第86話 遠征
本日2話目です。
「凄いよね、川が有ると言っても、この街道から少し中に入れば滅茶苦茶強いモンスターがいるっていうんだから」
馬車に揺られながら、相馬さんは進行方向右手を見つつそう口にした。
街道の道幅は10m程度と結構広く、そこから両側に草むらというか草だけが生えている部分が数十メートル両脇にある。そして東側には広く緩やかな流れの川があり、その直ぐ先は東の森だ。
北西の森も大概な大きさだけど、東の森は更に広く、討伐レベル20から85までのモンスターが居るらしい。
因みに東の森で最強のモンスターは魔猪王だと聞かされて、かなりビビったけれど。討伐レベル40から行き成り85まで上がるんか!と。種族覚醒とはげに恐ろしい。
そんなモンスターが現れる森の直ぐ近くを通り過ぎるのは、はっきり言って緊張する。トレゼア付近の3つの森のモンスターは、今まで森から出て来た事は一度もないと聞かされてはいても。
「レベル50が1匹だけで俺ら死んでしまいますね」
「そう考えると怖いわよね」
「出てこないって言われてもな、じゃあずっとそうなのか?って俺は思う」
言われた事を信じているけれど、今まで無かったからといって今後も絶対ないとは言い切れないんじゃないかと。
プリシラは、この世界の理に慣れているから案外と平気みたいだけれど、やはり俺らは未だに慣れない。
するとルート馬車の御者のおじさんが何でもない事のように口を開く。
「なあに、今まで一度も魔物に襲われた事なんてないし、襲われても野盗くらいだ」
「や、野盗も大概ですけどね」
「ははは、違いない」
とはいえ、戦闘経験もないだろう御者のおじさんがビビってないのに、冒険者である俺らがビビり続けるのもどうかと思う。
なので話を変えるつもりで、ここから先の予定を地図を開きながら聞いてみる。
「このままルート馬車に乗って行って、”ルンベルク”って町に着いてからはどうします?」
すると相馬さん達もどうしようか決めかねているらしい。
そりゃそうだ。
なので、この中で唯一の解体新書持ちである俺に視線が集中する。
「解体新書って地図やルート方法とかも載ってるんだよね?」
「あ、はい、載ってますね」
「じゃあ一眞が決めてよ。リーダーは一眞ね」
「そうだな、それがいい」
「だね。お願いするよ」
おいおいおい……リーダーは言い出しっぺの相馬さんじゃないのか?
あ、言い出しっぺは絵梨奈さんだった。
でもリーダーは俺ではないでしょ。
「俺がなるのは変な気がするんですけど」
「そんな事はないよ。この中で一番レベルは高いし、装備だって良いし、何より一番強い。それにモンスター解体新書や魔除けの香炉も持って居るんだしね」
「そうよ。あたし達は一眞の決定に従うわ」
「だな。早いうちにそういうのは決めておいた方が良い。俺も賛成だ」
反対意見など何もないと言わんばかりに三人は口々にそう言った。
唯一何も言わなかったプリシラを見やれば、嬉しそうににっこりと微笑みながら小さく頷いた。
確かに、俺としてはレギオンを作ってそれに所属をしてもらおうとすら考えているのだから、別にどうってことないし相馬さん達がいいならそれでいい。
「わかりました。じゃあこっから先は俺が一応の決定をします。けれど、相談は必ずするんで決して丸投げたりしないでくださいね?特に田所さん」
一番怪しい田所さんを、視線と共にけん制しておく。
「あ、ああ。いいぞ、ちゃんと俺も考える」
「ふふふ、ほんとう?蓮司ぃ。いっつも尚樹に任せっきりなのに」
突っ込まれた田所さんは、明らかに目が泳いでいる。
「だ、大丈夫だ。俺だってやるときはやる」
「ははは、司馬君、あまり蓮司には期待しない方が良いよ?」
「ひでえ!尚樹さんまで!」
どうやら本当に期待をしない方がいいらしい。
でもまあ、ちゃんと指示には従う奴だからと相馬さんに言われたので、それならそれで気が楽かなと。
「ははは、まあ、気が付いたことがあったらちゃんと言ってくれればいいですよ。あと、経費の管理は相馬さんにお願いできます?」
「それくらいは任せてよ。あと、雑用もね」
「お願いします」
思いもかけずに、俺がこの臨時パーティーのリーダーになった。
さて、それならばという訳ではないけれど、しっかりとルートから考えなきゃ。
そう思いながら地図のページを広げた。
この地図ページだけど、何気にルート馬車の通行ルートや主要都市間の距離とか所要時間も載っているし、町や村の市街図すらも大まかにではあるが載っている。
とはいえ、村や小さな町は既にこの世界に存在しない所もあったり、逆に新規の開拓村とかも出来てたりするので、完全に正解とは言えない。新刊が出るのは2年に1回らしいし。
新刊が出るだけ有難いけれど、生憎と買ったものは1年半前に発行されたものなので、きっとこの地図に記されている村や小さな町の何個かは無いんだろうなと。
そんな事を考えつつも真面目にルートを考える。
そして地図を眺める事10分少々。
「さて、じゃあ一応ルートを決めて見ました」
元々街道の数自体が日本を基準にすればとても少ないので、決めるのは案外と簡単だった。
「お、助かる」
「それで、どう進む?」
「まずはこのまま進んで峠を越えた先の”ルンベルク”という大きな町に到着するのが昼の3時過ぎですけど、そこから別のルート馬車に乗って東に向かって2時間程進んだ町で今日の宿にしましょう。”ベルテ”という中規模の町みたいですけど、ちゃんと宿も何個かあるし、大丈夫でしょう」
