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第88話 状況

本日1話目です

「外輪山の低い部分を抜けるんだな」

「そうですね」

「とは言っても結構登って来たんじゃない?」

「そうだね。緩やか過ぎるからあまり思わなかったけど」


 ドキドキしつつ無事魔の森を抜け、目の前にはもうじきトレゼアを囲う外輪山の頂上が見えて来た。

 とは言っても田所さんが口にしたように、外輪山が風化で崩れて低くなっている部分を抜けるので、標高はそこまで高くは無いようだ。


 それが証拠に右と左に見える外輪山の輪郭は随分高くそびえている。


「トレゼアからだと大体1000mくらい登ってるかなぁ」

「そんなにですか?」


 俺達の会話を聞いていた御者のおじさんがそう言ったけれど、とてもそれだけ登ったようには思えないところから、相馬さんの言葉が正しいのだろう。


「今後ろを見るとよくわかるぞー」


 そう教えられて全員が後ろを振り返る。

 すると眼下に広がる広大なカルデラが広がって見えた。


「すっごいわ……」

「はい、凄いです……」

「向こう側が霞んで見えますよ……」


 先ほどまでは森の中を走っていたから分からなかったけれど、おじさんが言うように、つい今しがた森を抜けて岩場になったからこそ見れた景色。


「直径80kmってこんな感じなのか……」

「やっぱりトレゼアしか町は無いんだね」

「というか殆ど森よね」

「確かに」

「昔はここまで森は大きく無かったらしいけどなー」

「そうみたいですね」

「あたし達が見た廃村ってあのあたりかな?」

「そうかも」

「完全に飲み込まれてるのね……」


 自然の驚異だな。

 俺の率直な感想だった。


 まるで大きなお盆の中に森があって、その中心に大きな湖があって、その横に城郭が有る。

 右手には俺達が普段狩りをしている大きな湿地帯が見え、左に見える東の森はここから見ても色が濃く深い。


 このカルデラ内には300年前まで遡ると3つの町と8つの村があったそうだ。けれど今はトレゼアを残して全て魔の森に飲み込まれてしまっている。


 俺はまだ見たことがないけれど、相馬さん達は森に飲み込まれた昔村だった場所を見た事があるそうだ。それを思うと自然の雄大さというか脅威をまざまざと見せつけられているようで、思わず身震いをしてしまう。


「プリシラは西から来たんだっけ?」

「はい、ですからこの景色を見るのは初めてで、凄いです……」


 見ればプリシラも眼下の景色を見やって何やら物思いに耽っているようだった。

 そして絵梨奈さんも相馬さんも田所さんも、その後は黙ったまま、眼下を眺め続けていた。




 自然の驚異に圧倒されつつ峠を越えれば、あとは”ルンベルク”までひたすらゆっくりと下るだけ。

 そしてこのまま”ルンベルク”の町を通り過ぎ、そこから東へ向かうルート馬車で2時間進めば本日の目的地である”ベルテ”へと到着する。到着時刻は夕方の5時過ぎくらいだろうか。


 もうじき”ルンベルク”の町に到着するけれど、馬車に乗っている時間が長いせいか体が硬くなっている気がする。


「カズマさん、見えてきました!」


「お、ほんとだ」


 コキコキと首を回して解しつつ、プリシラの言葉に反応をして目の前に見える”ルンベルク”の城塞を見やる。


 規模的にはトレゼアよりも明らかに小さな町だ。

 とは言っても人口で見れば5万人近くはいるとの事で、当然この町にも冒険者ギルドは存在する。寄る予定はないけど。


「トレゼアよりも随分小さいんだなあ」


「そうですね~。でもわたしが村から出て旅をした二週間あまりでも、トレゼアよりも大きな町は有りませんでした」


 聞けばプリシラはずっと馬車に揺られてトレゼアに来たらしい。


 村はどこ?と地図で確認をしてみたら、なんとびっくり1500km近くの長旅をしてきた計算になった。

 1500kmと言えば本州の端から端、青森から下関の距離だ。


 よくもまあそんな長距離を移動しようと思ったものだし、その間危険は何も無かったそうなので、運はかなり良いのだろう。色々工夫はしていたようだけれど。


「大きな町って必ず通らなきゃならないんだよな?」


「そうですね。それが決まりの筈です」


 とは言ってもルート馬車なのだから嫌だと言っても強制的に”ルンベルク”の町中に連れ込まれるし、そもそも”ルンベルク”で馬車の乗り換えなのだから聞くだけ無駄だったような気もする。


