ふぇええ!」

「おわっ!っちょ、おい!」

「ぐはっ……お、重い……」

「ご、ごめん……!」


 あまり広い馬車ではなかった為に、全員がおしくらまんじゅうの様相になり、前方に居た俺と田所さんは押しつぶされそうになる。


 ミシミシと軋んだ音が聞こえるのは馬車がとうとうバラバラになる直前なのか、それとも俺らが馬車を破壊してしまいそうになっているのか。


 まあ、どっちもか。

 そんな悠長なことを考えている場合でもないんだろうけど、思わず考えてしまった。


「おじさん、どうしたんです?」


「い、いや、前に盗賊っぽい奴が……」


「え?……ええ?」

「盗賊って……」


 いるとは聞いているけど、実際の所俺らには盗賊なんて馴染みのないワードだ。


 その初めて遭遇した盗賊を見やっても思考が追い付いていない。


 勿論それは俺だけではなく、プリシラを除く転移者である相馬さん達も同じだった。


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