みんな俺の説明を真剣に聞いてくれている。
そしてその上で意見があるようで絵梨奈さんが口を開く。
「今は夏だし日が長いからもう少し進んでもいいんじゃない?」
「俺もそう思ったんですけど、遅くに行って宿が空いてないなんて事態は避けたいのが一つと、その町からどうも馬車をチャーターしなきゃならないと思うんですよね」
「あら……」
馬車をチャーター、所謂辻馬車を利用する事は当たり前に行われている。
ルート馬車の方が断然安くあがるから、ルート馬車が通っている間の移動でチャーターをする必要は余りないけれど、チャーターをすれば道さえあれば割合と自由に街道を進むことが出来る。
現にトレゼアの駅ロータリーに止まっているのは、8割がたが辻馬車だったりするし、それだけ需要は有るという事。
「厳密に言えばルート馬車はその先にも東に向かって続いていて、トレゼアに依頼を寄越して来た冒険者ギルドがある”シュテット”って町を通って、そこから”ポエミ”の一個手前の”セト”という町までは通ってるんですけど、そっからはどのみちチャーターしなきゃだし、かなり遠回りになるんで、明日1日まるまるかかって到着できるかどうかなんですよね」
地図を指でなぞりながらルートの説明をしたからか、全員が納得の表情を見せてくれた。
が、絵梨奈さんだけは、それでも一言言わないと気が済まなかったようで。
「だから蓮司は早く起きなさいと……」
「す、すまん」
どうやら少しは反省をしているようだ。
とはいえ田所さんが定刻に起きて来たとしてもどのみち同じ。
「いえ、田所さんが早く起きても多分間に合わなかったと思います。それに俺が言いたいのは、到着が夕方になっちゃうと、村長から情報を仕入れても次の日からしか動けないのは面白くないかなって」
「確かにそうね」
「だけど、馬車をチャーターすれば明日の昼過ぎにはポエミの村に到着できるんで、それから森に入れば少しは下見っていうか調査も出来るでしょうし。そうすると次の日は朝から自由に活動できますからね」
4人とも俺の言葉になるほどねといった表情を見せた。
上手く説明できたみたいだ。
「なるほど、チャーター費用ってどれくらい?」
「行きだけだと銀貨1枚から5枚くらいだって書いてありますね」
「5時間でそれくらいなのね。……って、幅がひっろい!」
絵梨奈さんが思わず突っ込んだ。
確かに1万から5万って、何に差がそんなにあるんだと。
「リムジンとトゥクトゥクの差だろ。で? 今回の報酬が大銀貨6枚だっけ?」
冷静に田所さんがそう言った。
一度謝罪をしてしまえば、切り替えが早い男。それが田所蓮司さんの良いところ。
とはいえ、そんなに差があったら確かにそれくらいじゃないと納得できない気もする。
「そうですね。でも依頼報酬とは別に国から討伐報酬も出ますね」
「ああ、そっか」
ゴブリンやオークなどの、人に害しか与えないモンスターに関しては、基本的に根絶やしにしなければならないと国が方針を固めている。
だがそれらの亜人は狩るリスクに比べてリターン的な物が一切手に入らないから、冒険者も討伐を嫌がる。
住んでる人が困ってるんだから助けてやれよ。だけど依頼報酬は期待しないでね……では誰も狩らないのは当たり前。
なので分かりやすい飴という意味で、1体あたり幾らといった討伐報酬が国の国庫から支払いされる。
「ゴブリン1体で大銀貨1枚だっけ?」
「そうですね」
1体10万ゴルドが高いか安いか。
まあ、安いな。
そう思っていたら田所さん達も同じように思ったようで。
「安いな」
「そうね、一見美味しいって感じちゃうけど普通に安いわよね」
「激安って程じゃないのが救いか」
「そうですね、俺も思います」
ゴブリンを狩る許可が出るフリーの冒険者は、レベル的にソロでもワイルドボアを狩れる冒険者だって多くいる事を考えれば、明らかに安い。
知恵を持つ亜人は、待ち伏せをしたり罠を仕掛けたり毒を武器に塗ったりとリスクは計り知れないのだから、ワイルドボアという既にノーリスクに近い魔獣を狩った方が余程いいのは少し考えれば分かる事。
「ということは、30体前後ということなので、依頼と討伐の報酬の合計が金貨3枚と大銀貨6枚。出来れば経費は依頼報酬の大銀貨6枚くらいで済ませたい処ですね。討伐報酬の方は個別に支払われるみたいなので」
なんか久々にプリシラが発言をしたような気がする。
臆して発言を控えていた訳でもないようなので良いけど。
「確かポエミの村では泊る家を用意してあるって書いて……ああ、書いてあるよ」
俺はエミリアさんから聞いた言葉を覚えて居たけれど、相馬さんは記憶が曖昧になったらしく、依頼の紙を取り出して確認をした。
そしてそのまま依頼書は俺に渡してくる。任せたよと申し訳なさそうに言いながら。
「宿泊費とかも途中くらいだから経費的には楽ですね。とはいってもまあ、今回はゴルドよりも経験という意味合いが強いと、俺とプリシラは思ってるんですけどね」
「はい!」
「あたし達もそうよ、ゴルドが欲しければ北西の森に籠ってるもの」
「そうだね、何事も経験してみないと分からないから」
「経験は大事だ、うむ」
田所さんが言うと若干別の意味に聞こえてくる俺は、もしかしたら彼に対して偏見を持って居るのだろうか?
顔も若干ニヤケ顔で俺を見て来ているように見えるし。
そんな風にルートを決定した頃には、あっさりと北の森と東の森の間を抜けていた。