 自分で何を言っているんだろうと思いながら、次に乗る馬車の乗り場を事前に確認する。


「”ベルテ”方面行の馬車は……ここか。っていうか凄く良いなこの解体新書」


「はい、便利ですね!」


 俺とプリシラが仲良くそう話していると、羨ましそうな表情を見せながら絵梨奈さんが言う。


「それ良いわよね、戻ったらあたし達も買う?」


「そうだね。司馬君のを見ていると凄く有益に思えるし」


「鈍器にもなりそうだしな」


 田所さんが変な事を言った。

 なりそうだけど、これでモンスターを倒せるとは思えませんけどね。

 

「なる訳ないじゃない」


 案の定絵梨奈さんに突っ込まれている。

 そうか?と言いつつも田所さんは既に興味が無くなったのか、先ほど俺が渡した果物を美味しそうに食べているけれど。


「ははは、まあ、鈍器は置いといて、これからの予定を言います」


「お、時間的な余裕とかあるのか?」


「うーん……このままだと”ルンベルク”のロータリーに到着してから、”ベルテ”方面に向かうルート馬車の出発時間まで20分程度しかないんですよね」


 それの意味するところは、つまるところ……。


「あらら……」


「それはもしかして昼食が……と言ってももう2時過ぎてますけど……」


 しょぼくれた表情をプリシラが見せた。

 何気に俺が朝買った果物を何個か既に渡しているのだけれど、果物では到底お腹は膨れないだろう。


「心配ないよ。屋台が近くにあるみたいだから、そこで買えばいいと思う」


「本当ですか! よかったです!」


 そう言えば俺は今日から魔法剣士として活動するんだけど、やっぱり魔力を消費するくらいだから通常よりもお腹が空くんだろうか?


 まあ、魔法を使うからお腹が空くわけではなく、魔力を消費するからお腹が空くのだから、空いて当然だろうとは思うけど。


「もっと大きなマジックポーチがあれば、作った料理を入れて置けるんだけどねー。贅沢だけど」


 絵梨奈さんがそう呟いた。


 確かに贅沢ではあるけれど、俺も何気にそう思ってる。

 どうしても色んな種類の物を入れたくなるので、現時点でも1/3は埋まっている。

 整理をすればもう少し枠は開けられるけど。


 今さらながらに不思議に思うマジックポーチ。


 一体どんな構造になっているのか不思議で仕方が無いけれど、このポーチの有用性は誰もが認める所で、一度使ってしまえば、二度と手放せないと思える程。


 重量制限が一番のネックになるけど、その制限内ならば、人一人では絶対に運ぶ事も出来ないような物も運べてしまう。


 そして今、絵梨奈さんが言った、もっと大きな云々もネックになる。

 その理由は、物が重ならないから。

 俺達転移者が貰ったマジックポーチは100セル。単純に物を100個入れられる。


 100個も物を持って歩き回れる事を考えれば、確かに十分過ぎる程なのだけれど、便利すぎる故にこれが結構直ぐにいっぱいになってしまう。


 それを解消するために、ズタ袋などの大きな袋や密封出来る木の箱などに、小さな物を沢山入れてしまうという裏技ちっくな方法を執るのだけれど、それでもやはり心もとない。


 今後、装備の予備とか魔道具とかが増えて行けば、間違いなく余裕は無くなるだろう。

 なのでもっと大きなマジックポーチが欲しくなるのも仕方がない。


 でもなあ……。


「確か俺らが貰ったマジックポーチよりも大きいのって、1億ゴルドくらいするらしいですよ?」


「うへぇ……」


 値段を聞いて田所さんが目を白黒させた。


「しかも、お金があれば持てる訳でも無いらしいしね」


「そうみたいですね、冒険者ならゴールドランク以上で、貴族でも男爵以上とか、商人なら豪商扱いをされるくらいの人しか無理の筈です」


「条件厳しいわね……」


「それだけ作るのが難しいのか、そもそも作れる人が少ないのか」


「どっちもかもですね」


 そんな話をしていたら、プリシラが少し恥ずかしそうに口を開く。


「わたしは10種類しか入りません……」


「プリシラちゃんのって一番小さいマジックポーチ?」


「はい、30万ゴルドでした」


「その次に大きいのって30種類?」


「そうですね、30種類があって、50種類があって、70種類があって、100種類です」


「金額は?」


「さあ、わたしには関係が無かったので……一つ上のくらいしか分かりません」


 そりゃそうだ。

 買うお金の算段もつかないのに上ばかり見やしないだろう。

 それでも何故か俺は覚えて居る。無駄な記憶力を発揮した塩梅だ。


「確か、30種のが金貨2枚で50種のが金貨5枚で、70種が大金貨1枚で、俺らが貰った100種だと大金貨3枚ですね」


「け、結構するのね」


 貰ったポーチの値段を知らなかったらしい絵梨奈さんが、自身のポーチを眺めながら顔を引き攣らせた。


「でもその次は200種なのに金額は3倍以上ですよ……」


「それは多分、魔法をかけるからだと思います」


「どんな魔法だろ」


「わたしが聞いた話では、特殊な魔法が施されているとか」


「特殊な魔法?」

「はい――」


 詳しく聞いてみると、そういう事なのかと思った。


 そもそも魔力パターンをポーチと繋げるのは、俺らが貰った100種類入れられるマジックポーチかららしく、それ未満のマジックポーチは魔法的なものは一切かかっていないらしい。


 そればかりか、本来は100種入れられるマジックポーチも魔力と繋げる対象ではないらしく、繋げるのは1億ゴルドのマジックポーチのみ。


 要するに俺らが特別扱いされているってだけの話だった。


「なんだか申し訳ない気になって来る」


 そう口にしつつ腰紐に通してあるマジックポーチを、俺も絵梨奈さんと同じように見やる。


 とは言ってもそのおかげで俺のマジックポーチは無事だったのだから、その恩恵にあやかった以上有難いと思うしか無いわけで、複雑な心境だ。

 ただ、プリシラはそうは思っていない様で。


「そんな事は無いと思います」


「そうかな……」


「そうですよ。何も知らない場所から呼び出されたんですし、それくらいの恩恵はあってもバチはあたらないと思います」


 思いもよらないプリシラの慰めに少しだけ癒される。

 プリシラたんは本当に優しい女の子だ。


「ハハ……そう言ってもらえるとありがたいかも」


「そうね、うん」


「そうですよ。あ、もう”ルンベルク”に到着しますよ」


 少し気まずい雰囲気に成りそうだったのだけれど、プリシラが努めて明るく振る舞ってくれて助かった。

 彼女はああ言ってくれたけれど、恵まれているのは間違いないのだから。



 その後、なんとなく気まずい気持ちを抱えたまま、冒険者カードを提示して”ルンベルク”の町に入れば、トレゼアよりも雑多な雰囲気を直ぐに感じた。


 エミリアさんが以前言ったように、トレゼアの町が特別なんだなと思える程に、建物と建物の間に余裕は無く、ぎゅうぎゅう詰めの感は否めない街並み。


 街道も真っすぐに伸びているのではなく、緩やかではあるけれど曲がりくねっているし。

 そして町も小さいからルート馬車が停車するスペースも狭い。

 まるで大阪の縦列駐車かと思える程に馬車が並んでいる。


「凄いわね……一番奥の馬車はどうやって出るのかしら……」


 絵梨奈さんも呆気にとられたらしい。

 けれど、どうやらこんな風景は珍しくないようで、プリシラは至って平然としている。


「こういう町は普通なんじゃないかなって思います。わたしが田舎から出て来た時に何度か通り過ぎたこれくらいの大きさの町は、殆どがこんな感じでしたし」


「そうなのか……」


「人の多さも?」


「はい、人の多さも大体これくらいですね」


「確かにこれなら、トレゼアの町から拠点を移さない冒険者が多く居ても不思議じゃないな。見てるだけで息苦しい」


「明らかに人が多すぎよ、これ」


 田所さんと絵梨奈さんがそう口にしたように、朝の冒険者ギルドのように人が蠢いている。……と言えばちょっと大げさだけど、少なくとも元世界の渋谷のスクランブル交差点程度には人がわらわらと歩いている。


 町が広ければ広いで移動に不便さを感じてしまうものだけれど、町が小さく人が多ければ、どうしても息苦しさを感じずにはいられない。


 活気が有って良いという人も中には居るだろうけれど、流石にこの人の多さは限度を超えている。


 道行く人を馬車の中から眺めつつ考える。

 何故こんなことになっているのか。


 どこの町に行ってもこうだとプリシラが口にしたことから察するに、それはつまるところ一つしか理由は無いわけで。


「やっぱりこの状態ってのは、帝国の領土が小さくなったからだろうな」


「そうね、兵士や冒険者が戦っている間に、旧帝国領に住んで居た人の半数近くは避難できたって聞いたもの。そうなれば帝国内に散らばっちゃうのも当然よね」


「いまだに最前線付近には難民キャンプみたいなのは有るみたいだけどね」


 奪われた土地の内、何割かは取り戻したと聞いたけれど、取り戻した土地にそのまま直ぐには戻られないだろうし、未だに取り戻せていない土地も多くある。


 その人達がこうして町に集まれば、必然的に人口密度は高くなる。

 城壁の外は危険過ぎて住めないからこそ起こりうる弊害だろうか。


「新しい町や村もどんどん出来ているとは聞きますけど、やっぱり皆さん元の場所に戻りたいんだと思います」


「そうだろうね」


「だからお金が稼げる可能性が高い、大きな町に集まっているって事か」


「トレゼアがもう少し受け入れればいいのに……」


 絵梨奈さんがそう言うけれど、無理なんだよね。トレゼアは。

 そう思っているとプリシラが代わりに説明をしてくれるみたいだ。


「あそこは帝都並の特別区みたいなので、冒険者さんにならない場合は住居許可はもちろん、長期滞在許可もそうそう下りないみたいです。わたしも冒険者じゃなければ滞在許可は下りなかったですし」


「そうなんだ?」


「はい。事前に親族が住んで居るとかの例外を除いてですけど、5年前に一般の方の移住を打ち切ったそうですし、一度拠点を変更した冒険者さんも再登録は難しいって聞きました」


「場所が場所だけになあ……」


 育った冒険者を再度受け入れるくらいなら、初心者冒険者を受け入れて育ってもらった方が帝国としては断然良い。それは俺でもそう思う。

 育った冒険者ならもっと環境が悪い場所でも狩り出来るだろ?育ったんだから育成狩場を荒らすなよって理由で。


 そして一般の人が新たに住めない理由は、土地の特殊性と、捕れる魔獣の肉や素材などが関係しているらしい。


 というのも、カルデラ内で捕れる魔獣の肉や素材の量は、他の平和な地域に比べて格段に多く安定しているらしく、その肉や素材を周辺地域に分配する事で、周辺地域の食や装備の安定供給に繋がっているのだとか。


 それなのに一般人を大量に受け入れてしまえば、少なくとも食の供給は不安定になりかねない。一般人が魔物を狩る事は無く消費をするだけだから。だから一般人の受け入れを停止している。


「そういう事かあ。だから冒険者は他に拠点変更をしないのね」


 トレゼアよりももっと大きな町は結構あるらしいけど、トレゼア程冒険者が拠点登録をしている町は余り無いらしい。


「そうだと思います」

「そうだろうな」


「あとは、トレゼアの広さでしょうか」


「あぁ、うん、それは凄く関係あると思うよ」


「そうだな」


 プリシラの発言に相馬さんも田所さんも相槌を打つ。

 難民が雪崩れ込んで来て一番困るのは、行政の管理。


 どんな人が住んで居るのかある程度は把握しておかなければ、あんなに広い町だとあっという間に治安が乱れてどうしようもないだろう。


 この町の治安が悪いかどうかは俺には分からないけれど、町が小さければ治安維持が楽なのは明白なのだから、こういう町に押し込んで我慢して貰っているというのが現状って事か。


 あとは帝国が土地を取り戻すのを期待して待っていてくれと言いながら、不満を溜めないようにコントロールする。


 不満は絶対にあるだろうけれど、実際に取り戻せているのだから我慢も出来る。

 とはいえ我慢もいつかは限界を迎えるだろうけれど。


 ただ、行きかう人々の表情が、それなりに明るいという事だけは救いだなと。

 そう思いながら到着した馬車を降りた。



 馬車が到着し、ほんの百メートルちょっとしか離れていない屋台が並ぶ場所まで、人波をかき分けて行くのに結構な時間を要し、それでも串焼きだのから揚げだのヤキソバみたいな食べ物だのを買い込んで、再度馬車乗り場に戻る。


 それだけで時間ギリギリだったのだから、俺を含めた全員がかなり焦る。


「あっぶねえ」

「ふぅ~……危なかったわ」

「ですね……ふぅ」


 俺らが馬車に到着して乗り込んで、ほんの1分後に馬車が出発したのだから当然だ。

 見れば皆ぐったりとして椅子に座っている。


「やっぱり俺はトレゼアが良い」


「俺も同感です」

「だね……」

「はい……」


 これはトレゼアの屋台のおじさんから串焼きを買っておけば良かったパターンだな。

 とは言ってもこんな状態だなんて思っても見なかったのだから、後悔しても仕方がないけれど。


「馬車が停まっていた場所が一番の繁華街みたいですね」


「あー……やっぱりそうかぁ」


「流石にあの状態が町全体だと、たまらんだろうな」


 皆が言うように、馬車が出発して東の門に向かうにつれて人の数も段々と少なくなってきた。


「それでも俺はトレゼアが良いです」


「俺も同感だ」

「だね……」

「はい……」


 なんかデジャヴュだ。



 その後は大して美味しく感じなかった屋台の串焼きとかを食しつつ、二つの小さな町を通り過ぎ、2時間後には本日の目的地である”ベルテ”の町が遠く見える所まで来る事が出来た。あと10分もかからないだろう。


「ねえねえ、もしかしてあれがベルテ?」

「そうですね、多分そうだと」


 馬車で一日移動をするのがこんなに大変なのかと思えば、少しうんざりしてしまうけれど、無事到着した事にまずは安心する。


 皆も同じような事を思ったようで、それまで疲れ切った表情を見せていたのに、町が見えて来た途端に笑顔が戻って来た。


「やっとついたぁ~!あ~~~~っ……」


 凝り固まった体をほぐす様に、絵梨奈さんは両手を高々と挙げて変な声を出した。

 それに釣られるかのようにプリシラも。


「ん~~~、着きましたね」


「長かった、ほんっと、夜行バスに乗るよりも疲れたわ」


 夜行バスは乗り心地も良いらしいし。

 方や馬車は結構揺れるし、座席はクッションを持参して無きゃお尻が痛くなって仕方がないし。


「絵梨奈は尻が大きいからな、余計に疲れるだろ」


「ひっど!それセクハラよ! まあ否定はしないけど」


「否定しないんですか!っていうか大きさ関係ないでしょうに!」


 思わず突っ込んでしまった。


「うむ、関係ないな」


「あはははは」


 信じられないやり取りに目を見張った。

 見れば絵梨奈さんは笑いながら受け流しているし。

 寛容というか懐が大きいと言うか、おっぱいは大きいけど。


 そんな絵梨奈さんに畏敬の念を覚えつつ、馬車は町へと入っていった。



 ”ベルテ”の町。


 元々の規模は3000人程度がゆったりと暮らせる小さな町だったそうだ。

 けれどこの町も”ルンベルク”と同じく人がどっと押し寄せてしまい、現在は倍の6000人程度にまで膨れ上がっているとか。


 3000人も増えて住むところは大丈夫なのかと心配になるけれど、そこは今の皇帝が頑張ったそうで、難民を受け入れた村や町には税制での優遇だの、住める家を政策で大量に作らせたりしたそうで、当初は混乱しかけたそうだけど、今では随分と落ち着いて来ているらしい。


 中々に優秀な皇帝陛下なんだなと。

 ちょっぴり上から目線で言ってみた。


「やっぱりここも人が多いけど、それでも”ルンベルク”程じゃないわね」


「そうですね、これなら宿もとれるかもしれません」


 そう言いつつ解体新書改めガイドブックを開いて、宿がある区画を探して歩を進める。


 町自体はそこまで大きくはなく、むしろ小さい。

 なので宿屋街にはあっという間に到着した。


「僕が聞いてくるよ。雑用は僕が引き受けたんだからね」


 そう言って相馬さんは1軒の宿に入って行った。

 見た感じそこまで高級そうに見えないけれど、かといって場末の安宿って感じでもない。


 そんな風に思っていると、直ぐに相馬さんは出て来た。


「シャワーは無いけど個室が5部屋今なら開いているみたい。値段は5000ゴルド。どうする?」


「良いんじゃないか? クリーンの生活魔法もあるし、お湯を買えばある程度はさっぱりするし」


 田所さんは賛成の様だ。

 俺も賛成だけど、女性を優先したいので絵梨奈さんとプリシラの言葉を待つ。


「シャワー無しはきついけど、仕方が無いわよね」


「はい、これくらいの町ですと、宿にはシャワーは殆どありませんから」


「ここで良いと思いますよ。小鳩亭が規格外なだけだし」


「だね。よし、じゃあここに決めよう」


 皆でそう決めて、ぞろぞろと宿屋に入っていく。


 不愛想な受付のおっさんにちょっと顔を顰めたけれど、料金を支払って部屋に入って見れば思ったよりもまともな部屋に少しだけ安心をした。







 一眞達がのんびりと宿を決めている頃、遠く東の森の中には4人の男女が酷く傷ついた体を横たえていた。


 先ほどまで激しい攻防が繰り広げられていたその場は、地面が抉れ、木々が薙ぎ倒され、魔法による炎症痕が至る所にその爪痕を残していた。


 そんな中、そのパーティーのリーダー的な存在である加賀隆は、意識を取り戻した後、周囲を見渡しながら口を開く。


「だ、大丈夫か?」


「ええ、なんとか……天地君と柊さんは?」


「っ……俺も大丈夫です……」


「わ、わたしも何とか。ローブが破れて使い物にならなくなりましたけど……」


 鬼人オーガ3体に襲われた大河達4人は、それぞれが覚悟を決めて戦いに挑んだ。


 だが、力の差は歴然としており、一方的ともいえる程に押し込まれ、後は成す統べなく屠られるだけにまで状況は悪かった。


 オーガのレベルは90オーバー。

 とりわけ、その中の1体は100を軽く超えていた。


 それでも即死を免れたのは、お荷物である筈の大河と伊織が思いのほか奮戦したからだった。

 その大きな要因は、数日前に購入出来たガニエとヘルミーナの防具であった事は、言うまでも無かった。


 ただ、それも虚しい抵抗でしかなかった。

 いたぶる様に、遊ぶように徐々に追い詰められ、やがて全員の防具は破壊され、後はどのように料理を完成させようかと成るだけだった筈。


 だが隆たちは今も尚生きて居る。

 その理由が何だったのかは分からない。


 ただ一つ言えるのは、途中まで愉悦の表情を見せながら攻撃を繰り出してきていた鬼人オーガが、ある時を境に焦りを見せだした。


 そして皆の意識が朦朧となり、力尽きかけた時、鬼人オーガ3体は全てこの場から去って行った。


 一体何があったのだろうか?


 隆は痛む体を持ち上げつつ、周囲を索敵するが、既に何者も気配を感じない。


「ひとまず由香と柊さんは回復を頼む」


「はい」


「ええ、わかったわ」


「俺と天地君はもう一度周囲の警戒をしよう」


「はい」


 大河も至る所に裂傷を負い、折角譲ってもらったガニエの防具は既に破壊されて使い物にならない。


 その事に忸怩たる思いを抱えつつも、皆が無事だった事に安堵し、起き上がって周囲を警戒する。


「ちょっとまって大河」


 魔力はすっかり空になり、新たな青ポーションを飲んだ伊織が大河の傍に行き、回復魔法、ヒールを唱える。


 すると戦闘中でも感じられた優しい感覚と共に、開いて血が噴き出していた大河の傷が見る見るうちに塞がる。


 近くでは由香が隆の傷を同じように治癒魔法で癒している。


 癒しの効果は抜群で、4人の顔色はみるみる内に回復していった。



「ふぅー……まず、安全を確保することが大切だ。その他を考えるのは後にする」


「分かりました」

「はい」


「ええ、まずはこの場からの撤退ね」


「そういう事だ」


 そう隆は返事を返し、索敵スキルと同時にマップを開き、訪れた方角を確かめたあと、ふと考える。


(このまま同じ方角に戻っても大丈夫なのか? いや、考えても仕方がない、まずはこの森から出る事が先決だ)


「よし、走って抜けるぞ。他の魔獣は無視をしろ」


 隆の言葉に3人は頷き、直ぐに行動に移した。

 かくして4人の冒険者は、絶望的ともいえる状況から九死に一生を得たのだった。


 何故助かったのかすら分からないまま。



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